#044「ヲトメゴコロ」
「ご無沙汰やね、葵さん」
『久し振りだね、茜さん』
「あれから、もぅ四十年も経つんかぁ」
『早いねぇ』
「あのとき三歳やった紫蔭も、成人して、神社の娘さんトコに婿入りして、子宝に恵まれて。この前に会うたときには、孫もすっかり背が伸びて、声変わりしとったもんなぁ。うちも歳を取るはずやわ」
『もう、そんなに大きくなったんだね』
「葵さんも、孫の顔を見たかったやろうに。……まだ二十六やったんやねぇ」
『墓誌の享年を見て、しみじみしないでよ。茜さんらしくないよ』
「早く会いたいわぁ。いつになったら、うちを迎えに来てくれるん?」
『そのうちに、必ず行くよ。でも、まだ早いから』
「こんなお婆さんは嫌なんかもしれんなぁ」
『そんなことないよ。歳を重ねた茜さんも、円熟した魅力があって素敵だよ』
「さて。ショウモナイこと言うてんと、ちゃっちゃと掃除しよ。ヨッコラセ」
『適当で良いからね。綺麗にしても、すぐに苔生すだろうし』
「あぁ、せや。シェア・ハウスの三人やけどな。蕨くんは、ニューヨークでダンサーになったり、パリでモデルをしたり、ハワイで俳優デビューしたり、グローバルに活躍してるんよ」
『へぇ、凄いね。蒼太さんは、人目を惹くタイプだものね』
「ほんで、芳郎くんは、青葉亭芳丸っちゅう名前で落語ブームを牽引しとってな。最近は、若い人らを中心に、古典落語が空前の人気になってるんよ」
『へぇ、そうなんだ。芳郎くんの話は、ずっと聞いてても飽きないものね』
「あと、茉莉さんやけど。タイで性別適合の手術を受けてなぁ。もぅ、身も心も戸籍上も女性になったんよ」
『フゥン。そういう方法があるんだ』
「帰国後に、一緒に温泉にも行ってなぁ。あっ、これ以上は言わんほうがえぇか」
『気になるけど、きっと僕が聞いても理解できないんだろうねぇ』
「こんなもんでえぇかな。今度は、お花とお線香をあげんとね。あと、お供えも」
『いつも菊と樒を持ってくる僕の両親と違って、茜さんは毎回違う花を持ってきてくれるから嬉しいよ』
「そうそう。繭美さんと蘭ちゃんと薫さんの三人のことやねんけど。結局、三人とも独り身のまま定年まで勤続してなぁ。シングル・トリオで退職金を持ち寄って、郊外の一戸建てを買うて、仲良う暮らしてるんよ」
『あぁ、そうなんだ。あの三人が一緒なら、気の置けない生活を送れそうだね』
「実は、うちも誘われてたんやけど、葵さんたちとの思い出がつまった我が家を、どうしても手放せんくてなぁ」
『断ったんだ。モッタイナイ』
「せっかくの嬉しい申し出やったんやけど、あの家を離れてしもたら、葵さんのことを忘れてしまいそうでなぁ」
『そっかぁ。僕のことが重荷になってるんだねぇ。ごめんなさい』
「うちが葵さんのことを忘れてしもたら、葵さんも嫌やろうけど、それより、芽衣ちゃんから恨みを買いそうやから恐ろしいんよねぇ」
『まだ妬んでるんだ。若松さんと結婚して、とっくにホトボリが冷めたと思ってたのに』
「げに恐ろしきは、生きとし生ける者かな。歳を取ると、独り言が増えるわ。年々、家で一人で過ごす時間が増えてるせいやろなぁ。気のせいか、日が長く感じるんよ」
『そんな寂しいこと言わないでよ。心配になるじゃないか』
「いや。お喋りなんは、元からやな。ほんじゃあ、葵さん。また、今度。さいなら」
『また来てね、茜さん。ごきげんよう』




