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グレーゾーンな恋人  作者: 久遠夏目
第一章 記憶喪失の天使
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01

「一ノ宮くん、ばいばい!」

「ああ、また明日」

「うわあ、どーしよ、あいさつしちゃったよぉ!」

「よかったじゃーん」


 キャー、と黄色い悲鳴を上げながら玄関から去っていく女子の集団。それを見ながら、ぼくははあ、と一つため息をこぼし、自分の下駄箱を開けた。

 一ノ宮というのはぼくの名字だが、ぼくは彼女の名前を知らない。学年ごとに分かれているリボンの色からして同学年であるとは思うのだが、一学年に六組もあってはすべての女子の名前を覚えることは難しい。

 そんな名前も知らない彼女が今したことは、ぼくへの帰り際のあいさつ。一方ぼくがしたことといえば、それに対してあいさつを返しただけ。特別なことではなく、ごく普通のことだ。

 だが、彼女やその周りの反応を見る限り、そんな些細なやりとりでも、彼女にとっては嬉しいことだったということがわかるだろう。つまり、彼女はぼくにそれなりの好意を持っていて、だから話しかけたということだ。

 自分で言うのもなんだが、ぼくの顔はそれなりにいいので、それに比例してそれなりにモテる。性格も基本的には悪くないので友達も普通にいるし、成績も毎回上位だ。だから、ああいう女子の反応や対応には慣れている。一日中同じような対応をしなくてはいけないのは疲れるが、同性からの妬みや嫌がらせはないし(ただ単にぼくが感じていないだけかもしれないが)、特に問題はない。

 将来は手堅く公務員を目指していて、いつかは素敵な家庭を築きたいと思っている。きっと誰もが一度は思うような、平凡な夢だ。絶対に叶わないようなものではないし、むしろ努力すれば叶う可能性のほうが高いだろう。

 だけど、ぼくにとってそれは叶わぬ夢だった。手をのばせば届きそうなそれに、触れることはできない。そもそも、触れることを許されていないのだ。ぼくがどんなに努力しても、それは叶わない。夢見ることさえ許されない。

 何故なら、


「夜神楽さん、さようなら!」

「ええ、またね」

「うおおおお、やったぜ!」

「お前すげぇな」


 靴を履き替え、玄関から出て歩みを進めていると、校門のあたりで歓声が上がった。そのやりとりを聞く限り、ぼくが先ほど名前も知らない女子と玄関で交わしたものとほとんど変わらない。ただし、そのセリフは男女反対だったけれど。つまり、とある男子生徒がとある女子生徒に話しかけ、その女子生徒が男子生徒にあいさつを返した、ということだ。

 ぼくのときと同じように、何人かに誉め称えられながら――悪く言えばはやし立てられながら――、その場を去っていく男子生徒。その後ろ姿が見えなくなるまで、声をかけられた女子生徒は甲斐甲斐しくそちらを向いていた。

 が、しかし。彼らが見えなくなったあと、正面を向いた彼女はすっと真顔になった。それは、今あったことからすべての関心がなくなったかのように冷たいカオだ。あいさつを返したときの微笑みも、男子生徒の背中を見送った甲斐甲斐しさも、すべてが消えてしまった。そこがぼくと彼女の違いだ。

 ぼくもため息はついたものの、基本的に声をかけられるのは嬉しいし、好意をもたれて嫌な気はしない。だけど、彼女は違う。彼女はあの微笑みの下でも、本当は彼に興味などないのだ。そもそも、あの微笑みすらニセモノだ。

 彼女が興味があるのはただ一つ。それは、


「あら、遅かったわね」


 それは、ぼくだった。

 自分のほうに近づいてくる足音が聞こえたのか、ふわり、と長い黒髪をなびかせて振り向く彼女。ぼくと目が合ったのを確認して、にこ、と浮かべた微笑みはホンモノだった。

 それに対して、ぼくはいっそう彼女に歩みより、同じように笑みを浮かべて口を開いた。


「ああ、待たせてごめん」

「いいのよ。どうせまた玄関でかわいい同級生に捕まっていたのでしょう?」


 口に手をあて、くすくす、と上品に笑う彼女。しかし、その口から出た皮肉ともとれる言葉に苦笑して、ぼくは肩をすくめた。


「君こそ、また声をかけられていたじゃないか」

「あら、ヤキモチ? 盗み見はよくないわよ」

「こんな公共の場で盗み見も何もないよ」

「ふふ、そうね。でも、ヤキモチの部分は否定しないの?」

「君のすきなようにとってくれて構わないよ」

「そう、じゃあすきなように解釈するわ。さあ、帰りましょうか」

「ああ」


 彼女のセリフにうなずいて、ぼくたちは自然にトナリに並んで歩き出した。すると、校門付近にはまだ人がたくさんいたためか、彼らがささやく声が聞こえる。


「相変わらず仲良いよね」

「やっぱり並んで歩くと絵になるなあ」

「幼なじみで家もトナリなんて反則だわー」

「絶対に割って入れないもんね」


 ぼく、一ノ宮灰人いちのみやかいとと彼女、夜神楽黒羽やかぐらくろはは家がトナリ同士の幼なじみであり、お互い顔がそれなりにいいから並んで歩くと絵になり、そして、絶対に割って入れない恋人同士であるということ。これはこの学校の常識のようなものだった。

 確かに、学校にいる間のぼくと彼女を見ていれば、この常識は真実だ。だけどそれは、学校にいる間のぼくと彼女「だけ」を見ていれば、の話だ。二人きりになったぼくたちを見れば、きっと彼らはその常識がまったくのデタラメだということに気付くだろう。

 何故なら、


「何がヤキモチだ、気持ち悪い」


 うちの学校の生徒の姿が見えなくなったところで悪態をつくと、彼女は驚いたカオをするどころか、待ってましたと言わんばかりにふん、と鼻で笑った。


「あら、すきなようにとってくれて構わないと言ったのはあなたじゃない」

「あんなの、あの場じゃそう言うしかないに決まってるだろ」

「だったら、あなたが本当にわたしのことをすきになってくれれば丸く収まるわね」

「冗談。誰がお前なんかすきになるか。お前みたいな――悪魔なんかな」


 にやり、彼女の口角が上がる。悪魔というのに相応しい妖しげな笑みだ。

 そう、彼女は悪魔なのだ。比喩ではなく、ホンモノの。




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