vs code: Absorb2
「なんじゃ、アレは……糧、あれは貴様の色じゃろう?」
「吸収されたらしい」
クダ様の問いに、サルスは推測を答える。
「貴様の力をか?」
「恐らく、最初の爆発の時に」
吸収するタイプの魔導人形に会うのは、サルスが目覚めてから初めてのことだった。
「なんというか、貴様の色は、傍から見ると禍々しい限りじゃのう……」
確かに、とサルスは思う。
暗赤は、純血種が流す血に近い色。吐血のような色。
「――話している場合か」
「なんぞ!?」
サルスはその接近を知覚できなかった。いつの間にか目の前に現れたラピスが、大剣を薙ぎ払う――!
「が――!?」
わき腹に直撃し、サルスは真横に吹き飛ぶ。灰色の建物にぶち当たり、建物自体が崩壊する。辺り一面を煙が舞った。
「なんじゃ、あの速さは……」
恐ろしく重い一撃だ、とサルスは壁にもたれかかったまま思う。
「誇ると良い」
煙の中からラピスの声が聞こえる。同時に大剣が投擲され、サルスの胸部に突き刺さった。鞘に納められた剣は、彼の背後の瓦礫にまで貫通している。
「これは、貴様の力なのだから」
煙は晴れ、視界に入る銀甲冑の姿。なおも、暗赤色のモヤを纏っている。
「借り物の力で圧倒とはのう、楽でいいものだな」
「言っていろ。勝つための手段を選べるほど、私は強くない」
クダ様の皮肉を、ラピスは意に介さない。
「さあ、早く立て。この程度ではないのだろう? 戦争の仕方を覆した古き者達が、このくらいで機能を停止するはずがないのだからな」
そう言ってラピスは、サルスの胸に突き刺さった鞘から大剣を引き抜く。それは輝かしい程に銀色の、正義の刃だった。
「糧、気をつけよ。あれに斬られたら、ひとたまりもないぞ」
無言でうなずき、サルスは胸部に突き立つ鞘を引き抜いた。ぽっかりと胸元に空いた穴から、暗赤色の煙が流出する。
「暗赤の魔導素子、か。実に、禍じみた色だ」
ことさら楽しげに、ラピスは言う。
サルスは立ち上がり、クダ様を一層強く握りしめた。
ラピスは両手で大剣の柄を握り、厳かに言い放つ。
「Ab/St」
暗赤のモヤが、一層の濃度を増してラピスを包む。
「では、――参る」
その言葉と共に、ラピスは大剣を振りあげ、真っ向から斬りかかる。
馬鹿正直な動き。読み易い動作。
それが常人の動きならば、彼女を捌くは実に容易いことだろう。しかし、彼女は人でなければ、常でもない。
サルスの魔導素子を用いた身体強化。それも、極限にまで高め上げた、文字通りの全力。
尋常の者が視認できぬ速度で、異常ならざる者では受けきれぬ力で、彼女は斬りかかった。
「避けよ!」
クダ様の声と、サルスが動き始めたのは同時だった。咄嗟に、彼は真横に跳ぶ。
ブオン、という風が斬られる音がする。
サルスのいた場所に、大剣が振り下ろされていた。奥にある瓦礫まで斬られている。その一太刀は、風圧ですら鋭い切れ味を伴う一撃だった。
「避けたか。利口な判断だ」
涼しい声で、ラピスは言う。
「だが――!」
彼女は一切の容赦なく、二の太刀を振りあげた。
真横に避けたサルスに向けて、大きく一歩を踏みこみ斬り上げる。
「――――ッ!」
灰色の道路に大きく足を踏み込ませ、サルスは後ろに跳ぶ。
着地するとともに、サルスの肩口から腰までぱっくりと斜めに斬れる。その開いた傷口から、体内の魔導素子が溢れ出てきた。
「浅かったか」
大剣を凄まじい速度で振りあげたにも関わらず、一切体勢を崩さずに、ラピスは再び構えた。
「クダ様。これから、付加する」
サルスはクダ様に許可を乞う。
「うむ。認めるのは、なんだか無性に歯がゆいが、ろぅどの奴は相当のやり手のようじゃからのう。許可する」
それを受け、サルスは右手に持つクダ様に、左手を添えた。
「Ph/Ka」
サルスの手に亀裂が走り、暗く赤い魔導素子が流れ出る。それはクダ様を覆い、凝固する。モヤは形を成していき、鋭利な刀身となる。
クダ様、もとい鉄パイプは、六尺はあろうかという、東洋の大太刀を模した形へと変化した。
「これは、驚いた。それは、ただの役に立たない、口の悪い鉄パイプだとばかり思っていたから」
「一言も二言も多いわ! ワガハイの協力なくして、このえんちゃんとは為せぬのじゃぞ!」
「それに、その剣は知ってるぞ。サムライだろう? 東洋の騎士だ。戦争の起こるずっと前に絶滅したと習った」
そう言い、ラピスは大剣を握る手を強くした。そして、思う。
これが、サルスの次の手なのか。少なくとも己は、サルスにとって並大抵ではない相手と認識されたのか、と。
「実に、愉しみだなぁ……!」
自然、ラピスは笑みがこぼれた。