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一時の休戦

「貴様がなぜここにいる」


 すかさずクダ様が問う。その姿は見えない。サルスの外套に隠れてしまっているからだ。そのため眼前の男は虚空より声が聞こえるという事態になった。


「ああ? 万象、お前以外に誰かいんのか? 小生意気な声が聞こえたが」


 周囲を見やり、その男は言う。が、どこを見ても声の主がいないために首を傾げている。


「クダ様だ」

「誰の名だ、なんかの神様か」


 首を傾げるその男に向け、サルスは外套の下に隠す鉄パイプ――クダ様の先端を見せた。


「ワガハイがクダ様である」

「ほー、喋んのなそれ。どっから声出してんの?」


 さして驚いた様子もなく、男は尋ねる。


「空洞を巧みに振動させておるのじゃ」

「……へえ」


 男は信じていない様子だった。嘘をついているのだから、無理もない話である。クダ様が喋ることが出来る背景にはサルスの魔導符号が関係している、というのが真実である。眼前の男にそれを教える必要はない、とサルスは黙っていた。

 

 一瞬の間が過ぎた後、話題は移り変わる。


「貴様の名を述べよ」


 クダ様の憮然とした言葉に、特に気を悪くした様子もなくクレマティは答えた。


「いいぜ。教えてやるよ――名は、クレマティ・マエスティーティだ。しかと憶えておけ」


 それが、先夜の狙撃手であり、眼前の魔導人形の名。

 サルスが律義に名乗り返そうとすると、クレマティはそれを手で遮った。


「サルス・サルヴァ、だろ。知ってる知ってる。特武の中じゃ有名人だし。もちろん悪い意味でな。特にエルレアさんの拒否反応がすげえんだこれが。エルレアさんの前でお前の名前を出すとぷりぷり怒るんだぜ」


 エルレアとやらにとって、サルスの名はNGワードであるらしい。なにをどうしてそこまで怨まれる羽目になったのやら。身に覚えがない。


「まったく笑えるよな、あの人が一番サルスさんサルスさん言ってるってのに。他の誰かが口にすると途端に不機嫌な顔をするんだぜ。まるで私以外がその名を口にするなって具合によ」


 とんだ独占欲だ、とクレマティは鼻で笑った。

 けれどもすぐに、「おっとアブねえ」と自らの口を空いている手で覆う。口が過ぎたという自制のようだった。肩をすくめ、彼は続ける。

 

「もし聞かれてたりなんかしたらお説教喰らっちまう。このことはエルレアさんには内緒で頼むよ。まあ会ったときつってもよ、お前とエルレアさんは早々に殺し合いをおっぱじめちまうだろうけど」


 物騒だ、とサルスは思う。自らのことなのにまるで他人事のようだった。


 ハハ、と笑うクレマティ。すると、「ごほん!」というクダ様の咳ばらいが響いた。その話題はもうよい、という合図だ。


「貴様、食欲があるのか? 魔導人形は食事など必要としない筈じゃが」

「答える義理はねえなあ」


 質問を払いのけられてしまった。

 食べられないことはないため、自分で食べることも十分にあり得る。魔導人形には食欲がないというだけで、食を嗜好とするのはなんらおかしなことではない。それとも誰かのための食物なのか。

 答える気がないのならこれ以上の詮索は無用だろう。全てが憶測である。


「それは貴様の金で買ったものか?」

「当然だろ。俺じゃ無けりゃあ、いったい誰の金で買うんだ」


 その返答を聞き、クダ様は今現在の課題を解決する方法を閃く。念のためもう一個だけ尋ねた。


「特別武装兵とやらは儲かっておるのか?」

「たっぷり貰ってるぜ。当分、金に不足しない程にな」


 そう言い、クレマティは軍服のポケットに手を突っ込み、ジャラリと金貨をチラリズムさせる。実に憎たらしい動作だった。


 ――こやつ、とんでもなく金持ちじゃ。


 クダ様は決めた。

 この男にたかろう、と。


「よこせ」

「はあ?」

「その金を少しばかりよこせと言っておる」


 眉をひそめ、彼は嘲笑わらう。


「はっ。そりゃねえよ棒切れ。いくらなんでも誠意がなさすぎる」


 と、クレマティは大げさに肩をすくめる。


「こういうのは頼み方ってもんがある。だろう?」


 その時確かにサルスは「ちっ」というクダ様の舌打ちを聞いた。

 正確には舌打ちのような音だ。そうサルスは心の中で訂正したが、この訂正はとてつもなくどうでもいいことだとすぐに悟る。


「よこすのじゃ」

「のじゃ、はいらねえよ」

「……その金貨をください」


 棒読みだった。


「ちっとばかり腹立つが、まあいい――ほらよ」


 ピン、と。クレマティは指で金貨を一枚弾き、サルスへ飛ばす。

 受け取り、「助かる」とサルスはとりあえずの礼を述べた。


「金で返そうだなんて考えてくれるなよ。返礼には、お前の魔石を所望する」


 言って、まるで冗談を言った後のようにクレマティは笑った。続けて彼は言う。


「いいか、万象。自らの核が惜しければ、皇都とその近辺には近寄らない方がいいぜ。特武の奴らがこれから一層能動的にお前を殺しにくるぞ。なんせ、お前は皇都を直接に攻撃したんだからなあ」

