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灰の呪い

「私が言を代わりましょうか」


 ヨマは言う。遠い光景を思い出して泣きかけている主への、彼女なりの心遣いだった。


「うん……お願い」


「では」とヨマがアリスの言葉を続ける。


「スェグナ、という小さな国はご存知ですか? 今は皇国の占領下にあるのですが」

「名前だけなら。何処かで聞いたような気もする」


 どこで聞いたのかは思い出せない。おおかた旅の道中で誰かが口にしたのを聞いただけなのだろう。それきり、サルスは記憶の追及を止める。


「エクエスト様は――おっと、敵対していた者に様をつけてしまっては、反逆者と見なされるかもしれません」

「構わない」


 話を続けてくれ、とサルスは暗に言う。

 ヨマは「分かりました」と頷き、続ける。


「エクエスト様は、そのスェグナという国を守護していたのです。〈スェグナの防壁〉という、皇国とスェグナとの国境に壁があります。エクエスト様は主にそこに佇み、皇国からの侵略者たちを蹴散らしていました。灰の英雄と呼ばれるほどに、彼は戦果をあげたのです」

「よほど、強かったのじゃな」

 

 クダ様がそう尋ねると、ヨマは「はい、それはもう」と首肯する。


「皇国はエクエスト様を最大の脅威と見ていました。個としては最強だと誰もかれもが言っていたように思います。もちろん、一般的な国民にそんなことは言いません。士気を削ぐだけですから。上の者達や、我々戦場に出る魔導人形達の間でだけですよ。

 エクエスト様に挑まねばならないのは、我々魔導人形でしたから。私は、造られたのが戦争末期ということもあり、運よくエクエスト様に倒されずに済みました。実に運が良かった」


 そう言い、ヨマは肩をすくめる。


「その後、路頭に迷いかけていた時にアーヴァリディ家に拾われまして。それからはアリスお嬢様の護衛兼お友達というところです。まこと、私ごときにはもったいない程の僥倖を天は寄越された」


「話が逸れてしまいましたね」と、ヨマはまったく悪気のなさそうな顔で言う。そして、更に続ける。


「そのような最強を誇ったエクエスト様も、最後は討たれてしまいました。時間にして、……そうですね、二年ほど前になるでしょうか」


 二年前。それほど昔ではない過去。

 サルスは聞かねばならないと思った。そのエクエストを討った者の名を。


「誰が、エクエストを」


 その言葉を聞き、ヨマはちらとアリスを見やる。その眼は、言ってもいいか、と尋ねていた。彼にその名を明かしてもよいか、とアリスに対して許可を仰いでいた。

 アリスは無言でうなずく。

 ヨマは、「ならば」とサルスに向き直り、哀しそうな笑顔を浮かべた。

 なぜ、彼女の笑顔がそのような悲哀を帯びてしまったのか。それはサルスに対して同情を覚えていたからだろう。魔導人形としては不要だが、今の自分には必要だ、とヨマはそれを受け入れる。

 ヨマは言う。彼の名を口にする。


「サルス・サルヴァという名の、暗赤の魔導人形です」


 アリスとヨマの反応から、そうではないかと推測していた。実際にそうであったから自らの予想は憶測ではなかったことになる。だが、だから何だというのだ。


「忘れた方が良いのかもしれません。けれども忘れるべきではないのかもしれません。私にはその二者択一ができないゆえ、確言できかねます。私の言葉は、いつも無責任ですから」


 ヨマは本当に分からないといった表情だった。そして分からないことを心底悔やみ、申し訳なく思っている風だった。

 自らの言はあまりにも表層的すぎる、とヨマは自覚していた。ゆえに彼女の言葉では、どのような慰めを出そうとも誰の心も癒すことができない。そうであるがために笑われることを彼女は望む。滑稽な己でしか、他人を救えない。


「エクエスト様が討たれてから皇国の空は灰を帯び、雨には灰色が混じり始めました」


 エクエストは、皇国を呪ったのか。

 その死に際に、憎悪の矛を皇国に向けたのか。

 アイツは、そういうことをする者だったか。

 認めたくなかった。だが、否定するための材料が全て頭から消え失せてしまっている。残っているのは、認めたくない、という自らの気持ちだけである。あまりにも空虚で不確かな根拠だった。いや、根拠にすらならない。


「エクエスト様はその今際の際に空に向かって咆哮をあげた、という噂が広がっています。その時に発した魔導符号は、第三、第四符号にまで及ぶ長大なモノだったとも聞きます」


 皇国の空に向かって、〈灰の呪い〉を吼えた。

 皇国の者達は皆、エクエストがそのような行動をしたと信じている。

 サルスは窓から空を仰いだ。

 薄く灰に染まった雨粒が、しとしとと降り続けている。

 彼は言う。


「灰の雨は、皇国だけなんだな」

「ええ。皇国全体を灰の空が覆っています。この雨には微弱な魔導素子が混じっている、と上の者達は公表しました。雨降りの日は皇都の外へ出ないように、とも」

「皇都内は大丈夫なのか」

「エルレア様が、皇都の上空に障壁を張ってくださっていますから。灰の雨が浄化されるのです」


 エルレアという名。

 憶えが、ある。


「エルレア・アウィスカ……」


 記憶に留まるその名を、サルスは口にする。


「おや、どこかでお聞きになられたのですか」


 ヨマは言う。アリスも同様に、「知ってるの?」と尋ねる。


「どこかで聞いた……いや、頭にずっと残っていた」


 脳裏に名を刻まれたかのように頭に残っている。

 どういう人物だったかは分からない。


「エルレア様は、皇国の魔導人形を代表する方です。皇国内の全魔導人形をまとめ上げていらっしゃいます。象徴色は、青。綺麗なお方ですよ。それにとても、慈悲深くいらっしゃる。

