vs code: Absorb1
サルスは地面に降り立ち、間髪いれずラピスめがけて駆けた。
爆発を浴びてなお、ラピスは地に足をつけて平然と佇んでいる。
馬は死んでいるようだった。やはり憶測でしかなかった。
魔導人形に、他の生物への情などあるはずがないのだ。そう考え、サルスは落胆する己を覚えた。
「サルス! 貴様はなぜ私を殺さんとしている!」
ラピスの問いを、答える必要はないとばかりにサルスは無視した。
返答代わりに、真正面から鉄パイプを振り下ろす。しかしラピスは難なく、大剣を抜かずに徒手でそれを受け止める。
「答える気はない、か。いいだろう!」
鉄パイプを固く握りしめた状態で、ラピスは声を張り上げる。
「ならば、このラピス・アルゲントゥムも貴様を倒す理由など語らぬ! 貴様は大人しく打ち倒され、その核をもって私は私自身を強化するのみだ! それ以外になにがあろうか! 私は強くなりたいのだよ【鉄隷】いや、【万象】サルス!!」
「言っとるではないか理由を! 糧、ろぅどは阿呆じゃ! 楽勝じゃぞ!」
鉄パイプはもう勝ったとばかりにうきうきな調子で言った。
「鉄パイプが喋っただと!? サルス、貴様は化生を従えていたのか!」
驚愕を露わにしたラピスの言葉に、鉄パイプは怒り気味に言い返した。
「ワガハイが従えておるのじゃ! それにワガハイにはクダ様という立派な名がある! 鉄パイプなどという蔑称を使わず、大いなる敬意を払ってクダ様と呼べい!」
言いあうラピスとクダ様を余所に、サルスは一切の表情を変えず符号を唱えた。
「Ph/Sw」
サルスの肩口に罅が入り、そこから暗赤色の刃が服を突き破って飛び出た。それはラピスの鎧を貫き、肩に突き刺さり、彼女をよろめかせた。
「な……!」
すかさず、サルスは体勢を崩したラピスの腹部へ蹴りを入れる。
「ぐ――!」
背後に倒れそうになり、ラピスはクダ様を手放し後方にさがった。
「ラピス様!」
白騎士たちがラピスとサルスの間に割って入る。各々長剣を構え、サルスの前に立ち塞がった。
「さがっていろ。貴様らでは刃が立たん」
しかし、ラピスは彼ら、自らを守るための白騎士たちに控えていることを命じた。
「なにを言うかラピスとやら。貴様もワガハイの糧に刃が立ってはおらぬではないか! 刃が立つと言うのは、まさかその肩口に立っておるその暗赤の刃のことかのう!」
クダ様が脇からラピスを煽る。が、無視された。
「しかし」とまごつく白騎士たちに向けて、ラピスは続ける。
「それに、私はサルスと一対一の勝負を行いたくなった。最初期の魔導人形とやらの実力をこの身で体感したく思ったのだ」
白騎士は護衛のための存在であり、その本懐はラピスを守るための討ち死にある。
四人の白騎士たちは全て、自らの意思で魔導人形ラピスの護衛を選んだ。彼女の、人外であるラピスの戦いに惹かれたために、その選択をした。
「……、」
白騎士たちは自らの非力を苦々しく噛みしめる。
言葉通りなのだ。本当に、自分たち人では魔導人形に刃が立たない。戦争が生み落した化け物と対峙して長く立ち続けることはできない。
なんのための護衛か。なんのための修練か。ここで出なくては、沽券に関わる。
それでも白騎士たちは、自らの矜持よりも、彼女の意志を尊重した。
「ご武運を……!」
ラピスの勝利を願い、白騎士たちは身を引くことに決めた。
「それでいい。これはサルスと私との一騎打ちだ。小うるさいのが一本いるが、あれはカウントしない。貴様らはどうか祈っていてくれ、私の勝利を――!」
ラピスは肩口に突き立つ刃を握り、引っこ抜く。するとそれは血色に霧散した。
鎧に空けられた穴から、銀色の煙が流れ出る。
「与えられたのは銀か……」
サルスは言う。
「高貴な色じゃな。ワガハイの身体も、銀でこぉてぃんぐしたいものじゃの」
銀は錆びにくいのじゃろ、と尋ねるクダ様に、サルスは頷く。
「聞け、サルス! これより私は剣を持つ!」
律義なものだ、とサルスは思った。あの魔導人形は、愚かしい程に真っ直ぐだ。
「つまりは全力ということだ」
ラピスは大剣を背中から外し、鞘をつけた状態で構える。
「ろぅどの奴、抜刀はせんのか……?」
怪訝そうに言うクダ様の声にかぶり、ラピスの―もはや怒号とも思えるほどの―声が届く。
「せいぜい、生き延びてくれたまえ――ッ!」
最後になにかを口にしたようだが、サルスはよく聞こえなかった。
禍々しい程の瘴気が、ラピスの身体にまとわりつき始める。色は、暗赤。それはラピスの色ではなく、サルスの受け持つ色だった。