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学者

 

 再び往来に出た時、サルスは服屋での出来事など既に記憶の片隅へと仕舞い込んでいた。

 

 真上に太陽が輝いている。時刻は正午であった。

 大通りを流れる風が砂埃を巻き上げていく。外套をハタハタとなびかせながら、サルスは街の入り口に向かい歩みを進め始めた。服を手に入れたならば、もはやこの街に用はない。


 ◇


 機は熟したとばかりに、その学者は表舞台へと一歩を踏み出す。機会を窺っていたのだ。サルスに声をかけるチャンスを、彼と話せる絶好のタイミングを。


 ◇


「そこのキミ、ちょっといいかな」


 声が掛けられる。が、サルスは意に介さず止まろうとしない。振り向くことすらせず、人群れの中へ姿を消した。


「ああ! キミ、そこのキミ! ちょっと待ってくれ!」


 人混みを掻き分け、学者はサルスの下へ急ぐ。途中途中で見知らぬ紳士に肩をぶつけ、素性の知れない若者の足を踏んでしまう。その度に「すみません」と一言謝りながら、学者はサルスの後を追いかけた。

 

 やっとのことで学者は追い付き、サルスの腕を掴もうと手を伸ばす。伸ばしたその手は、やけに細く硬質な何かを掴んだ。棒状の、管。


「糧よ。汚い手でワガハイを触っている者がおる。殺せ」


 ピタリと立ち止り、サルスは振り返る。底冷えするような暗い目でクダ様を握り締める学者を見た。


「ま、待ってくれ! ボクはキミの敵じゃない!」


 恐怖を露わに、学者はクダ様から手を放す。その怯えようが衆目を集めてしまい、学者は頬を紅潮させる。視線を集めてしまったから恥ずかしくなったのだ。


「え、い、いえ、違うんです。今のは、その、ご迷惑をお掛けしました……」


 観衆に向かい、学者は詫びる。観衆は何も言わず再び各々の動きに戻った。


「何の用だ?」


 渋面じゅうめんを浮かべ、サルスは言う。


「ボクと少し話さないか」


 と、学者。


「用件を言え」


 冷たくサルスは言い放つ。返答次第では会話を切り上げるつもりだった。


「万象のサルスと話がしたい――これで、分かるよね?」


 サルス・サルヴァの称号と名前と姿を一致させられる者。即ち、ある程度魔導人形に関わりがあり、なおかつ皇国の内部事情を知る者である。


「まあ、まずはなにか飲もう。サルスは、飲める魔導人形?」

「記憶にない」


 酒を飲もうとその学者は言っている。付き合うつもりはないため、サルスは街の外へと――「あ、ちょっとっ、サルス!? 出せるよ、ボク色んな情報出せるよ! だから待って! ちょっと待ってってばサルス!」

 

 学者が背後で叫んでいるが、知ったことではなかった。


「良いのか?」


 クダ様はなんとなくあの学者が可哀そうに思えた。そのために聞いたのだが、当のサルスは「時間の無駄だ」と冷たい応え。


 ガシッ、と。

 突然、外套を後ろから来た学者(何者か)に掴まれた。


「はあ、はあ……! 待とうよサルス、まずは待とう。そこは待つところだと思うよ。ボクはそう思うんだけど。きっとキミもそう思ってくれるはずさ。でしょ?」


 うざいのう、とクダ様。先程の同情は砕け散っていた。


「……」


 無言で、サルスは学者を見る。

 白っぽい黄緑の淡い長髪を、ちょこんと後ろに結っている。顔立ちが誰かと似ているように思ったが、誰に似ているのかが上手く思い出せない。上着の下に胸当てを着込んでいるようだが、それでも線が細い。身体も小さく、風吹けば倒れてしまいそうなほどに華奢だった。


「そんな舐め回すような視線で見られると、ボクとしても、その、ちょっと……」


 自分の身体を抱きしめ、学者は一歩サルスから距離を取る。警戒の色が窺えた。


「すまない。それじゃあ」


 言って、サルスは学者に背を向け歩み始めた。その背中へ、学者は語る。


「今は街を出ない方がいいよ。“特別武装兵”が二人、門のところで話している。いくら〈古い方々〉であるキミでも、後期魔導人形二体はきついものがあると思うけど。どうかな?」

「……」

「それよりボクと話そうよ。大丈夫大丈夫、ボクは皇国の手の者じゃないからさ」


 信じるべきか。学者の言葉に悪意は見えない。考えるサルスへ、クダ様が言う。


「糧、あの者と話す方が良いだろう。今は日中、もし他の魔導人形と交戦を開始してしまったら、瞬く間に情報が伝わり次へ次へとやってくることになろう」

「……話を聞く」


 学者はにこやかな表情でサルスを酒場へと連れて行った。


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