#004「同じ大阪市内でも」
「家は此花、学校は福島で、前の職場は梅田やったから、キタに馴染みが深いと言えば深いんやけど、どこか済ましたところが気に食わんくて、中学くらいからは、休みの日に、難波や心斎橋、天王寺や阿倍野に出掛けとったから、ミナミのことも知ってるんよ」
「それじゃあ、アメリカ村や、あの展望ビルなんかも詳しいほうなの?」
「ウゥン。アメ村は風紀が悪くなってから行かへんようになったし、二年前に出来たあのビルは、どこ行っても並ばなアカン混みようやったから、一回で敬遠してしもうたんよ。どっちも今は、だいぶ落ち着いてるらしいんやけど」
「そう。一口に大阪と言っても、地域色があるものね」
「東京に地域色があるんと同じ。下町人情の庶民的な町から山の手のハイソな街まで、細かなグラデーションがあるんよ。全国展開してるお店かて、東西で馴染みが違うてるモンよ?」
「あら、そうなの。こっちの何が、そっちの何と対応してるものなのかしら?」
「そうやねぇ。成城若井は、みなとスーパーで、光越・伊勢舟は、中丸・高縞屋ってトコやね。あと、光菱東都は、光井佳友かな」
「なるほどね。――あら、お帰り」
「ただいま。――何だ、茶屋町も帰ってたのか」
「ずいぶんな挨拶やね。居って悪いん?」
「今日は、どこで撮影だったの?」
「アメ横。ババァ連に囲まれて散々な目に遭った。ヘトヘトだよ。あとの二人は?」
「芳郎くんは、落研仲間の家に遊びに行っとって、葉山さんは大学病院」
「葵くんは、いつもの定期健診よ」
「おぅおぅ。幼稚舎お受験組で、温室育ちの軟弱者だもんな」
「頑健な人間に、虚弱体質は理解できへんわなぁ。無駄に丈夫な身体しよってからに」
「ちょっとした気圧の変化でも、頭痛がするのよねぇ、葵くん」
「下手な天気予報より、よく当たる」
「そんな、葉山さんをツバメか猫みたいに言うて」
「あら。これは本人が言い出したことなのよ?」
「何も知らないくせに」
「フン。見た目だけが取り柄の人間に、とやかく言われる筋合いないわ」
「そのへんで、およしなさい。みっともない。本当、二人とも蛇と蛙、ハブとマングースなんだから」
「まったく。葉山も、とんだジャジャ馬を連れて来たもんだ」
「何さ、威張りくさって。お行儀が悪いんは、そっちやないの」
「いい加減にしないとブツわよ、二人とも」
「茶屋町は平気だろうが、俺は困る。傷や痣が残ったら、仕事にならない」
「うちも困るって。お嫁に行かれへん」
「それじゃあ、こっちに来て手伝ってちょうだい。溜まってるお洗濯物を畳んでしまうから」