#035「鰥夫暮らし」
「ご馳走さまでした。また今度。お疲れさまです。――あっ、蒼太だ」
「よぅ、芋洗坂。――お疲れさまです」
「蒼太も、ここで仕事だったのか?」
「いいや、今日は休みだ。それで、いつものようにリビングのソファーで寛いでたんだが、そうやってダラダラするくらいなら、高級霜降り牛になる前に腹ごなしで芋洗坂を迎えに行けって、藤沢と茶屋町に叩き出されてさ」
「自然と、光景が目に浮かぶような。葵は居なかったのか?」
「その場には居合わせてないが、家には居た。ここんところ、執筆依頼が立て込んでて忙しいんだとさ」
「へぇ。みんな大変だな」
「年の瀬が近付いてるからな。それより何だ、この前のレポートは。ラーメンは黄金の大草原だって、どういう意味なんだ?」
「輝きとボリュームが伝わればと思ってな」
「たしかに、その通りの視聴覚効果が追加されてたが」
「良いんだよ。これでラーメン三郎に行列が出来たんだから、結果オーライだろう? それにしても、あのとき一緒に居た強面の俳優さん。カメラが回ってないときは、礼儀正しくて優しい人なんだな」
「二重人格者はザラだよ。タレント事務所は、偽善と偽悪の魔窟だ」
「まっ。そこは学校や施設とも一緒だな。――あっ、マズイ」
「素直で大人しくて、そんな過激なことするような子には見えなかったって話は、よくあるもんな。――どうした?」
「芳郎。芳郎だろう?」
「もう来ないでって言ったはずだよ、芝浦さん」
「失礼を承知で聞くんだが、芋洗坂とは、どういった関係で?」
「これは失礼。儂は、芝浦荘一と申しましてな。これは、名刺です。何を隠そう、儂と芳郎とは伯父と甥の関係でしてな」
「テレビでオイラを見掛けたもんだからって、急にノコノコやってきて、オイラを引き取ろうって言うんだ」
「話が飲み込めてきたぞ。親戚中を盥回しにされてたとき、ろくに世話もしないで離れに押し込めてたっていうのは、コイツだな?」
「あの頃は、家のことは全て妻に任せていたし、娘のことも考えなければならなかったんだ。妻を亡くし、娘も嫁いだ今となっては、悪いことをしたと思っているんだ。本当に済まなかった」
「そんな弁解を聞かされたって、過去は変えられないんだ。不愉快だから、どっか行ってよ」
「そういうことだから、二度と顔を見せないでやってくれないか?」
「そこを一つ。お願いだから、伯父さんと一緒に暮らそう。なっ? やり直させてくれないか?」
「お断りだよ。芝浦さんと一つ屋根の下になんか、一日一時間だっていられるもんか。そんなの、箱根八里の半次郎だい」
「嫌なものは、どうにも我慢ならないんだな。――嚇すわけじゃないんだが、これ以上シツコク付きまとうようなら、こっちとしても、公権力に訴えることを辞さないぜ?」
「ウゥム。二対一では、どうにも分が悪いわい。ここは大人しく引き下がろう。それじゃあな、芳郎。気が変わったら、いつでも連絡してきなさい」
「フン。誰が連絡するモンか! ……ごめんな、蒼太」
「気にすんなよ。芋洗坂も大変だな」
「蒼太だって。――あっ」
「怒鳴ったから、腹が減ったようだな。肉饅でも食べるか?」
「食べる!」
「よし。そこのコンビニで買ってくるから、ちょっと待ってろ」