「いくら来ようとも、全て打ち倒してくれるわ。どうせ糧より強い魔導人形などおらんのだろ、知っておるぞ」


 そう威勢よく答えるのはクダ様である。サルスは黙って彼らの会話を聞いているだけだった。

 

「言うねえ……実際、大言を吐いているだけでもないようだが。ラピスには勝ったようだしな。まあ、俺とは引き分けだったが」

「いや、ワガハイ達が勝ったじゃろ」

「引き分けだ」

「んー? おかしいのう、貴様は明らかに逃亡したはずじゃが? そのはずじゃが?」

「いいや、引き分けだ。勝敗ってのは生き死にで決まるんだよ。生きていれば勝ちで、死んだら負け。それを踏まえた上で、だ。ほら、今現在俺は死んでねえ。こうしてピンピンしている」


 だから引き分け、とクレマティ。昨日の夜に勝ちを譲ったことなどとうに忘れている。仮に憶えていたとしても引き分けだと言い張るだろう。


「ワガハイ達のるーるでは、逃亡即ち負けなのじゃが?」

「俺のルールじゃ、敗北即ち死だ」

「貴様のるーるなんぞ知ったこっちゃないのじゃが?」


「じゃがじゃがうるせえな……」とクレマティは小さくぼやく。そして、


「――――ッッッ!?」


 突然、何かに気付いて瞠目どうもくした。


「なんじゃ!?」


 叫ぶクダ様。サルスもその表情の急激な変化に身がまえた。

 クレマティはおもむろに肩を落とし、


「…………あー、そういやジャガイモ買ってねえ」


 と、さも悔しそうに言った。じゃがいもがなければ献立通りに調理ができない。彼の矜持に関わる大事である。カレーなのにジャガイモがないとは何事か、とイラに文句を言われること請け合いだろう。


「至極どうでもいいわ」


 ぺっ、と吐き捨てるようにクダ様は言う。サルスもまた緊張を解除する。まんまと騙されて(?)しまったという多少の敗北感があった。


「他愛もない会話は終いだ。お前らなんかよりもジャガイモの方がずっと大事だしよ」


 そう、クレマティは腕を微かに動かす。腕に抱える紙袋を持ち直したのである。そして彼は帽子をわずかに持ち上げ、その朽葉の瞳でサルスを見た。


「またいずれ会うことになるだろう。

 その時は、どうぞよろしくお願い申し上げる」


 と射抜くような瞳を浮かべ、口の端を愉しげに歪める。

 

 毅然と、彼は踵を返した。


 冷然とした眼光だった。一切の笑みが絶たれた炯眼けいがんであった。

 殺す、と彼は暗に言ったのである。次会った時は必ずお前を討つ、と。


「最後に聞いてもよいか」


 すたすたと立ち去ろうとするクレマティをクダ様が呼び止める。


「質問次第だなあ」


 そう言う彼は、彼方を向いたままである。


「貴様のその服、極東の――FEの者達が着る軍服に色こそ違うがわずかに似ている。どこで、手に入れたのじゃ?」


 言われて初めて、サルスはクレマティの服がFE連合国の軍人が着る制服に似ていると気付いた。

 似ている、とは言ってもはっきりと共通点があるわけではない。雰囲気が似通っていたのだ。FE連合国――自らを厳格に律するその国の者達は、その軍服もまた己を規則でがんじがらめにするが如くに身を締める意匠だった。クレマティの身を縛る軍服と、確かに類似するところがある。


「……最初からだ。動き始めた時には、もうすでにこの服だった」


 動き始めた時とは、人で言うと物心がついたときである。思考し始めた瞬間から魔導人形はこの世に生を得る。幼少などはなく、いきなりモノを考え出す。各々で異なる思考を繰り広げ始めるのである。

 

「既に何代目になるのかは分からんが、俺はずっとこのデザインの服を作ってもらっている。特注なんだぜ」


 街路を吹きゆく風が、サルスの外套をなびかせ片時の露出狂と化させる。 一方でクレマティの軍服は微動だにしない。なびく余地などない程に、その服は身を縛っていた。

 彼の軟派な口調とは裏腹に、その身を包む軍服は厳として堅苦しい。


「なぜ、そこまでこだわる」


 同様の問いを、サルスもまた抱いた。して、なにがそれほどまでにお前を縛っているのか、とも。


「さあなぁ……この服じゃねえと調子が狂うんだよ。ワケは、分からねえが」


 彼は本当に分かっていないようだった。依然歩み去らんとする方向を見据えたまま、枯木は細枝のような指で頬をかく。

 そして振り返らぬままに一歩を踏み出し、彼は言う。


「じゃあな――てめえら、殺されるなら俺に殺されろよ。手厚く葬ってやるからよ」


 そうして、【魔行使者】クレマティ・マエスティーティは安売りのじゃがいもを買いに戻った。


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