エルレア様の障壁のお陰で皇都から見る空は澄み渡った蒼穹そうきゅうです。エルレア様の象徴色である青が、皇都を覆っているのです。だから皇都は無事です。そこだけは、無事です」

 

 それ以外は無事ではないということだ。バスエ街のような荒廃した街が他にもあるのだろう。それも一つや二つじゃない程の数が。


遷都せんとはせんのか? それか、そのエルレアとやらが障壁を皇国全体に巡らせるなどとか」


 ふと、クダ様が尋ねる。


「首都が無事なのです。する必要を感じないのでしょう。皇国全体に障壁を張る、というのもエルレア様がご自身の言葉で『無理です』と仰っていました。実際は、もっと長広舌ちょうこうぜつをふるっていらっしゃったのですけれども」

 

 それでは国民の不満が高まってしまう。反乱が起こったりはしないのだろうか、とサルスは考えた。彼が聞く前に、クダ様が先にその質問を尋ねる。


「反乱、起こるじゃろ?」

「はい。まあ、すぐに鎮圧してしまいますが。あなた達が先刻に対峙したラピス様も、反乱鎮圧のために国内外を飛び回っているのです」

「ろぅどの奴ならば人相手など楽勝じゃろうの」

 

 サルスも同感だった。ひょっとするとラピスは凱旋中だったのかもしれない。

 が、今となっては知る由もないことだ。知る必要もない。


「だいぶ、長く話してしまいましたね」


 ヨマは部屋の中にあった椅子に腰かけ、そう言った。そして「アリスお嬢様もどうぞ」と椅子をすすめる。ずっと外の雨を眺め続けていたアリスは、「うん」と素直に座った。


「サルヴァ達は、これからどうするの?」


 アリスは尋ねる。達、という言葉にクダ様に対する若干の許しがうかがえる。彼女はクダ様が悪い棒ではないと認識した。悪意があるようには見えなかったためである。言葉の殴り合いをしている内に、彼女はそう判断するに至った。


「そのエクエストが倒された場所に行こうと思う」

「〈スェグナの防壁〉前、ね。〈終の戦跡せんせき〉と呼ばれているわ」

「そこで戦争が終わったから、か」

「ええ。まあほんとは、その後もちょびっとだけ続いたんだけどね」


 エクエストが倒れた地。

 戦争に実質的な決着がついた場所。


 サルスはそこに行くことに決めた。

 自らと比肩したという古い魔導人形、エクエスト・キニスミセリ。

 自らが手を下したという、灰の英雄と呼ばれた小国の守護神であるその者。

 行かねばならない、とサルスは思ったのだ。

 誰よりも、エクエストのために。

 その最期の地へ。

 

 親友のために。

 

 障壁が微かに薄まったように感じた。

 ごくごくわずかでは、あるのだけれども。


 灰の雨は依然降り続けている。夜まで降るかもしれないな、とサルスは空を眺めて考える。そんな彼に、ヨマがふとした疑問を尋ねた。


「〈終の戦跡〉に寄った後は、スェグナに行くのですか?」

「いや、その後は皇都に行こうと思う」

「そうですか。もしスェグナに行くならば私もついて行きたいと思ったのですが」


 ヨマの言葉に、クダ様が「なぜじゃ?」と疑問を投げた。


「少々、気になることがあるのです。どうやらスェグナは国をあげて天使を崇拝していたらしく、私はそれについて少し調べたいことが」

「天使崇拝か……宗教じみとるの」

「なんでも、遥か昔に十四の天使がいたらしいのです。彼らはその十四の天使を崇めています。詳しく書いてある〈スェグナの教典〉という本を、実は私ひっそりと持っているのですが、これがまた眉に唾をつけざるを得ない内容でして」


 その言葉を聞き、アリスが驚愕の表情を浮かべる。


「〈スェグナの教典〉って、全て焚書ふんしょされたはずじゃないの!?」

「残っちゃってました」 

「残っちゃってた、って……それにアンタがそれ持ってるなんて、初めて聞いたわよ」

「初めて言いましたもの」 

「見つかったら罰則ものなのよ? 分かってるの?」

「大丈夫です。絶対に見つからない場所に隠していますから」


 はあ、とアリスは嘆息する。そして、


「で、どこに隠してるのよ?」


と聞く。ヨマは、「そこにです」とあっさりと答えた。

 彼女の指さした先には木箱が置かれている。備品を持ちこむときに使用した、今となっては空であるはずの木箱である。

 アリスが覗くと、それは確かにある。普通にぽんと置いてあった。


「知らなかった……」


 アリスは頭を抱える。どうしたものかと思い悩んでいる。反してヨマはあっけらかんとサルス達に言った。


「気が向いたときにでもお読みください。いかにも創作じみた内容ですから」


 サルスは大して関心を持っていないようだった。

 今はそれよりもすべきこと、見たいものがあったのだ。

 ヨマもそれを重々承知しているらしく、


「今はサルヴァ様ご自身の目的を重視してください。さしあたり、急なことでもありませんから」


と言い、くすりと笑った。


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