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命題と恋愛  作者: 高居望
結婚相手!?
29/36

12/彼女

 旋律。僕はこの日、旋律を覚えた。

 何十人もの人が指揮者の指揮のもとで、ひとつの作品をつくっていく。形は残らない、それでも心に、客席で聞いている観客の心に、少なくとも僕の心には確かな形を持って残った。

 これまで数え切れないほどの人が、それこそ星の数にも劣らない数の人たちが、その生涯を音楽とともに生きてきた、そしてこれからももっと多くの人が音楽に魅了されていく、その音楽の持つ力、神秘的な何か、そのほんの一部を垣間見たような気がした。


 すごい。


 とても稚拙で、僕の体験を、僕の感動をこれっぽっちもあらわせていないけれど、本当にすごいと思った。耳に入ってくる、体に染み渡ってくるその音、そしてそれを奏でている演奏者。世の中には僕の知らない美しいものがまだまだあるんだなぁと、つくづくと思わされた。確実に、僕の中の世界が広がった。


 来てよかった。


 音楽なんて最近のJポップくらいしかしらない、クラシックどころかジャズだってブルースだっててんで知らないこの僕。今日のコンサートに誘われたときは正直どうしようか迷ったけど、おとぎの言葉に従っておいてよかった。『すばらしいものには、知識や経験なんて関係ない。ただ感じて、それが体を、心を伝わるもの』か。そうはいってもやっぱり・・・とか思いながらも、結局招待してもらった僕だが、幻の言葉が正しかったことをようやく知った。

 

 本当に、来てよかったーー




「お疲れさまっ! さやちゃんもかげり兄もすごかったね!」

「祭姉さん、ありがとう。私も自分で満足できる演奏ができたわ」

「うん。皆来てくれてありがとうね。それに春君、久しぶりだね。元気だったかい?」

 コンサートも終わり、現在は演奏後のパーティ。演奏を終えた影さんと鞘さんが合流して、間淵父母は知り合いに挨拶に回っている。

 当然ながら今までこんなところに来た経験はないので、正直かなり緊張している。影さんの挨拶にも若干声を上ずりながら返答する。

「は、はい。今日の演奏、なんていうか・・・すごかったです! 僕が感じたのなんてほんの一部なんだろうけど、音楽の力を見せられたというか・・・」

「春君」

 影さんは自分の唇に人差し指のふしあたりを当てた。

「言葉にしなくていい。今日感じたことは、君の中に少しでも残ってくれればうれしいよ。それで音楽に興味を持ったりしてくれれば、万々歳だね」

「は、はい!」

 やっぱりこの人かっこいいなぁ、そう思った。




「あら、こんなところにいたの?」

 慣れない場所にいたせいで少し疲れてしまったので、体の空気を入れ替えようと思って、会場の外、大きな自然公園を散歩していたところ、後ろから鞘さんがやってきた。

「あ、鞘さん。どうもです」

「うん。散歩してるの? よかったら、私もいい?」

「ええ、もちろん」

「ありがと」

 そう言って、僕の横に並んで歩く。そういえば鞘さんと二人で会話をするのは初めてかもしれない。そう思うとだいぶ抜けてきていた緊張が再び戻ってくる。

「ふふふ、そんなに固くならないで。かわいい顔が台無しよ」

 もう一度ふふふ、と笑いながら両手を後ろに組んで僕の顔を覗き込んでくる。

 目と目が合った。なんだかからかわれているようで恥ずかしい。

「なんて冗談。怒った?」

「いいえ、怒ってなんか・・」

 なんだかペースを持ってかれているな。しかし、それがわかったところでどうにもならない。

 問題の原因がわかることと、それに対処することとはまるきり違うのだ! って、偉そうに言うことじゃないけど・・・。


「ねえ、音楽は好き?」

 彼女は再び僕の横に並び、こちらを見ながらたずねてきた。

「え? えっと・・・」

「大丈夫よ、落ち着いて。はい、深呼吸よ。吸って、吐いて、吸ってー」

 言われるがままに深呼吸をする。

「あ! 今、私の胸見てたでしょ」

「ぶっ!!」

 吹き出した。吸っていた息を吹き出した。

「あらら、冗談のつもりだったのに。でもそんなに反応してるってことは・・・、もしかして・・・」

「いいえ違いますやっていません僕は何も見ていません!!」

 句点も読点もなしで一息。誤解を解くために必死になっている。そりゃ、必死にもなるだろう?

