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グレーゾーンな恋人  作者: 久遠夏目
第二章 神話は語られる
16/32

07

 聞き覚えのある声が、背後から聞こえた。振り向けば、そこに立っていたのは用事があって学校に残っていたはずの、あの悪魔。


「あっ、黒羽さん!」


 それが黒羽だとわかった天ヶ原さんは勢いよく駆け出して、嬉しそうに黒羽に抱きついた。何だかしっぽが見えるようだ。


「用事は済んだのですか?」

「ええ。灰人と二人きりはどうだった? つまらない話ばかりだったんじゃない?」


 天ヶ原さんの頭を撫でながら失礼なことをほざいた黒羽が、ちらり、とこちらに視線をよこす。こいつ、ぼくのことがすきだって言ってるわりには、人のこと貶めるようなことをよく言うんだよな。自分から嫌われにいっているということに気付いていないのだろうか。


「そんなことありませんよ。わたしの記憶のこととか気遣ってくれましたし、そうそう、中学時代の先生から言われたことも聞きました!」

「『困難は、それを乗り越えられる者にしか訪れない。だから、神様は試練を君たちに与えるんだ。君たちには、それを乗り越える力があるということだよ』――かしら」

「そうです! って、あれ? どうして黒羽さんが知ってるんですか?」

「実はわたし、エスパーなの」

「ええっ!?」

「なんてね、冗談よ。わたしも同じクラスだったから知っているというだけよ」

「ああ、そうだったのですか。もう、ビックリさせないでくださいよ」

「ふふ、ごめんなさいね。真白の反応がかわいいから、つい」


 やっぱり、どう考えてもこいつのほうが天ヶ原さんを懐柔するのに向いていると思う。

 しかし、エスパーね。あながちウソではないから困る。確かにこいつにエスパーの能力はないのだが、さっきの登場だって見計らったかのようなタイミングだった。そのせいで、聞きたいことは水に流れてしまった。

 だけど、問い詰めても、こいつはきっと偶然だと言い張るだろう。これはあの条件違反すれすれだぞ。


「そうそう、わたし、さっき告白されちゃったの」

「えええええっ!? 黒羽さん、すごいですね! あ、もしかしてそれが用事だったのですか?」

「ええ。でも、わたしは灰人がすきだから、残念だけど丁重にお断りしたわ。でも、その人がとても良い人でね。じゃあ、自分の代わりに灰人と一緒に行ってくださいって、これをもらっちゃったのよ」


 そう言って黒羽が差し出したのは、ここからそう遠くはない水族館のチケットの割引券だった。結構大きいため人気もあるらしく、うちの学校の生徒にとっても格好のデートスポットになっている。そういえば昔、小学校の遠足で行ったことがあったっけ。割引券を見れば、最近リニューアルしたという情報が載っていた。

 しかし、どこのどいつかは知らないけど、なかなか度胸があるやつだな。もちろんぼくもたまに告白されることはあるけれど、黒羽という存在がいるためか、「付き合ってほしいわけじゃない」とか「ただ気持ちを知ってほしかっただけ」などと言われることが多く、黒羽も同じようなものだと聞いていた。

 だけど、今回の男子は黒羽をデートに誘い、さらには一緒に行ってもらえるつもりで告白したのだ。人の生死がかかっているので不謹慎だが、そいつに黒羽がなびいてくれればよかったのに、と思わずにはいられない。


「ふわー、そんなできた方がいるんですねえ。尊敬します」


 すると、天ヶ原さんが感心したように息をこぼした。いや、君も十分できた人だから。


「でもね、これ、期間限定で、今度の日曜日までみたいなの。でもわたし、土日は用事があるから行けなくて……」


 用事、という単語に思わずドキリと心臓が跳ね、嫌な予感が頭をよぎる。こいつ、まさか――


「だから、よかったら真白と灰人で行ってきてくれないかしら」


 そのまさか、だった。


「えっ、そんなの悪いですよ。せっかくその方がお二人にってくれたんですし、黒羽さんだって灰人さんとデートしたいでしょう?」

「そうしたいのはやまやまなのだけれど、どうしても外せない用事なのよ。真白の言う通り、せっかくもらったものなんだから、無駄にしたくないじゃない」

「で、でも……」


 戸惑ったように黒羽とぼくを交互に見つめる天ヶ原さん。

 ぼくも黒羽に視線を向ければ、やつは声には出さずに「よろしくね」と口だけを動かしたではないか。この女、本当に最悪だ。


「……ぼくは、別に構わないけど」


 いつもより低い声でつぶやくと、黒羽はにやり、と愉快そうな笑みを浮かべた。天ヶ原さんがいる手前、ぼくは自分の顔が引きつっていないかどうかが心配だ。


「ほら、灰人もそう言っていることだし」

「で、でも……」


 まだ迷っているらしい天ヶ原さんに対して、黒羽はにこり、と微笑み、ダメ押しをする。


「帰ってきたら感想を聞かせてね。次は三人で行きましょう。ああ、わたしと真白だけでもいいけれどね」

「あっそう。勝手にすれば」

「お二人とも、ケンカしないでください! ていうか灰人さん!」

「え、はい」


 ぐりん、と勢いよくこちらを振り向いた天ヶ原さんの顔が、ずいっと眼前に迫ってきた。どこか怒っているようでもあるその表情に気おされて、思わず敬語になってしまう。


「これは浮気なんじゃないですか? 本当にいいんですか?」

「え、ああ、別に」


 そんなことを言われても、そもそも黒羽とは付き合っていないのだから、浮気も何もない。そう主張したかったのだが、彼女は黒羽の味方っぽいし、余計に怒られてしまうかもしれない。


「友達と二人で水族館に行ってもおかしくないんじゃない?」


 だから、ぼくが適当にそれっぽい理由を述べると、天ヶ原さんははっとしたように口を開き、次の瞬間、ぶわっと紅くなったほおに手を当てた。


「そっ、そうですよね! すみません、勝手に勘違いしちゃって……」

「勘違い?」

「あら真白、灰人に気があるの?」

「ととととんでもない!」

「ふふ、別にいいのよ。前にも言ったけれど、人をすきになることは悪いことではないもの。確かに、越えてはならない一線はあると思うけれど、どんな立場の人をすきになったって、それ自体は何もおかしいことじゃないでしょう?」


 お前は越えちゃいけない一線を軽く飛び越してるけどな。人間の領域に悪魔が入って、あまつさえ寿命まで決めたやつが言っていいセリフじゃないだろ、それ。

 しかし何はともあれ、ぼくが天ヶ原さんを懐柔する絶好の舞台が整ったというわけだ。


「じゃあ二人とも、楽しんできてね」


 にこり、いつもと変わらないはずのキレイな黒羽の笑みに、わずかな違和感を覚えたのは気のせいだったのろうか。




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