#026「非日常的空間」
「葵くんは、ゾンビの仮装が良いかしらねぇ」
「あっ、包帯を活かす方向なんですね」
「だって、三十一日までに外せる訳じゃないんでしょう?」
「えぇ。しばらくは、この姿です」
「だったら、包帯込みで考えなきゃ」
「なるほど。ところで、そういう茉莉さんは、何の仮装をするおつもりで?」
「アタシは魔女よ。――そうそう。アガサ・クリスティの推理小説に、ハロウィンを題材にした話があったわよね?」
「『ハロウィーン・パーティ』のことですね」
「そこで、水に浮かべた林檎を、手を使わずに口で銜えて取る余興が出てきたと思うんだけど」
「ダック・アップル、またはアップル・ボビングと呼ばれるゲームで、欧米のハロウィンでは定番の遊びです」
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「ちょっと。競技前に牙を外しなさいよ、二人とも。不公平だわ」
「ドラキュラから牙を取ったら、普通の伯爵じゃねぇか」
「狼男から牙を取ってら、迫力が無くなってしまう」
「翼やミトンは外してる癖に。それなら、アタシも奥の手を使うわよ?」
「黒魔術でも始めるのか、藤沢?」
「この盥の林檎が、一瞬で毒林檎になるかもしれないな、蒼太」
「使い魔を呼ぶのよ。――茜ちゃん、こっちに来て!」
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「七つの海を乗り越えて、このパイレーツ芽衣が、葵様のハートを盗みに参りましたわ。覚悟なさい」
「その名前だと、昔の二人組グラビア・アイドルみたいですね」
「それは、わたくしに対する当て付けですの? これから育ちますわ。――オッホン。いざ、尋常に勝負ですわ」
「また今年もするのですか、芽衣ちゃん」
「もちろんですわ。昨年の葡萄摘みは負けましたけど、今年は小麦粉切りでリベンジを果たしますわ」
「雪辱を誓うのは勝手ですけどね。それでは、用意しますね」
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「茜ちゃんは、黒猫さんなんやね?」
「そうなんよ、蘭ちゃん。茉莉さんに唆されてしもうてな」
「よくお似合いですよ、茶屋町さん」
「おおきに、薫さん。三人も、男装がよぅ似合てるわ。スチュワード? バトラー? フット・マン?」
「どれもハズレよ」
「えぇっ。正解は何なん?」
「コンシエルジュ。クラシック・ホテルの幽霊なんよ」
「そっちやったかぁ」
「オーバー・リアクションですね。額に手を当てて」
「そら、大阪人やもん。――ちょっと、繭美さん! 何、撮ってはるんよ」
「答えになってないわよ。――阿蘇くんと若松くんに送ろうと思って」
「消してよ。恥ずかしいわぁ」
「いまごろ顔を赤らめても、もう遅いわ。――向こうで、誰か呼んでるんと違う?」
「ホンマ。茉莉さんが呼んでるみたいやから、ちょっと行ってくるわ」
「行ってらっしゃいませ。――向こうは、林檎食い競争をやってるんですよね?」
「面白そうだから、あたしたちも観に行きましょうか」
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「悔しいですわ。かくなる上は、庭木の枝にトイレット・ペーパーを巻きつけるか、家や車の窓に鶏卵を投げつけるしか」
「まぁまぁ。お菓子をあげますから、憤りを鎮めてくださいな。この前、大掃除したところに、そんなことをされては敵いません。――茉莉さん。芽衣ちゃんに、クッキーを渡してあげてください」
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「あら。葵くんが呼んでるみたいね。少しのあいだ、向こうに行ってるわね」
「行ってらっしゃい。――さぁ。このワルキューレ・モアレが、自慢の大脳灰白質で解決してみせましょう!」
「リキュール・ポワレやら何やら知らんけど、これは推理するほどの謎と違う」
「途中で接着剤が効かなくなっただけだもんな」
「これだから、安物はいけませんなぁ」
「道具のせいにするもんやないよ、芳郎くん」
「そうだ。素直に敗北を認めろ」
「ウゥ、ウゥ、ウゥ。アオーン、アオーン」
「何やの、急に大きい声出して」
「さぁな。負け犬の遠吠え、ってところじゃねぇか?」




