2年A組の残念逆ハーレム もしくは「彼の好意をけっして受けいれない」だけの簡単なお仕事
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私 2年A組 君塚亜紀は、平凡顔のくせに逆ハーレムに囲まれてキャッキャッウフフしてる超リア充女子…に見えるらしい。
そんな歪んだ目を持つお馬鹿さんはどこのどいつだよと思うけど、校内の約九割が該当するらしい。
噂にいわく。
ハーレムメンバーは4人で。
超金持ちの御曹司で、校内でぶっちりぎりの成績優秀者。赤羽祠堂。
赤羽に告ぐ成績優秀者で、剣道部部長かつ生徒会長 青崎 結太。
微笑みひとつで女を卒倒させるとかわけわからん美貌を持つ、黄村出雲。
人当たりがよくて、誰にでも優しい王子様みたいと評判の 緑川 麗斗。
うん。
皆、私の周辺にいつもいるひとだね。
で、4人とも皆、美形だねっ。
でも、
言っておくけど、誤解です。
すごくすごぉぉく心外だ。
特に、赤羽祠堂は敵なのに。私の、というよりは、社会と、女の。
そう、赤羽は女の敵だ。
なにから話せばいいかな。
えーと、
赤羽祠堂は頭はいいし、顔もすばらしくいい。だけど、真性のストーカー気質である。
一度恋に火がつくと、思い込みと執着が激しく暴走する。
たとえば、昨日は、大輪の赤い薔薇の花束もって白のタキシードで、こっぱずかしい恋の詩を真顔で朗読してました。無理やり聞かされました。最終的にお腹抱えて大爆笑しました。
その前は、『君の美しさをありとあらゆるものに例えてみた』ってタイトルのぶあつーい手紙を頂きました。暇だなー。あのひと。
あと、毎日、朝から家を出た瞬間からなぜか隣にいるよね。怖いね。
『恋は盲目。』
別に、それが真実、相手を思うあまりだというのなら、いいだろう。
私は現在進行形でかなり迷惑だが、彼は美形だ。そして赤羽家は日本で有数の大企業を経営する一家で家柄も財産事情も申し分ない。
そんな好条件のイケメンが熱烈に口説いてくるのだ。
大抵の女は、悪い気はしない。
しかし、彼の恋は性質が悪い。
それも極悪に。
熱烈に口説かれて女性が「私も赤羽くん好きかも……っ」となった瞬間に
赤羽の恋は冷める。
急激に、冷めてしまう。
「なんか、思ってたのと違うんだよね、君」
そう手のひらを返されて、がっかりしたような目で女を見る赤羽に、どれだけの女が傷つけられただろう。
彼の恋は実ったと同時に終わり、少しの冷却期間をあけては、また次の犠牲者を求める。
彼は片思いしかできない。
両思いになった瞬間に、ストーカー犯罪一歩手前ってくらい激しく狂おしかった、彼の好意は熱情は愛情はどこかに消えてしまう。
様々な年齢、職業、社会的な立場の女性が、熱烈に求められては、よろめいて愛を受け入れた瞬間に拒絶された。
この事態に焦ったのは、彼の父親母親親戚もろもろ。
つまりは、名家である赤羽家だ。
身持ちが固い女性を常に恋愛の相手として選び、自身も貞操観念のかっちりとした赤羽が、両思いになった瞬間に恋が終わるのだから、それはキスもする前に恋愛はおわるということだ。
それを原因として、廃嫡するほどの醜聞ではない。そして、彼はこの問題点さえなければ、とても優秀な後継者である。
だが被害者の数が数だし、恋が実るまでのストーカー具合も酷いし捨て方にいたっては最悪だ。
「赤羽家」は事態に気付いてから犠牲者の女性にかなりのフォローをしていたが、恨みの深い女性がマスコミにスキャンダラスに垂れ込んでそれが取り上げられれば、かなり面倒なことになる。
まぁ、いろいろな議論がかわされて、いろんな事情があったのだろうが、私はよく知らない。
とにかく、
今から一年前、彼が高校1年のとき、ようやく赤羽家は対策を講じはじめ、
そのとき、たまたま、彼の恋のお相手だった私は、けっこうな報酬と、万全のボディガードをつけられて――
「赤羽祠堂の好意をけっして受けいれない」だけの簡単なお仕事に就業することとなったのだ。
2
「亜紀! おはよう!! 愛してる!」
登校しようと家を出た瞬間、今日も迷惑男がやってきた。
大きな声で叫ぶな。近所迷惑だよ。女の敵。
「おはよ」
返事しないと、返事するまで叫び続けるからなぁ。このひと。
振り返ってぎろりと睨んでやると、心底、嬉しそうに微笑まれてしまった。
きもい。
最初はお仕事として「私は赤羽くんを好きになっちゃいけないんだ……!」って強く意識してたけど、最近は、告白を何度断ろうが、蹴りいれようが、腹パンきめようが、嬉しそうに愛を囁く赤羽を見て、素で「あ、なんかこのひと気持ち悪いなー」って思えるようになりました。
