#001「イラチ、イチビリ、イッチョカミ」
「ここの手提げ袋は、関西に住む女子中高生の定番アイテムで、特に阪急沿線で広く愛されてるんよ」
「素朴で愛らしいデザインですよね」
「せやろ。……ちゃうわぁ」
「気に入らないところがあるみたいですね、茜さん」
「今のセリフ、イントネーションがちゃうねん。舞台は神戸のはずやのに、関西弁が京言葉になってしもうてる」
「何が違うのやら、僕にはサッパリですけど」
「近畿二府四県で、それぞれ言葉も性格が違うんよ。たとえるなら、イギリス人がフランス語を喋ってるようなもんや」
「指摘する茜さんは、フランス人なのですね」
「派手好きなところも、フランス人に似てるな。派手すぎず地味すぎず、足し引き上手こそがオシャレだというのに」
「もう帰ってきたんや、蕨くん」
「お帰りなさい、蒼太さん」
「ただいま、葉山。――帰ってきちゃ悪いのかよ。俺の家でもあるんだぞ?」
「まだ高校生のくせして、偉そうに。葉山さんが居らんかったら、明日から住むトコ無いって分かってるん、自分?」
「まぁまぁ」
「茶屋町こそ、自分の立場を理解してるのか? 最後に転がり込んで来たくせに、先輩風吹かしやがって」
「人生の先輩やねんから、当たり前やないの。斜に構えて、男気出して、イキリもえぇトコやのに、ホンマ」
「はいはい。きっと空腹で、気が立っているのでしょう。いま、パン・ケーキを焼きますね」
*
「エキストラ・ライトのメイプル・シロップです。ライト、ミディアムとは別格ですよ」
「何が違うんだ?」
「素人目には、普通のメイプル・シロップに見えるんやけど」
「カナダでは、色や風味によって等級付けられてるんです。琥珀色が薄くて風味が繊細なほど、高級とされてるんですよ」
「フゥン。それで?」
「興味なさそうやね。もうちょっと関心を持ったらどうなん?」
「職業柄か、話が冗漫になりやすいものですから、苛立たせてしまう前に切り上げますね。関西人、特に大阪の方は気が短いと言われてますけど?」
「イラチが多いんは、浪花に商売人が多かったからやと思うわ」
「タイム・イズ・マネー。武士が多かった江戸とは違いますね」
「信号が切り替わるのを待てなかったり、豹柄の服を着てたりするんだろう?」
「テレビで取材される出たがりは、あくまでも関西人の一部や」
「百人中三人しかいないのに、その三人だけをピック・アップすると、あたかも百人全員が該当するように演出されてしまいますからねぇ」
「……もっと軽い話題にしてくれ。コメントに困る」
「うちも、どうリアクションしたもんか、考えてしもうたわ」
「ごめんなさい。暗い話になってしまいましたね。そうそう。ミディアムより二つ下の階級は、ダークというんです。主に、加工や照り付けに使われるんですよ」
「へぇ、そう。――ごちそうさま」
「ちゃんと食器を流しに持って行きぃよ。――ごちそうさん」
「お粗末さま。……お腹が膨れても、仲良くならないものですね」




