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彼我の思考

 アリスとヨマは去った。なんでも皇都の西門から戻るらしい。この廃墟群から一番近い門がそこだから、とのことだった。

 もう午後の八時を過ぎかけていたらしく、ずいぶんと足早に彼女達は去って行った。


「さて、行くか」


 行動の時がやって来た。

 これから足を向けるは〈終の戦跡〉、皇都から南西方向にあるスェグナとの国境である。


「そのランプ、消しておいてくれぬか。つけっぱなしではあの小娘がうるさかろうから」


 クダ様の言葉にサルスは頷き、ランプの灯りを消す。とたん、家の中は暗闇に包まれる。窓から差し込む微かな月光のみが視野を照らす。

 部屋を出て廊下を歩き、玄関ドアを開ける。雨に冷やされた外気が頬を撫でる。

 生の気配というものがこの辺りにはまるでない。周辺に広がる住宅街は全てがもぬけの殻となり幾月幾年もの歳月が経っている。


 南を向けば廃れたビルのオブジェクトがいくつも見えた。夜の底に落され、全てが影と化している。


「うむ。まずはどこか見晴らしの良い場所を探すとするか。糧、夜目は効くじゃろ?」

「ああ」

「ビルでもいいからどこかに登って、スェグナの防壁までのだいたいの見当をつける。あとはそこへただひたすらに直進といくのじゃ。やみくもに歩くよりはマシじゃろうから」


 サルスは廃ビルに向かい、暗い道路を歩み始めた。


 近づけば近づくほど、ビルの影達は天に伸びる。

 その中でもひときわ大きな影を見定め、そこに向かうことにした。

 ところどころが隆起している道路を歩み、目的のビルの側面付近から大通りへと出る。

 ビルの正面玄関から入ることにしたのだ。

 天高くそびえるその廃ビルは、他と同様全ての窓ガラスが割れており、ずいぶんと風通しの良い職場となっている。建物自体の規模も大きく、以前は盛んに人が出入りする場所だったことが見受けられた。だが、ここで働く人間はもはや一人もおらず、この街が街としての機能を失ってから久しい。以前のような姿に戻る時はこないだろう。

 このビルが立ち並ぶ通りも先程の閑静すぎる住宅街も、このまま粛々と時間の流れの中に消えて行く。さながら死人が土へと還るように、いずれ全てが跡形も無くなる。


 廃ビルの正面玄関を抜けた先は広いフロアとなっていた。なにひとつとして意味のあるものはない。腰掛けるための椅子も、かつては観葉植物が植わっていたであろう鉢も、受付にある諸々の機具も、その全てが無価値だった。

 受付スペースの壁に埋め込まれた企業名とそのロゴも、廃れ汚れて寂しげな様相を呈している。

 企業名の一部に『KIRIHIME』という文字列があった。創業者の名を取ったのだろうか。誰であるのかは見当もつかないが、きっと生きてはいないだろう。そこで彼の思索は途切れる。

 

 一階フロアから階上へ行くための階段を見つけ、サルスは上り始める。エレベーターもあったが、電力が供給されていないために動くことを止めていた。

 

 ひたすらに上り続け実に二十階を越えたかという頃、ようやく屋上に辿り着いた。

 中央まで歩いたところ、足下にHという文字がでかでかと描かれていることに気付く。しかしその意味は解せない。


 月が、よりサルス達に近づく。満月だった。西の空にぺたりと張り付き、ぼうと光っている。

 月の下には皇都が見えた。と言っても、見えているのは城壁だけである。その内部は窺い知れない。ただ、巨大な門と、それよりももっと巨大な壁が見えるのみである。

 サルスは、その城壁と天との境目をじっと見ていた。

 目が、合った。



 目が合った。

 場所は皇都をぐるりと囲む城壁の上、西門と呼ばれるゲートの真上である。

 数キロメートル離れたところにある廃ビルと廃屋の群れを、その男はなんとはなしに眺めていたところだった。

 夜半に皇都外をうろつく怪しい影がいないかどうかを男は見ていたのだ。うろつく人間はたくさんいたが、別段警戒するまでもない者達ばかりである。

 彼は暇を持て余していた。早く帰りたかった。小屋にひとり残して来た少女が気がかりだったのである。

 食事はきちんと取っているだろうか。戻してはいないだろうか。倒れたりなどは――

 不安は不安を呼び、男はなお一層帰りたくなった。けれども、城壁からの見張りは上からの命令であるため、蔑ろにはできない。給金のため、ひいてはイラのため。そう男は踏ん切りをつけ、日が昇るまで我慢することにした。


 椅子に腰かけ、気を紛らわすように遠くを眺める。狙撃筒を片手に、雨に冷やされた夜風を身に受ける。

 人間の兵士たちは城壁上の別の方角を巡回している。西側は自分一人で良い、と彼が言ったためだ。実際、彼一体で西側城壁の警備は事足りている。

 

 何気なしに、彼は廃ビル群上に目を滑らせた。塗り潰されたかのように全てが真っ黒である。

 その中でもひときわ高いビルがある。空に突き刺さるかのように、そのビルは真っ直ぐ上に伸びている。

 ビルが天と交わる部分に視線を移したときのことだった。

 誰かが立っていた。直立し、こちらを眺めていた。

 彼は目を凝らし、その人影を鮮明な像として把握する。


 ――ああ、こいつが例の奴か。


 エルレアが自分達に直々に排除命令を出した相手――サルス・サルヴァその人である、と彼は判断した。

 排除の指令が出されたのはつい数時間前、ラピスが皮となって戻ってきたすぐ後のことである。魔石は無事だが、ラピス自身は見事に首を断ち切られていた。中身は抜け切り、物申さぬ人の皮と成り果てていた。博士が言うには、復元はしばらくかかるとのこと。

 ラピスのお付きの証言から、サルスがやったことが分かった。その後すぐさまエルレアは、見つけ次第直ちに排除を行え、との命令を授けた。

 皇下特別武装兵なる――我ら魔導人形達に。


 ――ならば。


 彼は狙撃筒をその人影に向け、符号を放つ。


WiウイBuビーウ


 右眼に埋め込まれた魔石の紋様に朽葉のごとき光が走る。彼の核は右眼にあった。

 満月を背後に、男は狙撃筒をサルスに照準する。

 それは彼のために製造された射出装置だった。彼自身の魔導素子を充填し、標的に向かい発砲する専用武装。かつての戦争にて多くを殺した魔導仕掛けの狙撃筒。

 筒内では凝縮した魔導素子が射出命令を待っている。彼の意思ひとつで、その銃弾は彼我の距離を瞬時にまたいで遠くビルの屋上に佇むサルスを討つ。

 数キロメートルの距離があろうとも、彼ならば容易く狙い通りの場所を撃ち抜ける。


 果たして奴は、避けるか、否か。

 銃口を向け、引き金に指をかける。


「避けねば、身が朽ちるぞ」


 ひとつ呟き、男――クレマティ・マエスティーティは魔弾を撃ち放った。

 


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