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グレーゾーンな恋人  作者: 久遠夏目
第二章 神話は語られる
11/32

02

(当たり前じゃない。だってあのコ、天使なんだから)


 昨日――いや、もう今日の夜中か――いつものように勝手にぼくの部屋に侵入してきた黒羽の言葉がよみがえる。ただでさえ唐突にそんなことを言われて理解が追いつかなかったのに、この女はただそれだけ言い残して消えやがったのだ。気にならないほうがおかしい。


「どうもこうも、昨日――いえ、今日の夜中に言ったとおりよ。彼女は天使なの」


 ぼくが頭の中で考えていたのと同じ言い回しをした黒羽に(というかむしろ、それを考えていた自分に)イラッとしながらも、ぼくは自分の考えを口にした。


「つまり、天ヶ原さんもお前と同じで人間じゃない、ってことか?」

「ええ、そうよ。属性としてはまったくの正反対だけれどね」

「性格も正反対だろ」

「何か言ったかしら」

「別に」


 きっ、と黒羽に凄まれて、とっさに目をそらす。ぼくは事実を述べたまでだ。かなりの小声だったけれど。

 しかし、今問題なのはそこではない。


「でも、彼女が天使だって証拠はあるのか? それが事実だって証明できるのかよ」


 ぼくがもう一度黒羽のほうを向いて質問を投げかけると、黒羽はふっとおかしそうに笑った。


「何だよ」

「いえ、あのときのことを思い出しちゃって」

「はあ?」

「わたしが悪魔だと告げたときも、あなたはそう言っていたわ」


(えと、悪魔? 証拠は?)


 確かにその記憶はあるが、当たり前だろう。それまで人間だと思っていた相手にいきなり悪魔だなんて言われて、すんなり信じられるわけがない。ぼくは正しい反応をしたまでだ。

 そして、今回もそれと同じ。天ヶ原さんは昨日知り合ったばかりの相手だが、あくまで「人間」として知り合ったのだ。だから、彼女が天使だと言われても、やはりすぐに信じることはできない。

 まあ、悪魔がいるのだから、天使がいてもおかしくないような気もするけれど、ただの日常を過ごしていた自分がそんな非日常を簡単に受け入れていいのだろうか、とも思う。


「ならば、わたしも同じように聞こうかしら。何をどうすれば彼女が天使だという証明になるの? ってね」


 ぼくの質問に対する黒羽の答えは、至極まっとうなものだった。反論できずにぐっと黙りこむぼくに対して、黒羽はさらに先を続ける。


「そして、わたしは同じ忠告をしましょう。結局はあなたの捉え方次第なのよ、ってね」


 そうだ、こいつや彼女が人間ではないという完璧な証明はできない。いや、こいつの場合ははっきり人間でないとわかる部分がいくつもあるが、だからといって悪魔であると断定することはできないのだ。

 しかし、かといって何をどう証明すれば自分が納得できるのかもわからない。だから、結局はこいつの言うとおり、「ぼくがどう思うか」にかかっているのだ。

 ぼくはこいつを悪魔だと主観で判断することができた。ならば、今回も天ヶ原さんのことを天使だと納得することができるだろうか?


「人間でないものは人間でないものがよくわかる、としか言いようがないわね」

「会ってすぐには気付かなかったのに?」

「それはそれ、これはこれよ。気付かなかったものは仕方がないじゃない」

「開き直るなよ」

「でも、あなたにもわかるように根拠を述べろというのなら、まずはあの性格かしら」

「性格?」

「ええ、純粋で無垢で、人を疑うことを知らない。ちょっと抜けているところもあるけれど、常識はあるし、謙虚で気も遣える。人間の善いところを体現したようでしょう?」


 確かに、それはぼくも思っていた。しかし、それは天ヶ原真白という人物に対して誰もが思うことであるし、人間だとしても有り得ることだろう。だから、まだ根拠としては弱い。


「それから二つ目、これが一番わかりやすいかしら」

「何だよ」

「昨日、彼女と握手したとき、電流みたいなものが走ったでしょう? あなた、あれをどう思った?」

「どう、って言われても……静電気とは違うと思ったけど、でも、感電っぽくはなかったし、身体に異常もないしな。やっぱりちょっと強い静電気だったのかな、くらい」

「ああ、やっぱりね。あなたは人間だもの、何の影響もないでしょうね」

「何だよ、その言い方。じゃあ、お前には何か――」

「あら、もう忘れたの? 昨日、珍しく心配してくれたのに」


 昨日の握手のあとを思い出す。そういえば、こいつは彼女に触れた手を、それとは反対の手で押さえていた。しかも、やけに青い顔をしながら。せっかく心配してやったのに、茶化すように返されたから、すっかり忘れていたのだ。


「……やっぱり、あのとき具合でも悪かったのか?」

「ええ、まあね。あの電流は、言わば彼女の内側からあふれる善性みたいなものね。彼女を外側から包む聖性と言ってもいいかもしれないわ。だから、彼女に触れると、大抵の悪人は改心してしまうのよ。あなたみたいに普通に生活していれば、何の影響もないのだけれどね」

「は、それでお前みたいな悪のカタマリには効果抜群だったってわけか。そのわりには、まったく変わってないような気がするけどな」

「当然じゃない。だって、わたしは悪人じゃないもの」





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