「んん~、そんなに必死に言われると、余計怪しい・・・かも?」

「ノォォォウ!!!」

 なんだかどんどん深みにはまっていくような・・・。

「容疑は深まる一方・・・」

「I don't watich your mune!!」

「あははっ。muneって。・・・ふっ、あはははっ」

 つぼらせてしまった。僕の名誉と学力のために弁解しておくけど、胸がbreastだってことぐらい、わかってるんだからねっ!! ・・・本当だよ?

「ごめんごめん。ちょっとからかってみただけ。リアクションのあまりの面白さに、つい」

「・・・」

 さすがにすぐに許すことはできない。ちょっと黙って困らせるのが許されるぐらいには、僕の負った傷は深いよね?

「ごめんって」

「・・・」

「ごめんねってば」

「・・・」

「えっと・・・胸見たいんだっけ?」

「違います!!」

 負けた。この人、黙秘すらもさせないのか・・・。

「ふふっ、楽しいわね」

 そりゃあなたはね、とは言わない。

「でも、これで緊張もほぐれたでしょ?」

「え?」

 言われてみれば確かに。保身に気が行っていたせいか、いつの間にか彼女と冗談のような会話ができるようになっていた。ここまで見越していたなら、すごいな。

「緊張もほぐれたところでもう一度。do you like ongaku?」

 さっきの僕のネタの変化形か。今度のは知能を疑われることなく、冗談だってわかる単語だな。言い訳を付け加える必要もあるまい。

 僕はもう一度深呼吸して、意見を述べる。

「正直言うと、今まではそれほど興味はありませんでした。クラシックとか、一切かかわりのない人生を送っていたので。でも、今日のコンサートで生の音を聞いて、なんていうか、こんな美しいものがあったんだなぁって思いました」

 リラックスして、心のうちを滑らかに言えた。会話に大事なのはリラックス、そういうことかな。

「そう、それはよかったわ。演奏している側としては、私の音が聴いている人に届いて、その人が何かを感じてくれるとすごくうれしいのよ。今日は春君に音楽の楽しさを伝えられた、それだけで大満足よ」

 にこっとかわいらしく微笑んだ。自然とこちらも微笑がこぼれてしまう。

「音楽はね、ずっと昔から、きっと何千年も前でも、奏でられてきたと思うの。長い歴史の中、いろいろなものがかわっていったけど、音楽と言う存在と、それを愛する人たちはいつの時代にも、どこの場所にも変わらずいたのよね。そうやってずっとずっと愛されて奏でられてきたのが音楽。今このときにもどこかで音楽が奏でられている。なんだかロマンチックよね」

