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服屋にて

 

 クレマティから借りた金貨を手に、サルスは大通りを歩む。

 雑踏にまぎれる魔導人形サルスに、誰ひとりとして注意を向けない。皆、各々の目的のために歩んでいるようだった。

 皇国の大半の者が、サルスの名こそ知るがその姿を知らない。いわば最終兵器としてその存在を隠され続けたために、“サルス・サルヴァ”と呼ばれる魔導人形が“エクエスト・キニスミセリ”なるスェグナの守護者を倒した、という事実を知るだけなのである。

 その後も皇国はサルスの存在を隠匿し、およそ半年が経過した頃に暗赤の魔導人形は失踪してしまい今に至る次第である。


 服飾屋はすぐに見つかった。

 《服屋・空音そらねの鐘》という立て看板。看板のスペース部分には、鐘の下で微笑む人間のイラストが描かれていた。うっとりと三日月のように目を細め、空中に浮かぶ鐘の音色に聞き入っている人間達の姿が。

 店先には大量の衣服が掛けられており、実に分かりやすい形式の服屋となっている。開放感あふれる入口からは店内が臨めた。存外、建物はこぢんまりとしている。


「せっかくだから良いものを買うといい。ワガハイ達の路銀など服代ぐらいでいいのだからな」


 と、クダ様。サルスの傍を通っていた婦人が怪訝そうに眺めてきた。どう見ても男なのに男らしからぬ声を発したように誤解し、驚いたのだ。

 

 「いらっしゃいませ」という快活な声がサルスを出迎えた。髪をちょこんと後ろに束ねた女性が店の奥にひっそりと佇んでいた。先程の声は彼女が発したものらしい。


 ものの数秒で買い物は終わる。

 適当な服を手に取り試着もせずにカウンターへ、そして会計盆に金貨を一枚。まだ若いと思われる店員は、営業用のスマイルを絶やさず紙袋の中へと服を入れる。

 選んだ服は、やはり質素なものだった。しめて銀貨二枚なり。


「ここで装備していきますか?」


 突然の問い掛けだった。サルスが背後を振り向くと、別の店員がにこやかな笑みを携えて立っている。胸元の名札には、〈ナナ・ドウガネ〉という名。茶色い長髪を後ろに束ねており、背丈はサルスの肩ほどもない。比べるならば、アリスの背が一番近いだろうか。歳も同じ程に見える。

 にへらと一笑いすると、ナナは言う。


「だってお兄さん、いかにも旅人って感じの服装ですから。こう聞くべきかなって」


 まるで古い知己にあったかのような馴れ馴れしさ。人懐こい少女、というのが彼女に対して抱かれる一般的な感想だろう。そしてサルスもまた同様、その少女にある種の犬っぽさを感じていた。


「どこから来られたんですか?」

「東から」

「というと、FE?」


 遠いですねえ、とナナは驚いた表情を浮かべる。


「私も一度は行ってみたいなあって思ってるんですよね。見たいものがあるんです――分かります? 私の見たいもの」


 分からない、とサルスは首を振った。彼としてはもうこの場にい続ける意味を見いだせず、早くこの店を出たい気分だった。

 しかし、ナナは話し続ける。生来の話好きのようである。


「私、礼賛堂に行きたいんですよ。遥か昔のFEの一番偉い人が建てさせた大きな建物なんですけど、知ってます?」

「いや」

 

 聞いたことがなかった。さして興味も湧かない。


「私のお姉ちゃん達の内の何人かが行ったことあるらしいんですけど、というか私も行ける予定だったんですけど予定をぶっこまれちゃったんですよ! FE内って意外と閉鎖的なところがありますから、秘匿された技術の粋みたいなものが礼賛堂内で展示されてるかもって思って楽しみで楽しみで夜も朝もそればっかり考えてたのに博士のアンチキショウがいきなり予定なんか入れてくれてホントにホントにもうまったく私はあの眼鏡に何度ヒビを入れたくなったのか数えるのも馬鹿馬鹿しいぐらいに――」


 怒涛の勢いで鬱憤を吐露するナナを、サルスは無感情に眺め見た。よっぽどイライラが溜まっているものらしい。身振り手振りを交えながらいかに自らが不憫な目に合ったのかを語り続けている。

 

 ひとしきり喋った後、彼女は「はあ」とため息をひとつ。

 

「うー……」


 唸る。


「……すみません。ついつい、長話を」


 そう、ナナは申し訳なさそうに謝る。一人で空回りしたことを恥じているようだった。


「その、これからどこへ向かわれるのですか」


 言って、ナナはサルスの目をじっと見る。まだ彼女は会話を続けるつもりらしい。


「スェグナだ。それじゃあ」


 強引に会話を断ち切り、サルスは店外へ足を向けた。「あっ」というナナの驚いた声。しかしすぐに持ち直し、彼女は、


「そ、それじゃあっ、《よい旅を》」


 と、言葉を授けた。

 

 店を出たサルスに、


「……糧よ」


 と神妙な声でクダ様。


「今、なにか不愉快な感覚が起こらなかったか?」

「……? なんのことだ」


 しかしサルスはその問いの理由が分からなかった。なにも異常は起きていないと彼は思っていた。


「そうか……ならばワガハイの気のせい、なのか……」


 言い、クダ様は再び押し黙る。サルスが服屋にいた時と同様に黙ったのである。服屋にいる間中、クダ様はまるで話せる気分になれなかった。

 

 ◇


 質問をする間もなく、《彼》は去って行った。

 

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