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お嬢様

「さて、魔導人形の詳細を述べるとしようか。でないとボクは殺されるかもしれないから」


 生命の危機に瀕している者にしては、さして緊張感のない声。殺すわけがない、とロアは信じ切っていた。サルスはボクを殺めることなど不可能だ、という確信があった。

 ロアは一口麦酒を含み、眉をひそめる。

 なぜそうまでして酒を飲むのか。怪訝な顔を浮かべ、サルスもまた同様に麦酒を飲んだ。無味だった。


「まずはヒナノとコルニクスについて話そう。今現在、キミの一番近くにいるキミを狙う特別武装兵だからね」


 街の入り口にいる、二体の特別武装兵。街の中にサルスがいることを知っているうえで待ち構えているのか、それともたんなる通りすがりなのか。


「どっちから話す? 選んでサルス。直感でいいからさ」


 多少逡巡し、サルスは「ヒナノ」と答えた。深い理由は無い。


「そっか。ヒナノみたいなのがタイプなんだね」


 しかしロアは、そこに何らかの深い理由を見出したようだった。


「ヒナノは尻に敷くに留まらず、尻で押し潰すようなタイプだけど、……うん、サルスが良いのなら、それでいいんじゃないかな」

 

 サルスは弁解をしない。必要性を感じない。


「ヒナノ・I・ビーリスの象徴色は黄金。号は【女帝エンプレス】……うん、どんな性格かはなんとなく見当がつくと思う。生粋のお嬢様だよ」


 はあ、とロアは嘆息する。そして疲れ切った声で、


「正直、ボクは彼女が苦手なんだ……どうも、馬が合わないっていうのか、相性が悪いっていうか。結構な頻度で突っ掛かられるし……うん。サルスはどう思う?」


 どう思う、と聞かれても。どう思えばいいのだろうか。


「……」


 しばし無言の時間が流れる。どうにもロアはサルスの慰めを待っているようだった。静かな瞳でサルスを凝視している。そう、凝視である。穴が空く程にロアはサルスを見ている。


「……」 


 無言のサルス。

 無言のロア。


「……………………」


 言葉を求められている。しかしサルスは乗り気ではない。さっさとヒナノの詳細を寄越せと思っている。だが、ロアも中々に意固地である。こればかりは譲れない。しっかりと意見を聞く必要がある。

 ヒナノと自分は、どうなのか。

 サルスはどちらの肩を持つのか。


「……大変だな」


 無難な答え。けれども、ちょっとだけロアの肩を持っているように聞こえる返答。

 

「でしょ!」


 完璧パーフェクトな答えだったらしい。途端にロアは上機嫌になった。 


「ヒナノの使う魔導符号は、Re/アルイ鏡面反射リフレクションだよ。ヒナノの主な戦法は鏡の欠片を空気中に停滞させて、光線を放つ。後はどうなるか分かるよね」

「反射か」

「そう! 一瞬で鏡から鏡へと光線は反射。不規則ではないけれど速すぎる光線の動きに相手は考える間もなく体中を貫かれてお陀仏ってわけ。この符号の恐ろしいのは、光線を反射させて網の目みたいに展開させるからほぼ回避不可能で、範囲も広大なところ。人間相手では正に無双だ」


 光線を鏡で幾度も反射させ、広範を覆う網の目を瞬時に作る。なるほど確かに、人では手も足も出そうにない。だが、


「でもさ、サルス。キミは魔導人形だ。

 ヒナノの光線は結局のところ魔導素子の塊だから、減衰させることができる。キミの魔導素子を空間に漂わせればいい。ヒナノの光線よりも遥かに高濃度の魔導素子ソレをね。ちょっと環境には悪いけど」


 彼女と対峙するサルスは、人ではない。

 

「それに、ヒナノ自身の戦闘能力はお嬢様に毛が生えた程度だよ」


 想像に難い例えである。


「つまり……非力、なのか?」

「うん。だから、ヒナノだけならきっと楽勝だったんだと思う」


 ヒナノ、だけなら。


「でも、もう一体いる。ヒナノも自分の弱点を理解しているのか、常に二人組で行動してるんだ」


 二体いるのである。この街の中には。

 

「コルニクス・ノクス。それが、もう一体の名前。号は、【血濡れ鴉キラー】。

 そしてそっちの方が、ちょっとだけ手強い。コルニクス単体でも中々に強いのに、ほぼ確実にヒナノがちょっかいを出してくるから、もっと性質が悪いことになってる」


 コルニクスなる、暗殺者キラー

 厄介なのは、どうもそちらの方らしい。



 なにゆえサルスは分からない。

 なにゆえサルスは気付かない。


 クダ様は、サルスとロアの会話を黙して聞いていた。

 一抹の恐怖が、心の底にポトリと落ちるのを感じながら。


 おぞましい、と思った。

 サルスがヒナノを選択した時の、ロアの雰囲気が。

 サルスがロアの「どう思う?」という質問に沈黙しているときの、ロアの目が。


 この不快感、この不愉快は、似ていた。

 あの服屋の店員と接していた間に感じたものと、似ていた。


 黙り込むしかないのだ、クダ様は。

 そう、彼女達が強要している。

 《/黙れよ》と、彼女達は言っている。

 言葉に出さずとも、表情に出さずとも。

 サルスがその圧迫を知覚できずとも。


 確かに彼女達は、クダ様に対して牙をむいている。

 静かに密やかに、クダ様の喉元に刃を添えている。


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