 たそがれの空を眺めながら、そんなことを言う彼女。

「ふふっ、ちょっとしゃれすぎかしら?」

「いいえ、そんなことないと思います。僕もロマンチックだなって思います」

 自分の気持ちを正直に述べた。なんだか緊張もだいぶ解けてきた。

「そっか。君はこんな話でも聞いてくれるんだね。ありがとっ」

 彼女の人となりが少しわかったような気がした。



「そういえば、君は命題の話が好きなんだよね」

 散歩も十分ほど、体の緊張はもう完全に解けた時、鞘さんはそう声をかけてきた。

「え? あぁ、幻とよく話したりはしていますね」

 急な話題にも、何とか返答する。

「今日は君が私の演奏を聴いたんだよね?」

「えっと、そうですけど」

「じゃあ、こんどは私が君の命題を聞く番だね」

 ポン、と手を叩いて、今思いついたかのようかの発言。いや、明らかに狙っただろ! なんてことはとても言えない。

「そうだよね。じゃあ聞かせてもらおうかしら。えっとね、『どうして音楽を聴くのか』、それがききたいな」

 ニコッと微笑んでそう告げる鞘さん。これは僕の力では断れないな・・・。

「・・・わかりました。拙論ですがお聞き願いましょう」

 僕はおどけて、右手をへその前に、左手を腰に当て、紳士がそうするように、軽やかにお辞儀をした。

「まぁ楽しみ!」

 彼女も道化に付き合ってくれて、両の手を頬に当てて、楽しそうに微笑んだ。

 これまでの何度かの対話式命題の経験を生かして、僕にはちょっと試してみたいことがあった。今回はそれをやってみよう。

「えっと、ご存知のとおり僕は音楽には疎い男なので、鞘さんにもいくつか質問させてもらいますが、いいでしょうか?」

「うん、私でよければ」

 快い返事をもらえた。これで準備はばっちりだ。




「音楽を始めたきっかけ? えっと・・・家の両親が音楽好きで、小さいときにお母さんにピアノを習ったのがきっかけかな。私に限らず、幻ちゃんだってピアノ弾けるのよ。今度弾いてもらったらどう? まぁあの子は、子供のときやってました、でやめてしまったけど。子供のときはピアノやってました! ってよく聞く台詞よね。それだけ音楽が愛されているということかしら」

「ええ、お母さんもピアノが弾けるのよ。お母さんもそのお母さん、私のおばあちゃんに習ったみたいで、そういう意味では音楽と共に生きている家族なのかも」

「ふふっ、音楽が友なんて、面白い言葉遊びね。さすが春君、私たちは音で表現するけど、あなたは言葉で表現するってわけなんだ」

「フルートを始めたのは小学三年生のとき。オーケストラの演奏を聴いて、それがフルート協奏曲で。モーツァルト、知ってるわよね? モーツァルトのフルート協奏曲、私が今日演奏した曲もそれだったのだけど。そフルートについてはそれがきっかけかな。親戚にはフルートが吹ける人もいたから、勉強する環境としては困らなかったわ」

「ええ。親戚にも音楽を好む人は多いの。私にとってはそれが普通だけど、春君にとっては珍しいのかしら」

「どうして音楽を続けているのか? そうね・・・。ちょっと照れくさいけれど、笑わないでね。音の持つあの、心を揺さぶって、体を震わせて、神秘的でまぶしい力ーーそれに魅せられているからかしら。あんな音を自分も出してみたい、あんな力を自分にも仕えるのか知りたい、それが私が音楽を続けているしている理由」

「うん、そうね。何事もそうだけど、『続ける』ことは簡単じゃない。何度練習してもぜんぜん上達しない、そういうこともあるわ。だんだん悲しくなってきて、自分には才能がない、これ以上やっても無理、そう思うこともあるわ。ーーでもね。とても高かった壁を越えられたとき、ずっとできなかったことができたとき、そういうときに感じる喜び、何にも変えられない達成感、それが音楽を続けている支えになっているのかも知れないわ」

「って、私の身の上話と命題に何か関係があるの? 話が冗漫な人は嫌われるわよ? そろそろ君の意見を聞きたいんだけど」

「え? もうまとまっている? 何よ、それならそうと早く言ってくれればよかったのに。それじゃあ、ぜひお聞かせ願いましょうか」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「ふふっ、なるほどね。君が私にいろいろ聞いてきたのは、そういうことだったのね。なんだか頭を整理されたような、私の中にあったけど見えてなかったものを示してくれたような、不思議な感じね」

「ええ、満足よ。でも、欲を言えばもうひとつだけかな」


「君の意見は、どうなの?」




「それで、私に声もかけずに散歩に出かけて、私は置いてけぼりにして鞘姉さんと一緒に散歩して、私を仲間はずれにして鞘姉さんと命題について話して、私のいないところで行われた対話は、たのしかったかしら?」

 歌うように言葉をつむいでいる。表情は笑みを浮かべているだろう。とても楽しそうな、そんな分言いを漂わせていた。

 しかしーー彼女は今、僕を尻に敷いている。

 ・・・。

 いや、比喩的なそれではなくて、将来の暗示とかそういうものでもなくて、本当に、実際に、ここ幻の部屋において彼女はうつぶせの僕にのっかかっているわけだ。僕の頭を見るようにまたがって、かかとで肩のあたりをぐりぐりやっている。

 ・・・、説明しよう。『こんな情けない図ができるまで』について語ってみよう。聞いてくれるかな?


