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対 霧姫

 迷霧は、寂然とサルスを取り巻いていた。

 先程まで見えていた景色は濃霧に覆われ、まるで世界から切り離されたかのように深く閑かな真白が広がる。霧姫の符牒は世界に浸潤し、サルスを霧中に惑わせていた。

 

「吹き飛ばしてしまえ」


 至ってシンプルな方法を、クダ様。

 四方八方の視界が生きておらず、ましてや敵二人の姿かたちは認識できない。非常に不利な状況である。まずは、この霧をどうにかこうにか打ち消さないことには、後手にしか回れないのが現状だった。

 ただ、


「剣が、通らなかった」


 先刻に放ったエスダは、霧を貫けなかった。剣を構成する魔導素子が、恐らくは霧に喰い尽されてしまった。もしくは、強制的に魔導素子を霧散させられたか。

 いずれにせよ、これはサルスにとって不都合な霧。

 

「この霧には、魔導素子が通用しない」


 サルスは言う。

 不用意に魔導符号を唱えるならば、かえって隙を生じさせる。


「ぬう……ならばどうすればよいのだ……」


 唸り声が、虚空に霧散する。


「待つ」


 サルスは、相手の動を待つことにした。

 静かな世界に相応しく、粛と待ち構えて、動いた彼女達に反撃を。



 静か。閑か。

 霧に隠れる姫君二人は、未だ行動を起こさずじっと身を潜めている。


「……」


 サルスは無音に、姫君の差し出す矛を待つ。

 相手は確実にこちらを把握している。

 見据え、機会を窺っていることだろう。


 後手となってしまうが、致し方ない。

 攻撃してきたところを、反撃する。


 ザリ、と。

 地面を蹴る音が、霧中より聞こえる。


 ――動いた。


 ザッザッザッ。

 地を駆ける音が、サルスの周囲を踊る。

 音の出どころが分からない。四方八方に、音が駆け廻る。

 どうにも、この霧は音の出自をすら隠してしまうものらしい。


 地を蹴る何者かが、地を走り空を駆ける。


 動いているのはどちらか。

 コルニクスか、ヒナノか。

 あるいは、両方であるのだろうか。


 惑うサルスを、彼女達は明瞭に見定めていることだろう。

 視線が前に向こうが、後ろを振り返ろうが、左右を往復しようが。

 彼女達には見えている。

 サルスの動作、その全てが。


 そして、窺っている。

 攻め時を。


 ただ、前方や左右では、万が一というものがある。

 姿を捕捉され、一撃入れるよりも速く反撃を入れられる可能性もある。

 攻撃するには、一度接近する必要があるだろうから。

 ましてやサルスは魔導人形。

 人間とはその反射速度を大きく異ならせる、戦闘用の人形である。

 無論、近接に限った話ではあるが。


 ならば、彼女達が狙うは、


「――――ッ!」


 背後。

 サルスは振り返ることなく、渾身の力を込めてクダ様を後方に突き出した。

 

「きゃ!?」


 確かな感触が、クダ様に伝わる。

 クダ様のL字部分が、コルニクスの仮面を突いていた。

 

「捉えたぞぉ……!」


 嬉しげに、クダ様が言う。

 間髪いれず、サルスはクダ様を更に突き出す。

 コルニクスの仮面に罅が入り、黒衣の鴉は霧散した。


「なぬ」


 消え


「《/(コロネット)》」


 た。

 思うと同時に、ヒナノの声が霧の何処に生じた。

 

 サルスの前方に、光が集う。

 集う光は、金色の冠を形作る。

 成された黄金の冠は、目映い光を放ち霧の中にその姿を強調していた。


 冠の先端、数多あるぎざぎざ部分が、上に黄金の光を放射し回転している。

 黄金の光線群は、天を貫かんとばかりに上空へと幾筋もの線を引いている。


「嫌な予感しか、せぬぞ」


 ヒナノの基底符は、反射リフレクション

 して、この霧を構成するのは、恐らくは微かな水滴達。

 水滴は、時として周囲の風景をその身に宿す。

 鏡の性質を、宿す。


 サルスを取り巻く霧は、小さな鏡ともいえる無数の水滴――――


Re()/」


 霧に揺らめく姫君が謳う。

 反射の、命令。


Coシオ


 魔導の符号コードを。

 原本の符牒コードを。

 黄金の冠が放つ滅却の光線を。

 跳ね返し、光線を霧中に展開させよ。

 そう、命令した。

 

「ッ――――!?」


 視界が、黄金で塗り潰された。

 黄金の冠が放つ光線の群れは、各々の方向へ一気に折れ曲がる。


 水滴が、光線を屈折する。

 水滴が、光線を屈曲する。

 水滴が、光線を曲折する。


 一粒一粒の水滴に、反射の性質が付加されたがゆえに。

 何万何千万何億を越える水滴の数だけ、光線は折れ曲がる。 

 方向を変化させながら、黄金の光線は寸刻の内に霧中を駆けた。

 妨げるもの全てを貫き、焼き焦がしながら。


 サルスもまた、例外ではなかった。

 体中を、黄金が貫き燃やす。

 右眼には穴が空き、左腕は焼き切られてクダ様ごと地面に落ちた。

 かろうじて残った右腕も、赤子ですら容易くちぎれそうなほどに微かな皮で繋がっているのみ。

 腹にはいくつもの穴が空き、暗赤の煙が漏れ出ている。

 足に至っては、両足共に膝から先を焼き切られてしまっている。 

 サルスは糸の切れてしまった人形のように、ゆらりとうつ伏せに倒れ、


「……ぁ…………」


 うつろな左眼で、カランと転がるクダ様を見た。


「糧!? おい、糧ッ!!」


 光線はサルスの核までも、撃ち貫いていた。


「しっかりしろ! しっかりせんかっ!!」 


 枯渇する。抜けていく。

 生命が。生命の代替物である、魔導素子が。


 ――終わる、終わるのか


 暗転する視界の中で、サルスはふと、安穏を覚える己を見た。


 ――それも、良いかもしれない。


「サルス! 起きろっ! 眠るにはまだ、まだ早いぞ、早すぎるぞ阿呆がっ――」


 彼女は叫び続けるが、青年には届かず。

 彼の意識は、そこで途切れた。


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