今宵、月の下でオルゴールが鳴る
「なーなー、もうすぐバレンタインだぜ?」
「どうせ、いっぱいもらうでしょ?」
俺、守風 宵は、幼馴染みである皐月 成にバレンタインプレゼントを強請る。
こんなに冷たくても一応彼女だ。
「まぁ俺モテモテだからな」
「うざ」
毎回のように一刀両断される。
成の言葉は俺の心によく刺さるのだ。
そんな成は、バレンタインなんてまるで興味がないかのように適当に返事をしながら本から顔を上げない。
さらっと落ちる長い黒髪を耳かけると、白いきめ細やかな肌が見える。
可愛いと言うよりも美人。
「大体、ついこの間だって――」
「よーくん、なーちゃーん、帰ろ!」
成の言葉を遮るように現れたのは赤﨑 月鏡。
俺たちのもう一人の幼馴染み。
「月鏡は素直で可愛いな」
顎に手を当て、真顔で見る。
ふわふわとした栗色の髪はいつも俺を誘惑する。
そんな視線に気がつく月鏡はぷくっとほっぺを膨らまし、さらに可愛いらしい。
「月鏡、お疲れ様。帰りましょう」
「待っててくれてありがと!」
「なぁ、月鏡は俺にくれるよな?」
俺はこの言葉を発した直後まで忘れていた。
月鏡のお菓子作りに関する才能が皆無だということに。
何故か最後には爆発するお菓子。
かろうじて形が残っていたとしても得体が知れず、食べ物だとは到底思えない。
「よーくん、なーちゃんがいるのに欲しいの?でも……お願いならがんばって作るね!」
「がんばって作りなさい」
「彼氏には優しくしろ」
食べたら桃源郷が待ってるだろうが!
それを知っていながら言ってくる成は恐ろしい以外で言い表すことは不可能だ。
張り手がとんでくるよりも痛い。
「いいじゃない。これも愛情表現の一種だと思えば」
「ツンデレのデレを置いてくるな」
「じゃあ、作りたいから早く帰ろ!」
教室を出ると正面の窓が赤く照らされていた。
こんな寒い日だけど夕日は暖かい。
「よーくん置いてくよー」
遠くから俺を呼ぶ月鏡の隣には立ち止まっている成の姿があった。
この様子だと本当にくれねぇな。
態度が変わらないまま、それぞれの家に着いた。
月鏡の家を中央に、両隣に俺と成の家がある。
「また明日な」
「明日は土曜日よ」
「お届けに行くね!」
「おう、待ってるわ」
月鏡がじーっと成を見ていたので、俺は先に家に入った。
彼女からバレンタインもらえねぇのか……。
「成、あげないの?」
「……」
「宵、待ってるよ?」
「でも……」
「でもじゃない!明日朝一で私の家にくるんだよ!」
言い残して月鏡は家に入った。
明日がバレンタインで休日ってのが最高だな。
2月14日……ってちょっと待て!?
急いでカレンダーを見ると
『2月14日、宵バイト』
まじかよ……。
そういや、他の人達が忙しいからって入れたんだ。
知らねぇ女たちが寄ってくるからだるいし……仕方ねぇバイトついでに逆で贈り物でもするかな。
成に似合いそうなのはなんだろうな……。
そう思いながら寝るのはとても気持ちがよかった。
休日の俺は寝起きが悪い。
今日も、バイト遅刻ギリギリだった。
「遅くなってすいません」
「すまんな、折角の休みに」
「少し早めに上げてもらえますか?彼女にプレゼントを買いたいので」
「青春だねぇ……了解したよ」
俺は自分の職場につき、黙々と作業をする。
スーパーのバレンタインコーナーに置くお菓子作りだ。
当日だからこそ、完成品を買いに来る人も結構いる。
数時間が経ち、数ができたところで品出しに行く。
ドアを開けた瞬間、待っていたかのようにたくさんの女たちがお菓子を投げてくる。
油断し一人の女に抱きつかれ、身動きがとれずにいると隙間から、遠くに見知った人物が見えた。
目を開き、口を開けこっちを見ている唯一の人――成の姿を。
どうして……こんなところに。
人ごみをかき分け成の元へ行こうとしたその時、踵を返し走り出したのだ。
月鏡は躊躇い、俺を見ながらも成を追いかけていった。
さっきまでの鮮やかな世界とはうって代わりモノトーンで埋め尽くされた。
外部の音なんて聞こえない。
無表情で仕事だけをこなした。
「宵くん、上がっていいよ」
「はい」
エプロンを脱ぎ、外へ出るともう無駄だという心とは裏腹に足は家とは反対方向に向いていた。
そして、ある店の前でピタリと止まった。
「アンティーク……か」
店の醸し出す雰囲気がどこか人を寄せ付けず俺が見ている限り入る人はいなかった。
でも、俺はその店に入った。
白やピンクが多い女物の店とは違い、明るい色ではなく逆に心を惹かれた。
店をグルリと周り俺が見つけたのはオルゴールだった。
小さな箱と鍵。
何故かはわからない。
このオルゴールが成に似合うと、これがいいと思った。
レジで会計を済ませ、近くの店で包装紙を買いそこでオルゴールを包んだ。
遠くに俺の家が見え始めた。
……は?
俺の家の玄関に成が座っていた。
2月に玄関先で座っていれば体が冷えたっておかしくない。
というか、当然だ。
「宵、おかえりなさい」
「どうしたんだよ……」
買ったばかりのオルゴールのはいった袋を強く握り締めながら聞いた。
少し唇を震わせ、成が言ったのが
「これ、渡したくて」
黒い紙袋のなかには薄いピンクの箱が。
トップには桜。
もしかして……
「ハッピーバレンタイン」
彼女が髪で顔を隠すのは照れているとき。
全く……可愛いことしてくれるな。
「成、俺からも」
ビニール袋というまったく色気のないまま渡す。
寒さで頬を赤く染めながらキョトンと俺を見上げる彼女。
「お前が放つ輝き……眩しすぎるよ」
「宵のほうが眩しいわ」
「「……」」
沈黙の後は温かい笑いに包まれた。
が、違和感を感じるのは俺だけか?
月鏡の家の雪だるまから黒いうさ耳がぴょこぴょこと見える……。
「月鏡」
「いるのはわかってるのよ」
「ちぇー……宵も成も気づいてたの。面白くないなぁ」
黒いうさ耳のついた帽子をかぶった月鏡が出てくる。
こういう時だけ名前で呼ぶし……。
「ありがとうな、月鏡。成に言ったのお前だろ?」
「なんのことー?私何もしてないよ〜」
「ありがとう、月鏡」
今宵、月の下で綺麗なオルゴールの音が鳴る。