ビルからの俯瞰と戦闘の始まり
灰色の空を仰ぎはしたが、男は何の感傷も湧かなかった。
廃れた旧時代の建物の屋上で、男はひとり、荒廃の風をその身に受けている。
眼前に広がるのは、よもやこれまで、と観念しきったかのような地上。
大規模な戦争が、全ての光景を過去の遺物に変えてしまった世界。
「相変わらず、きったない空じゃ」
その言葉を発したのは、男が手に持っている鉄の管だった。
それは、一メートルと五十ほどの鉄パイプ。先端がL字に折れ曲がり、所々が錆びている。
「のう、糧よ。貴様もそうは思わんか?」
男は首を横に振る。
「なんじゃ、思わんのか……」
すたすたと男は屋上の端へと歩く。
鉄で作られた柵を乗り越え、地上十階はあろうかという建物から地上を俯瞰した。
「もう一度、作戦をおさらいしようと思う」
そう、鉄パイプは言う。応えるように、男は無言で頷いた。
「ろぅどに向かって砲撃した後、突撃――以上!」
極めてシンプルな作戦だ、と男は思う。それ以外に思いようがない。
「分かった」
短く返答し、男は眼下にいる標的の姿を見定める。
その者は、銀の鎧を着用し、頭にはフルフェイスの兜をかぶっている。身の丈はあろうかという大剣を背中にかけ、白馬にまたがっている。
その銀甲冑の周りには、白騎士が四人、囲むように同行していた。
銀甲冑と白騎士たちは、寂れた街路を何処かへと向かっているようだった。
向かうは恐らく、皇都。男はそう判断する。
「立派な鎧を着ておるのう。キラキラしておるのう」
嘆息するように、鉄パイプはしんみりと言った。
まるで白馬に乗った王子様みたいだな、と男は思う。
お伽噺の中に住む、悪者と対峙する王子。正義は、向こう側にある。
「また、莫迦でかい剣を背負っておる。どうやって抜くんじゃろうな、アレ」
鉄パイプは言う。お付きの者に抜かせるのだろう、と男は考えたが、何も言わなかった。それは憶測にすぎないと考えたために。
それに、あの銀甲冑が大剣を抜く姿は、これから見られる。
「クダ様。【銀糸卿】は、強いのか」
「さあの。弱くないことは確かじゃろ」
「魔導人形なんだろう」
「うむ。後期に造られたタイプの魔導人形じゃの」
一人と一本がそのような会話をしている間も、ロードとその一行は止まることなく進み続けている。
「奴ら、愚かにもワガハイ達の姿に気付いておらぬようだぞ。こりゃ、楽勝じゃの!」
鉄パイプは、してやったりという風にはしゃいだ。
対して、男は依然として寡黙を貫いたままだった。冷然と、これから殺す相手を見下ろしていた。
「ではでは参るとしようぞ! 糧! 砲を現象させよ!」
「ああ」
右手で強く鉄パイプを握り締め、糧と呼ばれた男は左手を標的に定める。
そして、薄く、氷のような笑顔を浮かべ、呟いた。
「Ph/Ca」
彼の左腕に罅が入り、亀裂が走る。
パックリと開いた裂け目から、赤黒く、モヤのようにおぼろげな血霧が立ち上る。
それが男の左手の平の先に収束し、暗赤色の球を形作った。
「どかぁんとやってしまえい! どうせ奴らは滅びる運命にあるのじゃからのう!」
鉄パイプはひどく気分が昂っているようだった。
球体が男の手を離れる。そして、標的であるロードをめがけ、加速する。
「――――ッ!?」
ロード達もその球体に気付いたようだった。
「散れ! あれは爆発するぞ!」
凛とした叫びが聞こえる。
同時に、四人の白騎士が迫る球体から一斉に距離をとった。
素早い動きだな、と男は感嘆する。
鎧を着込んでいて、あの素早い挙動を行うなど――手強そうな相手だ。
その中で、ロードだけは一切逃げようとしていない。
馬をかばっているのか、と男は考えた。だとしたら、心優しい人間のような振舞いだ。もしそうならば殺すに忍びなく思うが、これは憶測にすぎず、殺さない理由にはならない。
「それでは行くとしようか糧よ! 戦じゃあ!」
鉄パイプのテンションはマックスだった。
楽しそうだな、と男は微笑ましく思う。
「糧! はよう爆発させんか! ろぅどが逃げて――てか何故ろぅどは回避しようとせんのじゃ! 割りと時間はあったと思うに! なにか考えが――まあいい。糧! やってしまえ!」
爆ぜろ、と男は念じた。
暗赤色の球体はそれに呼応するように瞬時に膨張し、光を放つ。
爆発音が、戦闘の開始を告げる。
男は、銀甲冑の騎士――ロードめがけて飛び降りた。