05
こっ恥ずかしい告白が終わり、気まずい沈黙が流れようとしていたそのとき、見計らったかのようなタイミングで天ヶ原さんが空を見上げた。
「神様、聞きましたか? どうか彼女を人間にしてあげてください。そうじゃないと、わたしはあなたのところに戻ってあげませんよ」
「ちょ、天ヶ原さん?」
何を言い出すんだ、彼女は。確かにぼくは彼女を人質にとろうとしていたけれど、これじゃあ自ら進んで人質になりにきているようなものじゃないか。というか、これはむしろ天ヶ原さんが直接神様と取引しているようなものだ。あれ、でも結果的には同じことをしているから、別にいいのだろうか?
少し混乱しながら思考していると、天ヶ原さんがこちらに顔を向けた。
「いいんですよ、あなたはもう十分苦しんだのですから。乗り越えられない試練など、この世にはありません。だけど、人の力で乗り越えられないのなら、あとは神様に頼るしかないでしょう?」
やさしく、諭すようにそう言った彼女の微笑みは、まさに天使そのもの。これと同じことを、もう何度思ったかわからない。
だけど、ぼくは何度だって同じことを思い、感じるのだ。彼女が天使であるということを。そして、その笑顔に癒しがあるのだということを。
「それに、黒羽さんが人間になれば、それこそ人間は『善いもの』として造られたのですから、改心させやすくなるというわけです。おそらく、灰人さんでも改心させることが可能になると思いますよ」
「ぼくでも?」
「はい!」
「真白って意外としたたかよね」
「お褒めにあずかり光栄です!」
黒羽に向かってびしっと敬礼をした天ヶ原さん。悪魔に礼を言う天使なんて聞いたことがない。いや、天使だからこそ、どんな存在にも敬意を払うのかもしれない。
「でも、神様はそんなことができるのかしら」
「もちろんですよ。神様にできないことなどありませんから」
「相変わらず反吐が出るほどの素晴らしい信仰心ね」
「はい。だって、わたしは天使ですから」
にぱっ、と咲かせた天ヶ原さんの笑みはとてもキレイで、自分が天使であることを誇りに思っているようだった。
そして、それは同時に自分が信じる神様を誇ることでもある。彼女はそれだけ神様を信じているのだ。
「この世で起こることには、すべて意味があるのですよ。乗り越えられない試練などありません。もし乗り越えられなかったとしても、そこにも意味があります。そして、いつかはきっと報われる」
「キレイごとだわ」
「それでも、そうやって希望を持たなければ、この世で生きることはできません。ずっと報われなかった灰人さんだって、希望を持っていたからこそ、こういう結末に至ったのではありませんか?」
穏やかに紡がれたその質問に、ぼくは苦笑しながらもうなずく。そう、最終的にはぼくのちっぽけな希望が、黒羽の与えた大きな絶望に勝ったのだ。
それに満足そうにうなずき返した天ヶ原さんは、再び天を仰いだ。
「さあ、神様。あなたが行動することで救われる存在が目の前にいます。ここで救わなかったら、神様ではありませんよ」
「あらあら、自分を造った存在に対してなかなか厳しいのね。あなた、肝も据わっているわ」
「普段はこんなこと、絶対に言いませんよ。すべての被造物を愛する神様が一人の人間にできることなど限られていますからね。神様は試練を与える存在であり、人間はそれを自分の力で乗り越えていかなければならないのです。限界を感じたときに神様に祈り、助けを請うたとしても、神様が助けてくれるとは限りません。それでも、人は神様に祈ることで慰めを得られるはずです」
胸に両手を当てて、自分に言い聞かせるように天ヶ原さんは言葉を紡ぐ。
ぼくには神様のことなんてさっぱりわからないし、少し前までは憎しみの対象ですらあった。けれど、天ヶ原さんが現れて、黒羽に改心する可能性があるとわかったとき、少し神様に期待した。それはただの可能性でしかないし、神様に祈ったわけでもなかったけれど、この試練をついに乗り越えられるかもしれないと思ったのだ。
もし、それが慰めだというのなら――神様も捨てたものじゃない。
「でも、今回の場合は普通の試練とはわけが違います。灰人さんのところに黒羽さんが現れたのは、確かに一つの試練です。悪魔という存在も神様が造ったのだとしたら、普通の試練と同じように、神様から与えられたものだと考えることができるでしょう」
ぼくと黒羽を交互に見つめながら、天ヶ原さんは力強い声で先を続けた。
「けれど、悪魔という存在が介入している限り、人間の力だけではどうにもすることができません。だから、この件に関しては、神様が直接救済するしかないのです。これは、あきらめではありません。適切な処置です。正当な手段です。神様には、灰人さんを救う責任があるのですよ」
ふぅ、と一息ついて、天ヶ原さんは三度空を見上げた。その顔に、自信に満ちた笑みをたたえながら。
「さあ、神様。どうされますか?」
そうして、天ヶ原さんがまた神様に話しかけた――そのとき。
「うわっ!?」
ピカッと雷のような閃光が走り、それがぼくのすぐ横に落ちたために、一瞬何も見えなくなってしまった。その衝撃で倒れそうになったのを、踏んばってこらえる。
しかし、ぼくのすぐ横というのは、黒羽がいた位置にとても近いということだ。急いで目を開けてみると、
「いっ、た……何だったのかしら、今の」
何と、黒羽に降り注ぐようにして、天から光が一直線にのびているではないか。しかも、黒羽はその光に囲まれている。
「お前、それ、大丈夫なのか……?」
「どういう意味かしら、それ……う、あ、ああああああっ」
「黒羽!?」




