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グレーゾーンな恋人  作者: 久遠夏目
第一章 記憶喪失の天使
4/32

03

 翌日の朝、玄関から出ると、トナリの家の玄関からも人が出てきた。


「おはよう」

「……おはよう」

「うふふ、今日も嫌そうなカオがたまらなく素敵ね」

「死ね」


 そして、恋人とは思えない会話を交わす。ぼくとこの女の朝のお決まりのあいさつだった。嫌々ながらも並んで歩き出そうとした、そのとき。


「灰人、お弁当渡すの忘れてたわ」

「母さん」


 ぼくが出てきた玄関から、母親が出てきた。そのセリフどおり、右手に弁当を持って。

 ぼくがそれを受け取ると、母親はトナリの人物を振り向く。


「黒羽ちゃん、おはよう」

「おはようございます、おばさん」


 幼い頃からの付き合いもあってか、この二人はとても仲が良い。というか、うちの家族と彼女の家族は仲が良いのだ。


「今日も灰人をよろしくね」

「もちろんですよ。では、行ってきます」


 にこり、黒羽は表向きのキレイな笑みを浮かべる。母さん、騙されてるぞ。


「灰人も行ってらっしゃい」

「ああ、行ってきます」


 そうして手を振る母さんに背を向け、ぼくはニセ彼女と並んで歩き出した。


「今日もよろしく、ですって」

「お前に世話されることなんてないね。寒気がする」

「おばさんの前でも同じことが言えるかしら」


 角を曲がったところで話しかけてきた黒羽に対して、そんなの言えるわけないだろ、と心の中で反論する。すると、その気持ちを読み取ったのか、彼女は勝ち誇ったように笑った。ああ、マジで死んでほしい。

 こいつが悪魔だと知っているのは、ぼくだけだ。だから、ぼくは自分と彼女の家族の前でも、学校と同じように仲の良い幼なじみを演じている。恋人であるかどうかはごまかしているものの、こちらでも公認の仲らしい。むしろ、親同士がそれを一番望んでいると思われる節があるから困る。

 ぼくが素でいられるのは一人のときか、あるいはこの悪魔と二人きりのときだけだなんて、皮肉にもほどがあるだろう。もちろん、人前での振る舞いすべてが作りものではないけれど、外堀を埋められている感じが最悪だ。


「こういうとき、お前が悪魔だって強く実感するよ」

「あら、じゃあいつもはわたしのことを普通の人間だって思ってくれているの?」

「そういう意味じゃない」

「そうよね、あなた、わたしのこと、『別に嫌いではない』のだものね」


(別に、嫌いではない、よ)


 人の意見を無視した言葉に、いつかの記憶が頭をよぎる。人生の中でも一位、二位を争うくらいの最低最悪の記憶だ。あれがキッカケで、ぼくはこの悪魔と「契約」を結んでしまったのだから。

 まあ、はっきり言って、こいつに関わる記憶のほとんどは最悪なものばかりなのだけれど。


「相変わらず自分に都合のいい解釈しかできないんだな」

「そういう解釈もできるというだけの話よ」

「ヘリクツだ」

「そうかもしれないわね。だけど、それで契約できたというのが事実よ」


 嘲笑うかのような目をこちらに向け、またしてもヘリクツのような言葉を並べる黒羽。口では女に勝てないというのは本当らしい。


「だから、そういう解釈ができるような言葉を発したあなたが悪いのよ」

「あのときのぼくにそんな頭があったと思うか? それに、お前とぼくじゃ生きてる年月が違うんだから、卑怯じゃないか」

「だってわたしは悪魔だもの。卑怯で何が悪いの?」


 それは、まったくの正論だった。悪魔に正しさなど求めてはいけない。卑怯で狡猾なのが悪魔なのだ。だから、きっとこいつはどんな言葉でも自分の都合のいいように解釈するのだろう。

 ならば、そんなことができないよう、ストレートな言葉をぶつければいい。


「ぼくは、お前が大っ嫌いだ」


 だけど、ぼくは知っていた。


「知っているわ。だけど、いずれはあなたはわたしのものになるのだもの。今くらい、自由を与えてあげなくてはね」


 そんな言葉ですら、こいつは自分に都合よく解釈してしまうのだということを。あーもう、イラつく!


「このクソ悪――」


 最終的には怒りに任せて怒鳴るしかなくなるので、いつものように彼女のほうを見て口を開こうとした、そのとき。


「きゃっ」

「え? うわっ」


 突然横から現れた何かとぶつかってしまった。普段は猫しか通らないような細い道だから、油断していたのだ。

 ただ、どうやらぼくのほうが重かったらしく、ぼくが倒れることはなかった。しかし、


「あなた、大丈夫?」

「ああ、ぼくは平――」

「あなたじゃなくて、そっちのコよ」

「え?」


 その代わり、ぶつかってきた「何か」――いや、「誰か」が倒れてしまったようだ。黒羽の呆れたような声に気付いて足下を見ると、女ノコが尻もちをついていた。


「いたたたた……」

「すみません、大丈夫ですか?」

「あわわわっ、はい、大丈夫です! 急に飛び出したりしてすみませんでした!」

「いいのよ、よそ見していた彼が悪いんだから」

「いや、それはお前のせいだろ」

「どうして?」

「どうして? お前が自分に都合のいい解釈しかしないから――」

「ふふっ」

「え?」


 ぼくでも黒羽でもない、控えめな笑い声が聞こえた。見れば、立ち上がった彼女がくすくすと笑っている。


「仲が良いのですね」

「これのどこが?」

「まあね、ありがとう」

「またお前は……」


 何をどう勘違いすれば、ぼくと黒羽の仲が良いように見えるのだろうか。しかも、黒羽はちゃっかりそれを肯定してるし。

 しかし、そのやりとりをとにかく楽しそうに見て笑っている彼女に、何故か癒しを感じた。


「ところで、ここはどこでしょうか?」

「このへんに来たのは初めてですか? 目的は?」

「さあ、何でしょう?」

「何でしょう、って……」


 噛み合わない会話に首をかしげ、思わず黒羽のほうを振り返る。普段ならば絶対にしないのだが、一人では対処できない気がした。

 それを受けた黒羽もほおに手を当て、眉を下げて考えこむ。


「迷子かしら」

「いや、さすがにそれは……」

「そうかもしれません」

「え?」

「わたし、記憶喪失なんです」

「はあ?」




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