Digestif
週末の
のぞみ最終便は
出張帰りのサラリーマンや
旅行客
東上して遊ぼうという
雰囲気の若者たちで
自由席もそこそこ埋まっている。
窓際の席はどこも空いていない。間を空けて座れるよう 三列席の通路側から二席空いている場所を探した。
その女性は
窓際に一人で座っていた。
連れはいないか、軽く会釈して尋ねようとしたのだが
考え事をしているのか
気づく気配を見せなかったので 間を空けて通路側に腰を下ろした。
チラリと盗み見ながら想像してみる。
関西の実家を尋ねた帰り?
旅行にしては荷物が少ないな。
週末を東京で過ごすのだろうか?
年の頃は、妻とそう変わらないだろうか。
二人の息子、実父と同居している妻と比べると
華やかで若々しい。
何より
身体のラインが出るニットを着ているのだが
デコルテが素晴らしい。
V字に開いた胸元から谷間を少しのぞかせている。
妻の佳苗は
明るくてよく笑う。
男の子二人を育ててきた
たくましさを感じる。
女の子のいる家庭は
母親も柔和で若々しいと感じる。若い娘から受ける刺激もあるのだろうか。
昨年までの三年間、福岡に単身赴任していた。
母親が他界し、ひとり娘の妻は、父親と同居したいと提案した。
マンションは人に貸して
戸建ての妻の実家をリフォームして移り住んだ。
単身赴任中は良かったが
本社に戻る事になったとき
気が滅入った。
中高生になった息子たちは
食事の他はほとんど自室から出てこない。
妻の実家に
今さら婿入りしたようで
居心地悪いことこの上ない。
いっそもう一度 辞令がおりることを密かに望んでいる。
眼鏡を外し首の後ろを揉んだ。
顔を傾けて、窓際の女性をじっくりと見る。
ウェーブのかかったセミロングの髪の隙間から
パールのピアスがのぞいている。黒いニットは身体に密着して バストが自慢げに隆起している。
なにか考え事をしているのだろうか。
不意に笑みが浮かんだように見えた。
「楽しい旅行だったのですか?」
つとめてさりげなく聞いた。
驚いてこちらを見た女性を
改めて正面から見たわけだが
横顔の印象を裏切らない美人だ。
「いいえ、逆です ショックな事があったんですよ」
「本当に?そんな風には見えませんよ」
期待していたわけではなかった。無視されたら
車両を変えれば良い、そのくらいの気持ちで聞いた。
「東京まで?」
「ええ あてが外れて退却です」
「迷惑なら言ってください 退却しますから」
ころころと笑っている。とても可愛らしい女性だ。
「出張ですか?」
「はい、帰りです 大阪で商談を済ませたあと、京漬物が食べたくなって京都に寄ってきました」
「ご贔屓のお店がおありなの?」
「ええ、十二段家って知ってます?丸太町のほうの」
「お茶漬けの?」
「そうそう だし巻きも美味い」
「私も明日までいれば良かったかしら
観光するという発想がなかったわ 残念」
「シーズンだから、予約なしではホテルは難しいでしょう」
「そうね、そうだったわ」
車内販売のカートが近づいてきた。
「もう少し おしゃべりに付き合って頂けますか?少し飲みながら…お腹はすいてませんか?」
「あ、阪急の地下でお惣菜を買ったんです 一人では食べきれませんから 召し上がりませんか?」
「お連れがいたのかな?ビールでかまわない?」
「ええ
連れはいませんよ 始めから」
彼女が惣菜を袋から取り出している間に席を詰めて隣に座った。
彼女の豊満な胸が触れそうなほど近づく。
「良かったら話してみて
このご馳走を食べ損なった
残念な人のこと」
「今ごろ もっと美味しいご馳走にありついているのよ おそらく」
悲壮感はなかった。むしろ面白そうに話している。
「彼?ご主人?」
「・・・旦那さま」
「単身赴任とか?」
「当り 黙って訪ねたら 見ちゃったの 若い女性と帰ってきたところを」
「ご主人はなんて?」
「まさか こっそり退却」
そういうことか。
「初めてじゃないの?浮気は」
「見たのは 初めて」
「取り乱さないんだ
あなたは冷静にそこに座っていたし 笑っているように見えたよ?」
「大阪に向かう新幹線の中で ちょっと想像してみた通りの展開が待っていて
自分て凄いと思ったの」
「それは本音?」
「ええ 娘も大きいし もうお互いに自由でも良いと思うの」
「寛大なのは あなたにも恋人がいるから?」
目を見開いて彼女は笑った。本当の事なんて言うわけないか。
「一度 間違いはありました」
ほう・・・?
