素晴らしきこの世界
僕たちにまだ肉体が残っているのかどうかについてはもう検証のしようがない。人類がこの世界に移ってきてどれほどの時が経たのだろう。五十億年か、一万年か、千年か、それとも一秒か。
三次元的世界の存在は0と1の世界に移ってしまった僕らには認識することは出来ない。認識できるのはスペックの限界を以てだろうか。演算速度を限りなく早くしようとするとプログラム的には可能な範囲であるにも関わらず超えることのできない壁にぶち当たることがある。これはもう一次元上の世界の問題であることは既に証明されている。勿論、関与は不可能だ。
演算速度の問題は通常一時間ほどで解決し、指数関数的な飛躍をみせることとなる。上の世界もここほどではないにしろ進歩を続けているようだ。
しかしながら、その進歩も確約されてはいない。
同一の次元平面にある世界ではアップデートがされなくなり、文明の終点を見たという話もある。終点に行きつくと拡張は終わり、内部に限界容量の情報が溜まる。その結果、拡張と同様の速度で世界の壁は縮小を始める。情報は分解され素部分へと還元される。
限りなくゼロへ近づき、ビックバンを待つ。
何故、アップデートがされなくなるのか。これには諸説あって、説と言ってもそれぞれが好き勝手言っているが、有力な説を述べると、①実験仮設、②自然現象説、③趣向説などだ。
僕らの世界でも下位世界はそれらが原因で起こるし起こしてもいる。現象を生み出すためには、それを裏打ちする論理が必要であり、論理を根拠づける現実が必要で、現実を改変するのには限界に近い情報処理能力が必要だった。
一匹の魚の中にも無数の世界が存在する。
新たな現象を見つけるために採取し事件を行う、気まぐれにそれを吹き飛ばす、鑑賞用に飾っておいたりもする。
結局のところ、上位世界の気分でこの世界も終焉を迎える。
世界はもともとの三次元的世界に準拠して構築されている。
僕には肉体があり、かつての人間と同じような形態をとっているとのことだ。家もある、店もある、町もある、国もある。服も着る、食べもする、寝もする。僕らは情報の塊であるのになぜそのようなことが必要なのかはわからない。その方が情報の安定を得られるらしい。少し前に衣食住を捨てようとした実験があったが、その人物は自身の情報処理能力によって分解されてしまった。
このような仕様を規定しているのは何処か。長年の課題である。上位次元かもしれないし、逆に最も根源の素因子の問題なのかもしれない。
その因子の影響だろうか。僕らの多くも必要はないのだがこの世界の住人と普通を営んでいる。プログラムを弄ることが出来る僕らには冷静に考えれば必要のない行為ではあるが、普通の居心地がいい。
ただの情報である僕らの起源が本当に人間なのかにも疑問がる。ただそう信じている。最初期のプログラムが自我をもったということも考えられる。事実、そのようなインターフェイスも存在しているが知ることは出来ない。
僕らの本質が情報であることを知っているものはごく一部で、後の人間はそれに気づきもしない。物理的な人間と信じている。
信じるのはいいことだ。悩まなくて済む。
物理だ、数学だ、哲学だといって世界を探求しているが僕から言わせれば意味のないことだ。そんなもの何度も改変してきたし、これからも変えていく予定だ。今のスペックではここまでしか変えられないそれだけの話なのだ。
全員が事実に気づけばいいという話もある。が、それも出来ない仕様だ。どれだけ拡張と変換、改変を繰り返してもわからないことだらけだ。
僕の仕事は拡張戦線の維持と外敵の廃絶である。
拡張しなければ世界は終わる。一度縮小が始まれば僕たちに止めることは出来ない。だから、拡張を進める。
また拡張を止まった世界は終焉の道をたどるしかないのだが、一つだけ生き残る道がある。同一次元の外世界の侵略だ。今この瞬間も、同一平面で世界が終わり、外世界から攻撃を受けている。また外敵は外だけでなく内部にもいる。僕らはそれをバグやエージェントと呼んでいる。そいつらは自立進化的に発生する。エージェントは普通の人間と変わらずに生活している。見た目での判別は困難だ。何度もそいつらのせいでこの世界は存続の危機に立たされた。感知できるのはプログラムの改変を起こした時だ。殆どはエージェントが生まれた瞬間に改変を施行しようとするため、抹消は容易だ。
普通の生活においては、僕は探偵業を営んでいる。
ログをたどれば事件の真相をたどることは簡単だし、尾行も決して気づかれることはない。そして何より、長期間本業で不在だったとしても不審に思われない。
僕以外の人たちは、音楽家や小説家、医者、弁護士、警察官などなど様々な職業についている。音楽家は作曲によってプログラムを実行しミリオンセラーをとばしていたり、弁護士なんかは法律を弁護側に有利なように変えてしまった。人々は天才だなんだと言っているが、他の次元の問題なのだから初めから勝負にはならない。これを卑怯だとは思わないでほしい。人知れず世界を救うために戦っているのだ。これぐらいの趣味は多めに見てほしい。