02
黒羽が告げた言葉は、とても意外なものだった。意外すぎて、何故そういう結論に至ったのか、すぐには理解できなかったくらいだ。
「な、なななな、何を言っているんですか、あなたは!」
しかしそれ以上に意外だったのは、天ヶ原さんの反応だった。顔を真っ赤にして勢いよく黒羽の胸ぐらをつかみかかる彼女を、誰が予想できただろうか。一方の黒羽はにやにやしながら「隠してもバレバレよ」などと天ヶ原さんをからかっている。
つまり、黒羽の言ったことは図星だったというわけで、つまり天ヶ原さんは――ぼくのことがすきだ、と。あまり実感はなかったのだが、意外とちゃんと懐柔できていたということなのだろうか。
「えーと、あ、あの……」
「ひうっ!」
何と言っていいのかわからずに、とりあえず声をかけようとすると、ビクッと肩を震わせた天ヶ原さんは奇声を上げて、さっと黒羽の後ろに隠れてしまった。それを見て、黒羽は愉快そうな笑みを濃くする。
「あらあら、ダメじゃない。真白はとても繊細なんだから、適当に声をかけてはいけないわ」
「いや、そんなこと言われても……いや、ていうか何でそんな話になったんだよ。今、そんな流れだったか?」
「鈍いわね、あなたは」
「はあ?」
やれやれ、というように肩をすくめ、黒羽はまた言葉を紡ぎ始めた。
「つまりね、真白がわたしをこんなにも必死に説得しているのは、『あなたを助けたい』という理由も含まれているからなのよ。むしろ天使であるという記憶を失っている分、そちらのほうが大きいかもしれないわね。もしわたしが考えを変えれば、あなたは死ななくて済むもの」
ああ、そういうことか、とようやく合点が行って天ヶ原さんを一瞥すれば、おずおずとこちらをうかがっていた彼女と目が合い、しかし、彼女はまた黒羽の後ろに引っこんでしまった。対立しているはずの二人がくっついているなんて、何とも不思議な光景だ。
すると、黒羽が後ろを振り向き、鋭い視線を彼女に向けた。
「でも、もしそうなったとしても、あなたがずっと灰人と一緒にいられると思っているの?」
「え?」
「今は記憶を失っていても、あなたは天使なのよ。いつかすべてを思い出したら、また神様の使いとして別の使命を与えられるはずでしょう? そうしたら、あなたはどこか遠いところへ行かなくてはならない。つまり、灰人と離れ離れにならなければならないのよ」
「そ、そんな……だって、じゃあ、家族は……」
「ああ、そのへんの記憶もないのだったわね。あなたの家族はね、あなたの本当の家族ではないの」
「え」
天ヶ原さんの顔が再び驚愕の色に染まる。それを見た黒羽は、表情にこそまだ出していないものの、内心愉快でたまらないはずだ。何故なら、こいつは希望が絶望に変わりゆく瞬間が大すきなのだから。
「わたしたちのような人間でないものは、人間にまざって暮らすために、自分に都合のいい家族を選んでいるだけなの。その人たちや周囲の人間の記憶を改ざんし、その家の子供として過ごす。わたしの場合は、彼のトナリの家に引っ越してくる家族を選んで、その家の子供であったかのように記憶を改ざんしたの。もともとあの家族に子供はいなかったから、本当のことを知っている者からすれば、あの家族には小学校に上がる前の子供がぽーんと生まれたようなものね。まあ、本当のことはわたしと灰人しか――ああ、神様も、かしら。それくらいしか知らないけれどね。あなたもそれと同じように、きっとつい最近あの家族の子供になったのよ。だから、彼らはあなたの本当の家族ではない」
にやり、いよいよ黒羽の笑みが場違いになってきた。残酷なことを笑って告げられるなんて、やはり悪魔だからこそできることなのだろう。
それでも、黒羽は止まらない。希望がすべてなくなるまで、こいつは絶望を与え続けるのだ。
「次の使命が与えられたら、あなたは彼らの記憶を変えて、すべてをなかったことにするの。そして、違う家族のところに何食わぬ顔でまざりこみ、その使命を遂行する。それをくり返すだけなのよ。天使のくせに、なかなか鬼畜よね。ああ、でもまあもとから子供はいなかったのだから、もとに戻るだけなのだけれど」
「そん、な……」
「そうすると、鬼畜なのは神様かしら。もし天使が全員あなたみたいな性格なのだとしたら、その記憶をすべて消させるのだから。ニセモノだったとしても、家族の記憶を失うなんて哀しいわよね。ああ、それとも、記憶改ざんは全部神様がやってくれていて、あなたも今より前の記憶はまったくないとか? だったら、あまり哀しくはないかもしれないわね。本当に、神様って嫌なやつだわ」
「あ、あ、わたし、は……」
最後は忌々しげに吐き捨てた黒羽だが、天ヶ原さんにとってはすべてがダメージだったらしい。ふらふらと黒羽から離れたかと思うと、弱々しい声を上げながら、頭を抱えてその場にへたりこんでしまった。
「おい、いい加減にしろよ」
「あら、そのコをかばうの? まさか、あなたも彼女をすきになってしまったとか?」
「だったら、どうする?」
「別に構わないわよ? あなたが二十歳になったら死んで、わたしのものになることは確定しているのだから」
「ふざけるな。ぼくはお前の言いなりになんか絶対にならない」
「残念だけど、これが運命よ。あきらめなさい」
何が運命だ、くだらない。だったら、お前も自分が悪魔だってことを受け入れろよ。改心すべき、改心することができる存在だって。
「ぼくには天ヶ原さんがいるんだ。誰があきらめるか」
そう言いながら天ヶ原さんに近づき、すっと屈んで彼女の肩に手を置くと、つい先ほどまで余裕しか見せていなかった黒羽の顔が曇り、眉間にシワを寄せて、訝しげにつぶやいた。
「……どういう意味かしら」
「お前に天ヶ原さんは渡さない。ぼくが彼女を人質にして、神様と取引するんだ」




