#015「ただいまから、おやすみまで」
「た、だ、い、ま」
「あら、お帰り。どうしたのよ、そんなに凍えて。コートは?」
「昨日の夕方に、クリーニングに出してしもうて」
「まぁ。そんな薄手のニットだけじゃ、寒かったでしょう。いま、温かい飲み物を淹れるわね」
*
「はぁあぁ。生き返るわぁ」
「年寄りくさい反応ねぇ。極楽に行くのは、まだ早いわよ?」
「東京の寒さを侮っとったわ。鼻がツンとするんやね」
「空気が乾燥してるからよ。オイルやリップで小まめに保湿しないと、すぐにカサカサ、パサパサになるんだから」
「そんな、期限切れのパンみたいに」
「似たようなものよ。しっとり、もっちり、ふんわり、柔らか。最近の食パンは、空気が多すぎて食べた気がしないんだけど、そんなことない?」
「比較できるほど食べ続けてへんから、わからへんわ」
「それ、遠回しにアタシが老けてるって言いたいの?」
「ちゃうちゃう。もぅ。急に低い声出さんといてよ。心臓に悪いわ」
「あら、ごめんなさい。下種の勘繰りだったわね」
「敵わんなぁ。――葉山さんは、二階に居る?」
「居るわよ。でも、執筆中かもしれないわ」
「まだ右腕が使われへんのに、原稿が打てるん? ひょっとして、手書き?」
「まさか。音声認識よ。午前中に薫ちゃんが来たらしくて。ヘッド・セット・マイクで入力できるようにしていったのよ」
「へぇ。それやったら、キーボードが使えんでも、支障なさそうやね」
「まぁ、最初のうちは誤変換も多いみたいだけど、慣れるとスムーズに進むらしいわ」
「葉山さんは、訛りの無い日本語を使うもんなぁ」
「そうね。それに、乱暴な言葉も使わないものねぇ」
「ゲラゲラ笑ったり、ワンワン泣いたり、カンカンに怒ったりもせぇへんよね」
「決して喜怒哀楽に乏しい訳じゃないけど、品性の悪そうな表情はしないわね」
「あれで、まだ二十歳そこそこやっていうんやから、驚きやわ」
「アタシたちより、ずっと大人よねぇ」
*
「このクレヨン、廃棄野菜で出来てるんや。どんな色なんやろう?」
「ちょいと」
「この鉛筆、芯が三分の二までなんや。考えたなぁ。短くなっても、捨てるんがモッタイナイと思ってたんよねぇ」
「もう。そこじゃないでしょう、茜ちゃん。先に、冬物のパジャマを決めてちょうだい」
「うぅ。どうしても買わなアカン? えぇ感じにクタクタになってきたトコやねんけど」
「駄目よ。あんなスウェットで寝起きしてたら、婚期を逃すわよ?」
「むぅ。せやけど、桁が一つ多いわ」
「人生の三分の一は睡眠時間なのよ? お布団やパジャマは、良い物を選ばないと」
「言うてることは、よぅ理解できるんよ。でも、うちの耳元に居るモッタイナイお化けが、買うたらアカンって言うてるんよ」
「幽霊だか悪魔だか知らないけど、他人のせいにするんじゃないの。いつまでも決断できないようなら、アタシが勝手に注文するわよ?」
「それは困るわ」
「猫耳のフードが付いたのや、セーラー服風や、リボンやレースやフリルが付いたパジャマをクリックされたくなかったら、さっさと腹を括りなさい」
「そんなん着た日には、絶対、笑いの的やわ」
「ウケが取れるんだから良いじゃない。さぁて、カートに」
「待って、待って」




