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閑話 旧知の者達

 流麗な令嬢が街に佇む。

 お付きに鴉を引き連れて。


 街の名前は、旧ヒコ市ノアタリ。

 その由来は、旧比去市の辺りにできたことから。


 得物は未だにやってこない。


 ――相も変わらず、人を待たせるお方だこと。


 待ち惚けのヒナノは、過去を想起する。

 待ち惚けのコルニクスは、ただただ無心。


 ◇


 魔導人形に敗北はないと思っていた。

 

 だが、あの人間には勝てない、と思った。


 視野を覆い尽くす劫火。


 ――戻らないのか?


 人間が、わたくしに尋ねる。

 

 ――知りたいのならば、書庫に行け。


 戸惑う私に、人間はそう言った。


 ◇


 街の近場には、かつて巨大な軍事工場があった。

 

 そのような記録だけが皇国中枢部にある書庫で管理されている。ただ、この事実は一般に公開されておらず、なおかつ外部流出を防ぐために規制情報として扱われる。

 

 ヒナノ・I・ビーリスはその事実を知っている。

 彼女には知る権利があった。

 彼女は自ら申し出て、知る権利を欲したのである。


 長く続いた戦争が勝利に終わった後、魔導人形達には各々功績に応じた報酬が国より支払われた。皇国は国に尽くした戦闘兵器達を盛大に労ったのである。

 

『この勝利が誰のためにもたらされたのか。

 我々は永世忘れてはならず、後世に遺さねばならない。

 ――特別武装兵の諸君。君達の働き、心より感謝する』

 

 深々と頭を垂れ、皇帝は全魔導人形に謝辞を述べた。

 その後、皇帝は魔導人形一体一体のもとを自ら訪ね、その望みを聞いて回った。


 ベイド制圧の貢献が、ヒナノの功績であった。


『【女帝エンプレス】ヒナノ・I・ビーリス。貴官はベイド帝国の制圧に著しい貢献をした』


 女帝、と呼ばれる度にヒナノは苦々しい思いに駆られる。

 そういう柄ではない、と彼女は考えていた。しかし悲しいかな、彼女はそういう柄であった。根っこからお嬢様気質が染みついていた。

 

『貴官の望みを、私に聞かせてくれ』


 ヒナノは答える。


書庫アーカイブを、利用させて頂きたく――』


 彼女は記録の閲覧を望んだ。


 知ることが義務だと彼女は信じた。

 皇都の書庫に立ち入り、“自らの出自”と“原本”を知ることを欲した。


『……良いだろう。許可する。今は口頭だが、後日正式な文書と入館証を届けさせよう』 


 許可は下りた。


『恐悦、至極に』


 閑雅に礼を述べ、ヒナノは麗しく目を細める。


『相変わらず、君は美しいな』


 と、皇帝は破顔する。

 対するヒナノは穏和な表情を浮かべ、実に静謐な声色で答えた。


『“人形”、ですもの』


 愉快であると、皇帝は笑う。

 “人形”は言葉を続ける。


『愛玩されるために、人形は美しくあらねばなりませんわ。是非是非、可愛がってくださいませ』


 くすりと、悪戯めいた笑み。

 

『お誘いは嬉しいが、私は一人しか愛せない人間なもので』

『それはそれは、実に残念でございます』


 両者とも、口に出すのは冗談ばかりであった。

 

 ◇


 彼女は尋ねる。

 一人の記録保管人アーキビストへ。

  

 ――私の、名を。


 そして彼女は自らの名を知った。


 ◇


 想起の旅路のその途中。

 ヒナノの視界に見なれた姿が映った。


「あら――」 


 長身痩躯の軍服男。

 特武の同僚の、枯木野郎ウィザードクレマティその人であった。

 

枯木野郎ウィザードさん。ご機嫌はよろしくて」

「おう、よろしくてよ」


 ジャガイモを無事に買い終えたクレマティは、帰路の途上にあった。


「エルレアさんがあなたを探していらっしゃいますわよ。顔を出した方が良いのでは?」

「出すぞ。後でな」

「ですが、枯木野郎ウィザードさん」

「なんかなあ、エンプレスさんよ。お前俺を呼ぶ時、何かしらの悪意を込めてねえか?」 

「あまり、エルレアさんの心労を増やさないでくださいません? ただでさえこの頃、例の裏切り者がおこすゴタゴタの諸々のせいで、エルレアさんがうな垂れる回数が劇的に増加しているというのに」

「ああ、聞いちゃくれねえのな」

「つべこべ言わず、早く報告を済ますべきだと思いますわ。枯木野郎ウィザードさん、あなたが仕出かした大失態の謝罪を……ねえ?」


 挑発するヒナノを、クレマは「は」と鼻で笑い、言う。


「俺にはそんなことよりも優先すべきことがあるものでね」

「“そんなこと”、だなんて。大層なお言葉を吐くものですわね」


 ヒナノの目に底知れない凄味が加わる。彼女は、言う。

 

「そんなに、“イラ”のお守は楽しいのかしら。わたくしも是非、ご一緒したいものですわ」

「……Wi/」


 クレマティの右眼に朽葉の光が走る。

 殺意の塗り固められた左眼で、枯木はヒナノを見据える。

 排除する、と枯木の目は語っていた。誰も知らないはずの秘密を、ヒナノが知っていたがために。


Re/」


 ヒナノもまた、符号を唱える。迎え撃つつもりだった。


 ひゅ、と風が走る。


「貴女……」

 

 ヒナノは言う。

 両者の鼻面に、コルニクスが双刀の切っ先を向けている。

 ヒナノもクレマティも気付かない、寸刻の内の行動だった。


「潰し合いは止めとけ、ってか」


 肩をすくめるクレマティ。先程の殺意はすっかり鳴りを潜める。


「精々、口外しないことだな。もし誰かが知っていたならば、まずお前を殺すぞ」


 言い、クレマティはそれきり二人に興味を失くしたように歩き去った。


「……」


 ヒナノは無言のままである。


「……」


 コルニクスはもともと口数が少ない。


「お腹が、空いたのかもしれません。いえ正直に言えば、ずっと空いていましたの」


 ひとりごちるように、ヒナノ。続けて彼女は、


「少々、お食事を……よろしくて?」


 と、ヒナノはコルニクスを窺う。


「……よろしくて」


 賛同を得られたようである。

 ヒナノとコルニクスの両者は、とりあえず視界に映った飲食の店に入ることにした。

 

 ある時から、ヒナノは食欲を覚えるようになった。

 その時期は明確でないが、ある程度はヒナノ自身も見当がついている。

 書庫にて、自らの名を知った時から。

 その時から、彼女は“食欲”というものを得た。



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