02
「はあ、今日も疲れた……」
自宅に戻り、自分の部屋に入ると同時にベッドに身を投げ出す。ふわりと受け止めて疲れを癒してくれるそれは、まるで天使のようだ。
「あいつ、マジで死んでくれないかな」
「あら、恋人に向かって死ねだなんて、酷いにもほどがあるわ」
ぽつりとつぶやいた暴言は独り言のつもりだったのに、返答があった。しかも、返事をしたのはその暴言の対象である『あの女』。
「……おい、勝手に入ってくるなよ。ていうか誰が『恋人』だって?」
「あなたに決まっているじゃない。相変わらず冷たいわね。まあ、そういうところもすきなんだけれど」
「ぼくはお前なんか大っ嫌いだよ」
「まあ酷い」
大げさに口に手を当て、眉を下げて哀しみを表現する彼女。
かと思えば、またにやり、と唇でキレイな弧を描き、
「でも、あなたがわたしのことをすきであろうとなかろうと、最終的にあなたはわたしのものになるのだけれどね。あなたはわたしと幸せになるしかないのよ」
と、悪魔のようなことを言う。いや、「悪魔のような」ではない。
「黙れ、このクソ悪魔が」
こいつは、ホンモノの悪魔なのだ。
その証拠、と言えるかどうかはわからないが、こいつは今、宙に浮いている。触れようとしても、それは叶わない。今のこいつは言わばユーレイのような状態で、とりあえず人間でないことは確かである。音もなく窓をすり抜けて部屋に入ってくるなんて、プライバシーも何もあったものじゃない。
くすくす、と不愉快な笑い声を漏らす黒羽は、スレンダーな体つきに長い黒髪の持ち主で、少し鋭いつり目は高嶺の花を思わせる。表向きは先ほどの噂通り、ぼくの幼なじみであり、恋人でもあるのだが、真実はそうではない。こいつはぼくの命を狙う悪魔、なのだ。
「ふふ、その罵倒も蔑んだような瞳も最高ね。いつかあなたが屈服する日が楽しみだわ」
「そんな日は絶対に来ないから安心しろ」
「あなたは二十歳になったら死んで、わたしのものになるの。これは呪いであり、契約よ。覆すことは絶対に不可能だわ」
悪魔の言葉は呪いであり、予言だ。そして、予言は必ず成就する。だから、こうしている間にも、ぼくの身体にはその呪いが深く染みこんでいるのだ。
だけど、
「そんなの知るか。ぼくは絶対にあきらめない。人生を取り戻し、自由を勝ち取ってやるんだ」
人生はあきらめも肝心だ。だけど、あきらめてはいけないことだってあるだろう。悪魔なんてにわかには信じがたいものに、自分の人生――ひいては命を奪われてたまるか。ぼくは、こんなところで終わるわけにはいかない。
そんな強い思いをこめて黒羽をにらみつけると、やつはそれすらも愉快だと言わんばかりに口角を上げ、こちらを見下ろした。
「できるものならやってみなさい。ムダな足掻きだと思うけれどね」
「やってみなきゃわかんないだろ」
「そう言い続けてもう何年経ったかしら。一向に何も変わらないわよね」
「うっ」
「そんな調子で大丈夫なの? あなたの余命、あと三年よ」
「うるさい。どうにかするったらどうにかするんだよ」
今まで悪魔に関する本はたくさん読んで、どうにかこの呪いを解く、あるいはこいつ自身を消滅させようとしてきたが、そのためには伝説の銃が必要だとか、生け贄の血が必要だとか、現代日本で生きる普通の男子高校生であるぼくには無理な方法ばかりだった。
そもそも、こいつはぼくが呼び出したのではなく、向こうから勝手に現れて不本意な契約を結ばされたのだ。だから、こいつは一筋縄じゃいかないし、すべてあっちに主導権があるのだからどうしようもない。
だけど、どうにかしなければ、こいつが言っていたように、ぼくはあと三年で死んでしまうのだ。そんなの、絶対にごめんだ。
「そう、じゃあ死ぬまでせいぜい足掻くといいわ。死んだら、わたしのものだもの。それまでは見逃してあげる」
「はは、そりゃどうも。とりあえず、さっさと出てってくれ」
「ふふ、また明日」
愉快そうにほくそ笑み、悪魔はすっと消えていった。
明日なんて、来なければいいのに。そうすれば、ぼくは死ななくて済む。そしたら、あいつのものになる必要なんてなくなるのに。
ああ、神様は残酷だ。




