残骸処理
白騎士達がラピスの残骸をまとめる光景を、サルスは何とはなしに眺めていた。
まるでガラス細工にでも触れるかのようにその手つきは慎重であり、恐る恐るとした丁寧なものだった。
ラピスという魔導人形は、余程彼らに慕われているらしい。
サルスはそう推測し、それが何を意味するのかを考えた。
怖れられるだけではなく、尊敬をもされる魔導人形。
彼女は幸せ者だ、とサルスは思う。
当のラピス自身は、自らを幸せだと感じていないのかもしれない。けれどもサルスから見たら、彼女は、少なくとも不幸には見えない。
「ろぅどの仇を目の前にして、あ奴らはよく剣を取る気にならないものだな」
クダ様が言う。どこか、侮蔑のこもった声だった。
サルスと同様に、クダ様もまた白騎士が撤収の準備をする光景を眺めていた。
ちらりちらりと、ちょくちょく白騎士達がサルスを盗み見ている仕草もばっちり見ていた。
それはなにゆえの視線だろうか、とクダ様は考える。
国家間に起こった武力戦争の主兵器である魔導人形が、傍にいるがための恐怖か。
敬愛するラピスを、目の前で一時的な停止状態にまで追い込んだことへの憤怒か。
「なあ、糧」
クダ様は、ふとした疑問を口にする。
「もし、あの白騎士達が、ラピスの仇を討たんとして剣を持ち貴様に挑んできたならば、貴様はあの者達を殺すか?」
「……、」
サルスは少しの間考え、「ああ」と頷いた。
「命が惜しいのかの、あの者達も」
「それが人間だ」
言ってみて、サルスはもう一度、自分が言ったことの意味を考えた。
それが人間。
命を惜しむのが、人間という生物。
命を惜しまないのが、惜しもうともしないのが、魔導人形という人造の兵器。
そのために人と魔導人形はその存在の質を異にする。
生きることを軽んじる人間もいるのかもしれないが、記憶の限りでは会っていない。
それならば、生きることに執着する魔導人形は、果たして存在するのか。
サルスはそう考え、いてほしい、と思った。しかしそれは自分ではない、とも理解していた。
魔導人形が、生に執着してしまうほど大切に思う“なにか”というものが、もしあるとするならば、それを見たいと思った。
「難しい顔をしておるな。ろぅどについて考えておったのか?」
サルスが上の空でいるのに気付き、クダ様は言う。
「全く別のことだ」
サルスはそう答える。それきり、また押し黙った。
空を仰ぐ格好でラピスは、――ラピスであった銀甲冑は倒れている。
最後に見るのが灰色の空とは無念なものだ、とサルスは思う。個人的な感傷に過ぎないので、口には出さない。
サルスは、銀甲冑が仰ぐ空を、同じように仰ぎ見た。
灰色が一面に広がっている。
灰色の魔導素子が、空に散らばっている。
「ラピス様の核を取り出すぞ。手伝ってくれ」
白騎士の一人が、他の騎士達に向かってそう言うのが聞こえた。
サルスは空を仰ぐことを止め、再び白騎士達の動向を眺め始める。
「遮断カプセルを出しておけ」
ラピスの胴体付近に屈んでいる白騎士が、他の者達に命じる。口ぶりからして、白騎士達の中でもリーダー格に当たる人物のようだ。
「は!」
白騎士の一人が、懐から円柱型のカプセルを取り出す。それは透過性のガラスのような物体で出来ており、中身は空っぽである。
「ラピス様。一時の無礼を、どうかお許しください」
リーダー格はラピスの銀甲冑に向かい、祈るようにそう呟いた。
そして、首の切断口に手を突っ込み、ラピスの胴体内にまで自らの腕を入れる。
なにかを探るような手つき。時間が数十秒ほど経った後、依然腕を突っ込んだ状態のリーダー格が他の騎士に言った。
「カプセルの蓋を開けろ」
蓋が開けられ、リーダー格の目の前にまで寄せられる。
「いいか。すぐに閉めろよ」
言い、リーダー格はラピスの胴体から腕を抜く。手には銀に輝く石のようなモノが握られている。
すぐさま、その銀の石をカプセルの中に、そっと入れた。
「よし。閉めろ」
カプセルを持っていた白騎士が蓋を閉めた。
カプセルの中には、瞬く間に銀色の煙が充満し始める。
「あれが、ろぅどの核か」
「みたいだな」
あれがある限り、いくら身体が傷つこうとも、魔導人形は動き続けることができる。
魔導人形の動力源である魔導素子を、生成し続ける石。
その生成量は、無限であると言われている。誰ひとりとして、生成することを永続的に止めた魔石をみたことがないという理由で、である。
魔石の発見は、魔導素子という超自然的超科学的力を人に与えた。いわゆる、奇跡的魔法的な力を。
魔術、魔法、神秘、奇跡の類を、決して空想ではない存在にまで引きずりおろした。
そこまでは、良かったはずであるのに。
それが魔導人形という兵器に至ったのは、はたまた国家間の武力戦争という悲劇を―見ようによっては喜劇を―引き起こし、世界が衰退の過渡期に入る結末となったのは、避けられないことだったのだろうか。
そこまで考え、サルスは、その思考は結局のところ徒労でしかないと放棄した。
それはもう既に起こったことなのだから。それが彼の考えである。
避けられたかもしれない可能性を思索し、それを未来に活かすという、いかにも純血種の人間達が考えそうなことは、端からサルスの眼中にはなかった。
サルスは、何を考えるでもなく無心の人形と化してラピスの魔石を眺めていた。
すると、
「はぁ……」
と、一人の白騎士が悩ましげにため息を吐く声を聞く。それはカプセルを持っている白騎士だった。
「絶対に落すなよ」
リーダー格が、その白騎士に向かい注意を促す。
「はい」
そう、カプセルの白騎士は真剣な声で返事をする。
「俺はラピス様の御体を運ぶ。お前達は二人で馬を頼む」
言って、リーダー格はラピスの大剣を鞘に納め、背中にかけた。そしてラピスの兜とその中身をラピスの胴体の上に置き、すこぶる丁寧な動作で持ち上げる。お姫様だっこだ。
命令を受けた白騎士達もまた、二人がかりで馬の死体を持ち上げ、運び始めた。
「本当にお綺麗だ……」
そう恍惚気味に言うカプセル持ち白騎士の声がサルス達の下に聞こえてきた。
「れべるが、高いな……」
クダ様の若干引き気味な言葉を、サルスは空っぽの心で聞いていた。