 まずは現在がどの時系列にあるのか、取っ掛かりはこれかな。

 端的に言えばパーティ後。もう少し詳しく言うなら、あの音楽会が終わり、車で間淵家一家に帰宅。ちょっとしたお茶の時間を経て、現在幻の部屋。時刻は午後八時半。

「謝罪するべきことはないかしら?」

「謝るときはうつ伏せじゃなくて?」

「次の質問に必ず軽いと答えること」

 彼女の放った言葉の一部だが、これでなんとなくわかるだろう。

 『こんな情けない図ができるまで』終わり~。


「それで、どうだったの?」

 依然として僕に座ったまま、彼女は口を開いた。

「え?」

 今日は『え?』ばかり使っているような気がする。なんだかアホキャラみたいで嫌だな・・・。

「だから、あなたの鞘姉さんへの答え。一つ目のほうは何て言ったのって聞いているのよ」

「あぁ、それはね・・・」

 『音楽を広めるため』。僕が鞘さんに応えた考えはそれ。

 僕があの時何をしていたのか、もう大体わかっているだろうけど、一応答え合わせ。僕はあの時ーー書庫を得ていたのだ。僕の意見を裏付ける証拠。

 厳密に証拠というなら、もっと人数を増やして統計を取る必要があるのだろうけど、ちょっとした会話程度でなら一人で十分。僕の意見を納得してもらう程度なら、それでオッケー。

 たとえば、『音楽を聴いて、自分もやってみたいと思った』『自分の音楽を聴いて、音楽が楽しいと思ってもらえればうれしい』などなどの発言。そこから導き出した、ちょっと変わった(、、、、)意見。

「音楽には人をひきつける力があり、魅せられた人はまた別の人へ音楽を伝える。そうして音楽が、自分が絶えないように人に伝播させている、ね」

 まるで生き物のように、子孫を残すかのようにーー音に魅せられた人の心の中で生きて、そして別の人にも人を通して移動、その人の心の中でも生きていく。

「音楽に意志を持たせて、人の手から離れた、人の力を超えた存在として見るわけね。ふふっ、ロマンチックね」

 ロマンチック。又は残酷。だって人は音楽に支配されているーー僕の意見からはこの主張が生み出されかねないから。

 でも、もしかしたらーーそうなのかもしれない。そう思っておこう。

「それで」

 彼女は体勢を変え、今度は僕の上にうつ伏せになった。僕のほうが背が高いので、彼女は全身で僕に乗っかっている。

「二つ目の意見ーーあなた自身の意見は?」

 そう、一つ目のアレは、鞘さんの意見というか、思いから生み出した、彼女に影響されての意見。僕自身のとはまた別物なわけだ。

「えっと、すっげー単純だよ?」

「かまわないわ」

「ーー耳が気持ちよくなるから」

 これが僕の、何も格好をつけていない率直な意見。教養のなさがにじみ出ているようなもの。

「・・・ふふっ」

「ん?」

「それも、悪くはないんじゃない?」

 彼女は微笑んだ。顔は見えなくてもわかる。ーーこれだけそばにいるんだから。




 幻への鞘さんとの命題の報告も終わった。これでパーティでおいていってしまったことも埋め合わせられたかな。

 今日の僕がすることは、すると決めていることは後ひとつ、残っている。大事な大事な、今日の中ではもちろん、今までの人生の中でも。

 深呼吸。

 うつ伏せのまま深呼吸してリラックス。緊張するな、リラックスだ。

 そして、先ほどのままの体勢、そこに変化をつける。僕は、体を右に四分の一回転、左に半回転した。彼女を振り落とさないようにゆっくり、寝転んだ状態で正面から向き合う。

「春、くん?」

「幻」

 彼女の方に手をかけ、体を起こす。余計な力を入れないで、据わった状態で正面から向き合う。

「幻」

「春くん」

 彼女の手をとり、立ち上がる。ゆっくりと、立った状態で正面から向き合う。

「幻」

「はい」

 手が震えている。やっぱり緊張せずにはいられないか。しかたないのかもしれない、それほど大事なことなのだから。

 彼女と正面で向き合う。目を見つめ、彼女も目を見つめ返してくる。

 僕の緊張が移ってしまったのか、彼女も心なしか手が震えている。

 言おう。勇気を出して、馴れ合いに甘んじないで。面と向かってちゃんと言ったことのない、その言葉を。




「幻、好きだ」

 今回はどこで区切っても不恰好になってしまう気がしたので、だいぶ長くなってしまいました^^;

 さて、次回から最終章です。最終章は命題大目になると思います。

 最後まで読んでくださった方、ありがとうございました^^

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