vs code: Reflection&Accelerate
店内を散々に荒らしつつ、鴉は双刀の剣舞を踊る。
距離を置こうと一歩後ろに跳ぼうとも、すぐさまコルニクスは肉薄する。
怜悧で無機質な視線をサルスの目に突刺しつつ、双刀を閃かせ二筋の軌跡で襲いかかる。
「ッ……!」
対するサルスは防戦一方だった。
一撃一撃は軽い。銀の魔導人形のような重さはない。
だが、
「速いな貴様……!」
ひとつの軌跡が閃けば、ほぼ同時に二つ目の剣閃。
それをいなそうとも、刹那に光る三太刀目。
一撃の余韻が残る内に襲い来る二撃目三撃目、四撃目。
サルスの番が、まるで回ってこないのである。
「コルニクスの剣撃は、ディレイを浴びせ続けるようなものですわっ。どんどんどんどんターンを遅らされていきますの! あなたが防御を続ける限り!」
したり顔でヒナノは叫ぶ。
コルニクスの双刀が為す、不断の超高速連撃。ひとつひとつをまともに受けようとするならば、その防御行動から攻撃に移るその間にまたもやコルニクスの攻撃を許してしまう。防御は、コルニクスに対して最悪の戦法だった。
「サルス・サルヴァ! 真っ向からコルニクスに挑もうとするならば、決して無傷でいられないことを理解しなさい!」
愉快極まりないという風に、ヒナノは高高と笑う。彼女の気分は高揚しきっていた。
コルニクスの暴風のような連撃を前に、サルスの買ったばかりの服がもうボロボロになっていく。服だけではなく、サルスの全身に切創が走り、暗赤の魔導素子が流出しはじめる。
◇
「さて――」
ヒナノは店内を入念に見渡す。人が残っていないかを調べる。もし誰かが残っていたら、ほぼ確実にこれより起こることの巻き添えを喰らってしまう。
どうやら、みんな避難したよう「あぁぁ、俺の店がぁぁああぁ……!」ではなかった。
見ると、絶望に浸る一人の中年男性がいた。この店の主人らしく、頭を抱えて膝をついている。
「近接だとやっぱり強いなあ、コルニクス……」
そして、平然と彼の者達の戦闘を眺める、よく知っている学者がいた。
ロア・ラーナードール。皇都中枢にある、魔導技術の開発を主とする研究所の職員。淡い緑の髪色と、少女と見紛う程に小柄なその容姿。けれども、大人。
主に、魔導人形の制御方法について研究を行っていたように思う。
「ロアさん。あなた、お逃げになった方がよろしいのではなくて」
「いいよいいよ。危なくなったら逃げるからさ」
「もう既に危ないのですけれど」
「ふふ」
「ふふ、ではなく」
魔導人形を意のままに操る手法を、この女は日夜考えていたのだ。その時点でヒナノの中でロアに対し一抹の嫌悪感が湧きあがる。
少し前に、〈魔導仕掛けの人形の人為的な制御方法の一考〉という論文をロアはAM博士に提出した。
制御法が完成してしまったのである。ただ幸いなことに、現状は理論のみが先にあり実践はされていない。恐らくはそのはずである。
ロアが論文を作成し終えたという報を耳にした時、ヒナノは知らず唇を噛みしめた。
人が持つ食欲性欲睡眠欲を始めとする人が人であるための要素の尽くを奪われた魔導人形は、それでもなお思考する権利は与えられていた。
なのにこの学者は、その思考をすら奪おうというのだ。拒否権を失くされた魔導人形にいったい何をさせようと言うのか。考えるのも悍ましい。
そうでなくとも、常々ヒナノは不快に思っていた。この女の存在がどうしようもなく腹立たしかった。本能が彼女を嫌っていた。
ロアが傍にいると、ヒナノは己の核に疼きを覚える。カタリカタリと、魔導核が何事かを主張するのである。
因縁がある。そう、ヒナノはいつしか考えるようになった。
ただそれはヒナノ・インヴィディア・ビーリスが、ではない。
そしてきっと、ロア・ラーナードールへの、でもない。
桐姫舞雛が、彼女の原本と因縁を持つ。
恐らくは好意的友好的平和的な縁ではないだろう。到底、そのようなことはありえない。
なぜ、か。何故そう思うのか。
それはわたくしが、“座者”一味の“霧姫”であったからだ。
書庫で得た知識群から、ヒナノはそう推測した。
自身の名。
“霧姫”が携えていた異能。
二人組であったという“霧姫”。
《曙光》という、自らの原本名。
天使が正義と崇められた時代が、愚かにもあったという事実。
天使にそそのかされた一人の少女が、“座者”を倒したという英雄譚。
十三の尖兵と、一の原型。
尖兵が一人、彼女達を裏切ったという過去。
たったそれらの情報から、ヒナノはロアを“敵”と見なした。
なにゆえ陛下が規制情報閲覧資格のAを自身に賜ったかは存じない。
ただひとつ確信できるのは、まず間違いなく陛下ご自身は味方側にいるということ。
知れ、と彼は背中を押したのだ。知り、そして……そして今一度、倒すことを試みよ、と。
