邂逅
「世界を見て回りたいって博士に言ったら、『気を付けて行っておいで』だってさ。ボクが手伝わなくても博士一人でどうにかなってたし、ひょっとすると体よく追っ払えて博士も満足しているかもしれない」
先程からずっと、ロアは自分の身の上を話している。
騒々しさが増してきた。
正午はとっくに過ぎ、今は昼と夕刻との中間に当たる緩慢な時間帯である。
それでもなお、多くの人間がこの店の中で飲み食いをして騒いでいる。人の減る気配は無い。みな、各々に飲んで騒いで、それぞれが対価に応じた饗応を楽しんでいた。
サルスは知らないが、皇国内では今日が休日と定められている。労働の緊縛から解放された者達が、心ゆくまで現在を興じているのである。真に休日とは素晴らしいものである、と彼らの顔には書かれていた。
「ねえ、聞いてる? サルス?」
「聞いてる」
聞いていない。
ロアの身の上話をBGMに、サルスは店内を眺めていた。クダ様はふてくされていた。
そして入店する、二つの人間。人間めいた人形。
奇異なる出会いだった。
だが、彼女の嗜好から見れば、それは案外必然の遭遇とも言えるのかもしれない。
まず、サルスと鴉が同時に気付く。
「あ、ヒナノとコルニ――――」
ロアが言い終わる前に、サルスの視界内にひとつの閃光が瞬く。
頬に微風を受けた、とサルスは錯誤する。
通ったのは風ではない、スラリと斬れたその頬からも分かる。
刃が、刹那にサルスの頬を撫で斬っていた。
一瞬のうちに、先程まで店の入り口にいた筈の鴉が、黒衣を翻して卓台の上に立っていた。お行儀が悪い。
「おお……!」
酔っ払った男達の歓声があがる。
「なんだなんだ」「ケンカか」「す、すげえ眺めだ……」「なんだあれ、包帯しか巻いてねえ」「痴女?」「おおお、眼福……!」
店内に、一層の喧騒が生まれる。
「愛スベキ国民の皆様方! 命が惜しければどうかお逃げを!」
令嬢が、店内の人間に呼び掛ける。
「これからここは戦場となります! あの方は指名手配されているサルス・サルヴァなのです! ゆえにわたくし達特別武装兵はここであの方を滅ぼさなければなりません!」
この場に留まることの危険性を察知できた者が、急いた様子で逃げていく。
それでも逃げない者がいる。令嬢はその者達に、しっしっ、と手を払った。
「……、」
卓台より、鴉は怜悧な目でサルスを見下ろす。
「コルニクス!」
令嬢の声に、鴉はひとつ頷く。
そして、再び斬りかからんとする体勢で開戦の符号を放った。
「Ac/Bo」
胡乱な鴉と、閑雅な令嬢。
彼女ら二人は、獲物を見つけた。




