強欲
雨が上がる頃には日が落ち始めていた。薄暗闇が空の果てより迫り来て、辺りに夜の帳を下ろし始めている。じきに夜が来る。
家の中は一層の薄暗さを増し、すぐ傍にいる者の顔が判別付かなくなりかけていた。
もともとこの家にはライフラインなるものはなにひとつとして通っていない。そもそもこの一帯が長いこと捨て置かれている街であるから、人が住むための環境など遠い昔に朽ち果ててしまった。
カチリ、という音と共に、ひとつの光源がテーブルの上に発生する。どうやらアリスがつけたらしく、その手がランプの下にのびていた。
「なるほどな。有り余る程にある、魔石にもなれぬクズ石達を上手く利用してくれるわ、皇国の者達は……」
感心したようにクダ様は言った。ふん、とアリスは得意げに鼻を鳴らす。どうやら勝ったらしい。
それは魔導仕掛けのランプだった。高透過であるらしいガラスの中に小さな石が二つ収まり、チラチラと薄い緑色の光を発している。よく見るとランプの中には薄緑のモヤが充満している。かぎりなく濃度の低い魔導素子を、その小さな石は発している。
「その光の元は魔導素子であろう。どうやってそこまでの光を発させておる?」
「このガラスの中で、とてつもなく小規模の爆発が起こり続けているの。点滅していることを知覚させない程の間隔でね」
「ほう。さっぱり分からぬぞ」
「魔導素子も根本では種類が違ってくるみたいなの。だから違う種類の石を使って魔導素子を生成させると干渉が起こってポンポンと爆発が起き始めるらしくて。でもそれにも干渉が起こる種類の組み合わせがあるみたいでね」
どんどん続けようとするアリスの言葉を「も、もうよい」とクダ様が遮った。もう、と彼女は不満そうに口をとがらせる。
「それにの、そのガラスが割れてしまったら危険なのではないのか?」
「きちんとした魔石の類とかと違って、濃度が薄すぎるから空気中に溶けて消えてしまうんだって。極めて安全性は高い、という皇都の魔導研究所の保証付きよ」
「よく、そのような言葉を信用できるな」
「由緒ある研究所だもの」とアリスは事もなげに言った。よほどその研究機関は皇都内の人間から信頼されているらしい。
「しきい値さえ越えてしまわなければ、魔導素子は人に害をなさないというのがこの頃の見解なのよ。しきい値と言っても個人差があるし、灰の雨とか、核に成り得るような魔石、それに魔導人形が意図的に発する魔導素子はアウトだけどね。とてもじゃないけど、人の抵抗力なんかじゃそれらの濃度は浄化しきれないらしいわ。それで最近唱えられ始めた説がね、魔導人形は魔導素子が全く効かないのではなく極めて魔導素子に対する抵抗が強いだけなんじゃないのか、というものなの」
「……ずいぶん、興味があるのだな」
「うん。ちょっといろいろと、ね」
ちらりとサルスを盗み見て、アリスは微苦笑のような表情を浮かべた。
「恋する乙女は往々にして知り尽くしたがるものなのですよ。言ってしまえば強欲なのですアリスお嬢様は」
「ヨマ……」というアリスの声色から察し、「もちろんいい意味で」とヨマは自らのフォローを抜け目なく行う。
「そのうちアンタを解剖してやるわ」
抜け目なくなかった。フォローは功を奏さなかったようだ。
「ご勘弁を。私のような者を解剖したとしても、魔導人形の神秘の一端にすら辿りつけませんよ」
それだけを言い、それ以上要らないことを言わぬようヨマは口を閉ざした。
それから少しの間、クダ様とアリスはふとすれば言葉の暴力を互いに繰り広げかねない程の仲睦ましさで会話していた。その一部を抜き出すと、
「なんでサルヴァを糧って呼ぶの?」
「糧だからじゃ」
という堂々巡りの問答や、
「どうして貴様こそ糧のことをサルヴァと呼ぶ? サルスではないのか?」
「サルヴァだからよ」
という出口の見えない問答を繰り返していた。何の実りにもなりはしなかった。
ヨマは少し離れたところに影のようにぼうと佇んでいる。なにか考えていそうで、実際はなにも考えてないように思わせる笑顔だった。鎌を片手にひっそりと立つその姿には、魂刈りを行う死神めいたところがある。もしくは舞台袖に控える黒子か。
外はすっかり闇に包まれ、いよいよもって夜となった。
「すっかり長居をしてしまいましたね」
ヨマは椅子から立ち上がり、アリスに対して手を差し伸べる。帰りましょう、ということだった。
「うー……」
その手に対し、アリスは露骨にイヤそうな顔で応じる。
「うーではありません。これ以上遅くなれば、いくら私が護衛としてついていようとも、お父様やお母様が口うるさくなにかしらのお小言を言うことになりますよ」
「分かったわよ……」
しぶしぶ承諾し、アリスとヨマは帰ることとなった。
「このランプは自由に使ってね。他にも、この家にある備品は好きなように使って構わないから」
「そうするよ」
そう答えるサルスの声は柔和だった。
「じゃあ」とアリスは言い、「またね」と不安そうに彼女は言い足す。
サルスが何も言わずにまたどこかへ行ってしまう可能性は決してゼロではなく、ましてや高いとすら言えるのだ。どこそこへ行くなど自分に言う義理などありはしないのだけれど、欲を言えば彼の意思が知りたかった。せめて、どのような行動を起こすのかというその思考の断片だけでも欲しかった。
薄緑のランプに照らされ、彼は答える。
「ああ、また」
その返答は彼女が最も望んだものであり、彼女を心から安堵させる言葉だった。