誰をか、とヒナノは自問する。
自答は語る。
――天使を。遥か昔に倒し損ねた彼奴らを。
すれば、あの“永劫の魔術師”とも再度の邂逅が必要となってくる。
困ったことにどこにいるかは全く分からない。
調べようにも、あの人間の情報に関してはSに分類されるらしく、記録管理人がくるりとカールした口髭をつまみながら、「それ以上はNoだ。君にその資格はない」とにべもなく断った
“座者”そのものについてもまた、同様の結果と終わる。
ヒナノは、再度の決意を試みる。
為すべきことは、再戦。
わたくし達はもう一度、神を騙る者達を《創造/停滞》
思考が潰える。
彼女の原本に施された符牒が、彼女の思考の邪魔をする。
以前決意を行おうとした際も、彼女の思考は同様にして中断された。
魔導人形が思考する権利は、殊に博士を思考する権利は、最初からありはしなかった。
「…………」
しばしの沈黙。
ヒナノの思惟は巻き戻り、現在を見据え始める。
今はとりあえず、魔導人形が信頼ある皇帝に受けた命に従い、眼前の他愛ない知己を討たねばなるまい。以前に交流があったと言えども、過去は過去、である。
サルス・サルヴァは、ただヒナノが知るのみの魔導人形であり、
桐姫舞雛が知る誰かでは、ありはしないのである。
そう、ヒナノは結論する。
故に、躊躇なき死を眼前の魔導人形に贈呈することができる。
◇
双刀と鉄パイプが打ち合う音と嗚咽が、もはや残骸ばかりとなった店内に響く。
「店、みせっ、俺の店ぇぇ……! せっせと拵えた貯金でようやく建てた念願のマイ大衆食堂がぁぁああッ……!!」
主人の様相は憐れにも程があった。自らの危険など一切顧みず、只管に嘆いている。
「コトが終わったら、エルレアさんに頼んでこれよりももっと大きなお店を、国があなたにプレゼント致します。けれども命が無くなってしまえばもうどうしようもできません。ここにいては、あなたの生命が危機に瀕しますの。ご理解いただけて?」
ヒナノは言う。実際、サルスの身体から暗赤の魔導素子が流出している。
人の体内を蝕む、有毒な靄が店内に充満し始めている。このままこの場に留まれば、憐れなこの店主は更に哀れなことになる。
「……その言葉、忘れないでくれよ」
沈みきった声でそう言い、店主はそそくさと店の奥へ駆けた。恐らくは裏口から逃げるつもりなのだろう。一旦逃げると決めたら、彼の逃走は実に早かった。
「キミは手伝わなくていいの?」
あっけらかんと、ロア。彼女は逃げるつもりなどさらさらないようだった。
「万象さんが符号を用いてからが、わたくしにとっての本番ですわ」
言って、ヒナノは懐より自らの得物を取り出す。
手鏡、だった。黄金を散りばめられ、華美な装飾を施されている。まるで、どこぞの名のある財閥令嬢が用いている日用品と寸分違わない見た目だった。
ヒナノの持つ手鏡には彼女の黄金の魔導素子が存分に蓄えられている、という違いがあるが。
サルスが、コルニクスの描く軌跡を鉄パイプで受け止める。して、彼の口はソレを呟いた。
「/Sw」
――来た。
絶好の機会とばかりに、ヒナノは不敵な笑みを浮かべる。彼女は、サルスの言葉を追うように唱える。
「Re/Co」
サルスの体内に剣が形作られ、外皮を突き破り体外へと射出される。
ヒナノの手鏡から多量の魔導素子が放出され、瞬時にサルスの周囲を覆う。
「全て、返しておしまいなさい!」
サルスが射出した暗赤の刃は、すぐさまヒナノの黄金の魔導素子に接触し、跳ね返される。
「ッ!?」
刃は自らの主に向かう結果となった。
サルスの胸元に深々と突き立つ、暗赤の剣。
「真剣勝負に水を差すような、空気の読めない輩がいるな」
重く、クダ様。
サルスの瞳が動き、ヒナノの姿を照準する。その胸に刺さる刃が霧散し、胸元にぽっかりと空いた穴から暗赤色のモヤが流れ出る。
「ふん……、サルス・サルヴァ、とそのお付きの変な棒。もとより貴方達の相手はコルニクス一人ではありませんわ。わたくしがいることをお忘れになったあなた方に落ち度があるのではなくて?」
挑発するヒナノ。
その言葉が言い終わらないうちに、サルスの死角に翻る双刀。
精確に首筋を撫で斬ろうとするその剣閃を、サルスは間一髪で避ける。
「……、」
瞬き一つせずにサルスを注視するコルニクスは、ただひたすらに無言である。
前方にコルニクス。
後方にヒナノ。
そのどちらも、サルスの出方を窺う。
「糧、ここを出る。あ奴ら一人一人をちまちま相手にするよりも、広いところでドカンと一発加えた方が早かろう」
「……ああ」
クダ様の言葉に、サルスは首肯する。そして、言い放った。
「/Im」
衝撃の概念を含む第二符号を。
銀の魔導人形が用いた衝撃波を、暗赤に染め上げられたソレを。
「ッ――――!?」
サルスを起点に、球状の衝撃波が走った。