睨みつけて気の荒い猫のように「こっちくんな」と威嚇する――が、残念男はなにを思ったのかがばっと両腕を広げて近づいてきた。
なので――
「青崎さん、おねがいします。できればぶん殴って」
後ろにいるボディーガードに、GOを出す。
すっと残像を残すほどの高速移動で、一瞬で私の前にやってきてくれる青崎さん。
「ありがとうございます」
「……」
無言でかすかに頷く。くぅ。この寡黙っぷりも素敵です。
あ。間には入ってくれたけど、ぶん殴ってはくれなかったな。
そう。
この青崎結太さんこそ、赤羽家に雇われた私のボディーガードです。
超優秀。真面目。穏やか。寡黙。仕事はキッチリ。忍者っぽいとこもポイント高し。
このお仕事について一年、何度も危ないところを助けもらっているので、好感度も信頼値もとっても高いです。
本当に、お婿さんにするならこういうひとが理想だよなーとしみじみ思うけど、あくまでお仕事上の関係だし。一緒にいられるのは、私が赤羽の思い人役をやってるからだもんな。ちぇ。
うん。
今の状態で、恋愛とかできないよね……。
しばらく、今日の天気とか、勉強で分からなかったところとかを青崎さんと話していると、(赤羽のことは話に混じろうとしても無視してる)……叫び声が聞こえてきた。
「たーすーけーてーっ。」
黄村出雲くんが、走って、こちらにくる。
彼、なぜか私のハーレムの一員だってことになってるけど、これは完璧な誤解です。
黄色いウェーブヘアーと壮絶に整った顔の彼が懐いてるのは
「助けてっ師匠っ」
頼りになるボディーガード青崎さんだ。
ルックスがとてもよろしく女の子にめちゃくちゃモテる黄村くんは、そのくせ、なんとも残念なことに女性恐怖症だったりする。
肌と肌が触れ合ったり、数分抱きしめられたら卒倒するレベルの恐怖症で、周囲もそれを分かってるのに、アタックする女子の数は減らない。好意なのか、嫌がらせなのか。よくわからないよね。
登下校でのアタックが特に酷いので、青崎さん(と私)は見かねて、なるべく登下校の時間をあわせて、女の子から黄村くんを守ってあげてる。
気弱な黄村くんなら押せ押せでもみくちゃにできる女子たちも、青崎さんやら赤羽がいるグループにはなぜか黙ってしまうようですよ。
「今日もひどい目にあったよぉぉぉー」
「猛禽類の目をした女子が牽制しあって、ライバルを蹴落とそうとしながら、黄村君の隣は私のもの、一歩も離れないぞって、擦り寄ってくるんですよぅぅー。師匠ー」
だらしなく伸ばした語尾で喋り、涙目で鼻をすんすんしてる。
どこか人形みたいな美貌のわりに子供っぽいんですよね。この人。
「怖かったー」って鳥肌立ったのか腕をさすってる黄村君、ちょっと可愛いけど、すごい女性恐怖症だからなー。好きになるとかはないな。
「おはよう、亜紀」
あ。ハーレム(ってことになってる)メンバー。最後のひとり。緑川 麗斗さんもやってきました。
微笑むだけで空気がほわーんと、和らぐ素敵な癒しの人です。
ついでにキザです。
「亜紀、今日も、可愛いねっ」
髪を自然に撫でられます。
はわわ。スキンシップ多いんですよね。
「その……緑川君も今日も素敵だよ」
テレながら言うと、はにかんだように微笑み返してくれます。
「ぎりり」
とか、赤羽の奥歯からすごい音がした気がするんですが、きっと気のせいでしょう。
「亜紀から離れろよ」
赤羽からは威圧的な低い声。
結構怖いと思うんですけど、爽やかに笑って、みどりの人は反撃します。
「なんの権利があって、そんなこと言うのかな?
恋人でもない上付きまとって嫌がられてる立場の赤羽くんが。気持ち悪いよね。そういうの」
「ぐっ」
あ。撃沈した。
こうなるとしばらくずーんと落ち込んでてくれるので、(赤羽いつもすごくうるさいし)ちょっと助かります。
緑川君は、普段、とっても優しくて人あたりがいい人なのですが、このグループ内では超毒舌キャラです。
なぜなら、このひと、以前に赤羽に言い寄られて靡いて捨てられた「女の子」なんですよね。
私に言い寄るふりをして、赤羽をちくちく苛めては楽しんでるようですが、男装してまで復讐するってよっほど、赤羽のこと大好きだったんですよね…。なんていうと、多分本気で怒られるので一度だって口にするつもりはないですけど。
とまぁ、
見目麗しい4人に囲まれて
そこそこ、楽しい日々。
ですが。
ハーレムとはかなり違うと思う。
いつか普通の恋がしたいわー、と望む私なのでした。
で、できたら青崎さんと……。
たぶん、続きません。