「一度だけ」
念をおすように繰り返すと
じっと目を合わせた
「羨ましいですね
間違いでもしてみたい」
「あなた…
思い出せないの 誰かに似ているのに」
彼女の身体が一段と近づく。む、胸が…
「僕を口説いてくれているのなら光栄だなぁ…」
「ビールをもう一本
おねだりしても良いかしら…?」
参った
完全にやられてる(笑)
名古屋を過ぎた。
乗降が一段落して再び
車内に落ち着きが戻ると
彼女は少しうつむいて話しはじめた。
「嫌なものね…やっぱり
この瞬間に夫が私の知っている場所で女性と過ごしていると思うと…
やっぱり嫌ね」
「それが普通だよ」
「結婚記念日に他の女を抱くなんて」
「そうだったの?記念日なの?」
「覚えていないものかしら 男性は」
「覚えていますよ
でも 特別なことはしないなぁ…」
「単身赴任するまでは
二人で食事くらいはしたわ」
あなたとなら、祝ってみたいさ。
「夫婦生活は普通に?」
「自宅に戻れば…そんなときもあるわ」
なるほど、そうだろう。
「うちはないですね もう長いこと」
「・・・・」
「息子たちが大きくなると なかなか家のなかでそういうのはちょっと しにくいから…」
「うちは娘がひとり
夫はお構いなしのところがあるから」
「でも 間違いもあった」
彼女は顔をこちらに向けた。
「ええ 避けられなかったんです 再会するべきではない人に会ってしまったから…」
「それがあるから ご主人のことも許さなくてはと?」
彼女はまた、ころころと笑った。
「カウンセラーみたい」
「今日はね 何にでもなれる気がしてきましたね」
二人して、笑いあった。
「ちょっと ごめんなさい」
ビールを2缶も空けたのだから、自分もトイレを意識していた。
だが、あえて座ったまま
彼女が自分の前をゆっくりと移動するのを見ていた。
狭いうえに 自分の脚は前の座席の背もたれに膝がつきそうなほど伸びている。
またがるようにする彼女の腰のあたりに手をそえた。
「ふらついてませんか?」
「ええ、大丈夫」
魅惑的なヒップが目の前を過ぎる。女のコロンが五感を刺激する。
「気をつけて…」
彼女が席をはずしている間に、もう一度 車内販売のビールを買ってテーブルに置いた。
もう少し、飲ませてみたくなった。
「奥さまから求められることはありませんの?」
「ないですね、うちは」
「もしかして 恋人がいらっしゃるとか?」
「なってくれますか?」
「・・・・」
「何か言ってくれないと
間がもちませんよ」
「ごめんなさい 私ったらちょっとドキドキしちゃったかな」
あしらうことに慣れていない?
「先生 カウンセリングはここまで…少し酔いがまわったかも」
「眠かったらどうぞ?
終点までだから まんいち二人して寝込んでも大丈夫」
少し とろりとした目を向けて頷いた。
肘掛けに頬杖を立てていたが、眠りに落ちるにつれ揺れ始めた頭は こちらの肩を得ると安心してとどまった。
斜めから 彼女の胸元を覗きこむような形になった。
彼女の額に唇を押しあててみる。
自分にも 単身赴任中の色恋のひとつやふたつはあった。長く続くようなものではなかったが 妻に悟られることはなかったと思う。
妻が赴任先を訪れることもなかった。
母親に徹して家庭を守ってくれる妻に
感謝することはあっても
性欲を満たしてほしいと
感じることはなくなった。
今、隣で寝息をたてるこの女性が自分の妻だとしたら?
くだんの夫のように
子供が隣室にいようが
お構いなしに求めるだろうか。
悪くないな…
彼女のぴったりと合わせられた膝頭を 左手で自分のほうに引き寄せた。
お互いの太ももが密着する。
そのまま左手を彼女の顎に添えて 自分のほうを向くように角度を変えてみた。
肉厚な唇の隙間から白い歯が見える。
飲食のあとで口紅は落ち ヌードな唇が艶かしい。
20センチほどの距離を
かろうじて理性が保っていた。
どれくらいそうしていたのだろう。
不意に彼女が目を開けた。
狼狽える自分がどう映ったのか。
しかし、何も言わず
彼女の白く細い指が頬に伸びてきた。
それを追うように
彼女の唇が近づいてくる。
軽い
バードキス。
再びこちらの肩に寄りかかるようにして 深く座り直した。
「カウンセリング代には足りないかしら」
「足りませんね、全く」
笑ってみせたが、彼女は笑わなかった。
「東京に着いたら」
「東京に着いたら?」
「診察は終了?」
「残業は嫌いですね。
でも 今日はね」
「今日は?」
「もっと診せてほしい…」
「・・・・」
彼女は たしかに頷いた。
八重洲南口を出て
外堀通りを有楽町へ向かって歩いた。
鍜冶橋交差点を渡るとき
もう一度彼女を見て
腰に回した手に力を入れた。
新富町の辺りでシティホテルに入った。
明日 妻に聞かれたら
接待が入ったから泊まりになったと言えば良い…
いや、おそらく聞かれないな。
背中で ドアが完全に閉まる音を聞くと
もう、止まらなくなった。
キスをしながら
彼女の服を次々に脱がした。
肩紐を外して
初めて見た瞬間に
魅了された両の乳房を
ようやく手中につかんだ。