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グレーゾーンな恋人  作者: 久遠夏目
第四章 たった一つの願い事
28/32

04

 ぼくの願いに対して黒羽は目を丸くし、これ以上ないほどに驚いていた。こいつがこんなカオをすることなんかめったにない。というか、今までで一番驚いているのではないだろうか。


「ふふ、そんなことだろうと思っていましたよ」


 それとは反対に、何もかも見透かしたような笑顔でこちらを見守っていた天ヶ原さんが弾んだ声を上げる。黒羽はそれで我に返ったのか、はっとしたようなカオをしたあと、すぐに眉間にシワを寄せ、訝るように口を開いた。


「今のは、どういうことかしら」

「どうもこうも、そのままの意味だよ。お前が悪魔じゃなくなれば、契約は破棄されて、ぼくは自由になれる。お前も人間になれば、少しは痛みがわかるようになって、良心とか芽生えるかもしれないし、そしたら改心だってできるだろ。そうすれば、天ヶ原さんの使命だって遂行される。ほら、これが一番いい願いだ」

「またまた、照れ隠しはよくないですよ?」

「いや、別にそういうわけじゃないんだけど」

「どうして、今のが照れ隠しになるのかしら。そもそも、どうしてあなたはそんなことを願うの? 叶わない願いはしないんじゃなくって?」


 からかうように脇を小突いてくる天ヶ原さんを軽くあしらっていると、やはり黒羽だけ違うテンションで矢継ぎ早に質問をしてきた。ただし、今回は黒羽のほうが正しい態度なのかもしれない。

 そんな黒羽を意外そうな表情でのぞきこむ天ヶ原さん。相変わらず、行動がまるで子供のようだ。

 と、思っていると、


「黒羽さんたら、鈍いですね。そんなの決まってるじゃないですか。灰人さんは」

「ちょっと待った。天ヶ原さん、何言うつもり?」

「え? 灰人さんの本当の気持ちですけど」

「本当の気持ちも何も、さっきのが本音なんだけど。ぼくはただ呪いから解放されて、自由になりたいだけだよ」


 危ない危ない。子供には何をしでかすかわからないという特徴もあったのだ。今のままで丸く収まりそうなんだから、変に口を出されては困る。

 しかし、ぼくの制止をものともせず、天ヶ原さんはにこっと無邪気に笑った。


「ダメですよ、天使の前でウソついちゃ。いえ、正しくは神様ですかね? 神様に向き合う人がウソつきでは、神様だってお願いを叶えてくれませんよ。まあ、取引にいたるまではそうするしかなかったのでしょうから、ちょっと卑怯な手を使っても仕方がないと思いますが、神様への道が開けたなら、そこでウソをついてはいけません」


 さっきまで子供そのものだったくせに、どうしてこういうときは妙に説得力のあることを言うのだろう。「神様」という単語が出てくると熱くなるのは、天使のさがなのだろうか。


「じゃあ、ぼくにどうしろと?」

「黒羽さんに本当の気持ちを伝えて、どうしてこんなお願いをしたのかきちんと説明してください」

「……それって命令なのかな」

「はい、天使命令です! そうでないと、神様に話をつけてあげませんよ?」


 おかしい。天ヶ原さんは人質で、普通ならこちらが主導権を握っているはずなのに、何故か彼女のほうが主導権を握り、神様への窓口役になっている。いや、これはもう番人と言うべきだろうか。


「早くしないと、わたしが言っちゃいますよ」

「仕方ないな……」


 はあ、と一つ大きなため息をこぼし、ぼくは腹をくくった。


「黒羽」

「……何かしら」


 一人蚊帳の外になっていた黒羽を真っ直ぐに見据え、名前を呼ぶ。そして、


「ぼくは、黒羽のことがすきだ」


 まさかここで告白をするはめになるとは。いや、神様への願いごとを決めたときから、ある程度覚悟はしていたけどさ。

 だから、こいつには話を聞くなという条件をつけたのだ。ぼくと天ヶ原さんの間だけで決めて、黒羽が神様と取引しようとしたときには「ざまあみろ!」と大声で叫んでやりたかった。それだけ言って、あとはいつか時期が来たら告白しようと考えていたのに。くそ、全部台なしだ。

 すると、また瞠目していた黒羽が呆れたように声を吐き出す。


「あなた、さっき真白からウソはダメだって言われたばかりでしょう」

「ウソじゃない。小さいころからずっとすきだったんだ。だから、ぼくは黒羽が人間になることを望んだんだよ」

「そう。じゃあ、今までの『嫌い』も『死ね』も壮大な照れ隠しだったということね」

「あー、いや、うん。そういうことになる、のかな」


 今思えば酷い照れ隠しだとは思うけれど、ムカつくところがあるのも事実なので、多分そのときは本音だったのだと思う。


「でも、どうして? もしそれが本当なら、死んで一緒になってくれたっていいじゃない。わたしのものになるのが嫌じゃないってことでしょう?」

「嫌に決まってるだろ。何でぼくが死ななきゃいけないんだよ」

「ほら、やっぱりウソじゃない。あなたらしくないことは言わないほうがいい――」

「だから、何でお前には『死んで一緒になる』っていう選択肢しかないんだよ」

「え?」


 驚いたように顔を上げた黒羽に対して、今度はぼくが呆れたようなため息をつく番だった。


「お前がぼくの二十歳のときの顔がすきだって言ってくれるのは嬉しくなくはないけどさ、それだとそのときのぼくのことしかすきじゃないってことになるじゃないか。お前こそ、よくそんなんでぼくのことがすきだとか言えたもんだな。ぼくがすきなら、どの年齢のぼくも愛してみせろよ。お前のほうがウソくさいんだよ」

「な……」

「別に年とったっていいだろ。それが人間なんだから」


 まあ、不老不死という夢もわからなくはないけれど、人間である限り、きっとそれは無理だ。


「ぼくは人間だ。始まりもあれば、終わりもある。生まれて、生きて、最後は死ぬんだ。それが何十年先になるのかはわからないけど、ぼくはこの先をお前と一緒に生きていきたいって思ったんだよ」


 死んで一緒になるんじゃなくて、人間として一緒に生きていく。それじゃあ、ダメなのか。


「……灰人は、本当にわたしのことがすきなの?」

「悪魔として、ぼくの命を狙ってくるお前は嫌いだよ。でも、それ以外は基本的にそれまでと何一つ変わらない、ちょっと嫌味で性格が悪いけど、ただの女ノコだった」

「それは誉めているのかしら。それとも、けなしているのかしら」

「さあ、すきなようにとれば? とにかく、ぼくは『人間としての黒羽』はすきだったんだ。いきなり悪魔とか言われてびっくりしたけど、だからってすぐに嫌いになれるわけないだろ」


 そう、小さいころからずっと一緒にいたんだ。いきなり嫌いになれるわけがない。だから、あのときぼくはこう答えたのだ。「別に、嫌いではない、よ」と。黒羽は黒羽だ。悪魔だという最大にして最悪のネックに目をつぶれば、彼女は一人の女ノコにすぎない。

 ただ、そのネックが強すぎるがために、ぼくは今まで幾度となくこいつに「嫌い」だとか「死ね」だとか暴言を吐いてきた。何度黒羽が本当にただの女ノコであれば、と思ったかわからない。もしかしたら、今、それが叶うかもしれないのだ。だから、


「だから、人間になってぼくと一緒に生きよう」

「――だそうですよ、神様」




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