面識のない少女
「ほれ、感傷に浸ってないで、はようずらかるぞ」
クダ様の言葉に、サルスは頷く。
白騎士達も準備が整ったようで、各々がラピスの残骸を持ち、皇都の方面へ歩き始めていた。
ただ一人、リーダー格の白騎士だけがサルスを見つめ佇んでいる。
「やるつもりじゃろうか?」
クダ様の言葉に、サルスは「恐らく違う」と答える。
あのリーダー格はなにか言葉を俺に言いたいだけなのだろう、とサルスは考えていた。
リーダー格は意を決したように、一瞬だけ肩をいからせ、言う。
「らぴゅい」
なんだ、とサルスは首を傾げた。
らぴゅい、とはなんだ? なにかの符牒なのか? それとも符号?
その言葉の意味が分からない。
「ゴホン!」
リーダー格は咳ばらいをし、「失礼した」と小声で付け足した。そして彼はもう一度肩を、気持ち先程より控えめにいからせて、言う。
「ラピス様は、次は貴様に勝つと俺は確信している。あの方の強さは本物なのだからな」
そう言い、「さらばだ」とリーダー格は颯爽と先行く白騎士達のほうへ歩んで行った。
「あやつ、捨て台詞を噛みおった……」
クダ様の言葉に、らぴゅいは噛んだが故のらぴゅいか、とサルスは納得する。
「しかも、まるでなにも噛んでないかのように、さ、去って行きおった……!」
ぷぷぷ、とクダ様は楽しそうに笑う。ひとしきり笑った後、ある種の親しみのこもった声で、
「様にならぬ奴らじゃのう。あのろぅど一味は」
と言った。
「ああ」とサルスも頷き、その場を去ろうと踵を返す。
彼の視界に、群衆が映った。
何人いるのだろう。いや、何十人か。百人は……いない。
どうやら、ラピスとサルスの戦闘を遠巻きに眺めていたようだ。
サルスがラピスの首を刎ねた瞬間も、白騎士達がラピスの残骸を片付けている光景も、サルスがそれをぼんやりと眺めている光景も全て、観衆は全てを見ていた。
しかし、遠い。
一人ひとりが豆粒ほどにしか見えない。
「バスエの連中じゃろうなあ。あのゴロツキっぷりは」
やれやれ、とクダ様が呆れたように言う。
「糧よ。貴様、前にあの連中と大乱闘したじゃろ。憶えておるか?」
「憶えている」とサルスは頷く。道を歩いていたらちょっと絡まれて、気付いたら囲まれていた。しかたないから力づくで押し通った。サルスにとってはそれだけのことであった。だが、伸された彼らはそれだけでは終わっていないらしい。
「見てみい。あ奴ら、一人ひとりが武器を持っておるぞ」
確かに持っているな、とサルスは思う。
だがそれがどうしたというのか。
自分とあのゴロツキ達との間の距離の長さからしても、彼らに戦闘の意思などないように見える。
戦うつもりのない者がもつ武器に対して、いったいなんの感想を抱く必要があるのだろう、とサルスは考えた。彼らに対しては、なにも思うことなどないのだ。
「なのに、あんなに遠くからでしか貴様と対面できぬのだそうじゃ」
「ちきんじゃの」とクダ様は嘲笑する。
サルスは何も答えず、観衆に向けて歩き始める。目的地がバスエ街の方なのだから、彼はその方面の途上にいる観衆に向かい歩む形となる。
サルスに他意はない。目的の方向に進んでいるだけだ。
だが観衆は、そのようなサルスの行動ですら、前提として害意あっての 行動だと捉えた。自分たちを脅かすための、悪意ある行動だと認識した。
淡々と歩むサルスに、観衆は次々と道を空ける。人波は縦に割れ、彼の為の道を作る。
口々に、バスエの民衆は罵詈雑言を吐きつける。
「ラピスの野郎を倒すたぁな。いよいよもって皇国の仇になるつもりかぁ?」
めったに銀甲冑の下を見せないためか、ラピスを男型の魔導人形と誤解している人間もいる。「確かにろぅどの奴は男勝りじゃ」とクダ様が噴き出す声がサルスの耳に入る。
「お国のリストから除籍されたんだろ。いったいなにをしでかしたんだか」
「古過ぎて頭がコケむしちまったんじゃねえの」
「鉄の奴隷になっちまったって話だけどよ、まさかそれってその鉄パイプのことか。落ちたもんだな、かつての筆頭さんもよお!」
口々に観衆は罵倒する。意に介す様子もなく、サルスは彼らの間を進む。
荒廃した心が、矛先を求めているだけであった。サルスが、怨むに心痛まない存在だから罵っているだけであった。その罵倒に深い理由はない。重い過去もない。
「やかましい蠅達じゃな」
クダ様の言葉に、サルスは共感できなかった。彼はバスエの者達に対して、一縷の関心も持っていなかったために。
そう時間をかけずに、サルスは群衆の間を抜け切った。振り返ることすらせず、彼はバスエ街の通りを行く。
「待って!」
澄んだ声だった。
雑音の中でなお、その声ははっきりと聞こえた。
振り返ると、ゴロツキちっくな群衆の中から、一人の人間が駆けてくる。
金色の髪を揺らし、小奇麗な身なりをした少女が、なんだかとても一生懸命な様子で走って来ている。
ボロ布のような服を着たゴロツキ達の中から彼女が現れたのが、サルスにはなんとも脈絡がない出来ごとのように思えた。不釣り合いだ、と彼は思う。
サルスが少女を見て思った感想は、たったそれだけである。