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「あれ、ここは・・・」
あれれ?
あれれれれ?
あれれれれりぇ、あ、かんじゃった。
なんてぼけている場合じゃない! あいにくだけど、今の僕にはそんなギャグをやっている余裕はない。いや本当に!
現在パニック中。えっと、とりあえず、僕はさっきまで何をしていたんだっけ・・・確か、ベッドで本を読んでたかな・・・。
自室で読書にいそしんでいたはずのリーダー(読む人)こと僕が、どうしてこんなところに?
って、あれあれといつまで言っていても仕方がない。もしかしたらあるかもしれないけど、迷える子羊に救いの手が差し伸べられるかもしれないけど、ここは自分で動くところだろう。
『不測の事態に陥ったときにも己を見失わない』、それは僕にはまだまだ無理なようだ。でも、いまからでも、『しばらくしたら落ち着いた』にランクダウンするけど、現状を見つめてみよう、自分で。
「ふぅ、このドッキリにもそこそこリアクションしてあげたし、もういいかな。さ、そろそろアクションに移ろう」
誰に言うわけでもないけれど、とりあえず僕は言い訳じみたことを言ってみた。
さてさて、こういうのは5W1Hであらわせばいいのかな? いや、『どこ』だけを説明すれば十分だろう。少なくても、僕の取り乱し荷も納得してくれるだろう。
おっと、その前に腰を落ち着かせてもらえるかな? あのふかふかしそうないすにでも座らせてもらおう。
ん、よし。なかなかのいすだ。これで本当に落ち着くことができた。それじゃあ、話を戻そうか。
「図書館っ!」
え? よく聞こえなかった? それは失礼、それじゃあもう一度。
「ラィブラリィィ!!!」
どうだ、図書館だ! ライブラリーだ! 驚きだぁ!!
それも、そんじょそこらの図書館じゃあない。いや、いつの間にか図書館にいる時点ですでに驚きだけれど、その図書館もまた、驚きに値する異常さなのだ。
県立図書館、僕が今までに行ったことのあるもっとも大きな図書館だけど、それでようやく『ここ』の広さ、本の多さを伝える物差しになる程度。
バームクーヘン状のフロア、そのカーブに沿うように、何列もの本棚がそびえている。ここからだと断定はできないけれど、おそらくこのフロアを一周、この大きな本棚が設置されているのだろう。
そして、ここは四階、・・・、四階だ。情報のソースはたまたま目に付いたプレート。とりあえず信じて間違いないだろう。つまり、この規模のフロアが下にあと三つ(一階は受付やらないやら打としてもあと二つ)、そして上にもいくつか・・・。
中央が吹き抜けになっているので、ここからは何回にもわたって背お膳と並んでいる本が見える。
まさに本の館。
どうだ? これなら驚いても仕方がないだろう? むしろ、数分のあたふたで落ち着くことができた、そのことを評価してもらいたい。
なんて調子に乗ってみたり。
「それは言い過ぎね。すぐに落ち着いたことを評価? 五十歩百歩、知らないかしら?」
突然、何の前触れもなく僕のひざの上に、幻が現れた。
「うぉお!」
驚いた! これはリアクションしてやったわけではなく、本当に心のそこから驚いた。
「大丈夫? まさかそこまで驚くなんて・・・」
幻が少し引いている。まるで予想外だったとでも言わんばかりに。
「いや、さっきの叫びは妥当だよ」
・・・そうだよね? だって、突然現れたし・・・。
「そう、春君はそんなことで驚くのね。なら、普段の生活も、あなたにとってはビックリの連続なのかしら? こんなこと、毎日腐るほどおきているでしょうに」
「そんな日常、御免蒙る!!」
どこの日常だよ。
「ふっ、まぁいいわ」
「何に対しての笑い!?」
僕の肝の小ささか? でも、あれって・・・、普通は驚く、よね?
そもそも普通なんて独断以外の何者でもないけれど、そんな屁理屈はおいておこう。
「それにしても、どうしてこんなところに・・・」
落ち着いたといっても、僕が、僕たちがここにいるのかが判明したわけではない。むしろ、冷静になったことでこの謎がより目に付くようになった。
不可解が不可解なまま残っていると気味が悪い。
「『どうしてここにいるか?』それは重要なことではないわ」
・・・そうかな?
「大事なのはここで何をするか? もっとも、そんなことは決まりきっているけれど」
・・・そう?
「まさか、本がたくさんあるから読書でも始めるってわけ?」
「いいえ、でも『本』に着目しているのはグッドね」
グッドをいただいた。わぁい。
「今ここでやるべきこと、それは命題よ!」
まぁ、そう言うことはなんとなくわかっていたよ。でも、今やるべきことはそれではないだろう・・・。
場所は変わって、一階のロビー。一階のちょうど上が吹き抜けになっているところ、そこは憩いの場として用意されたスペースのようだ。
当然ながら、僕たちは別々のいすに腰を下ろす。
「さて、それでは命題をはじめましょうか」
命題、今ここでやるべきことではない。それは明らかだ。
でも、幻の一言によってそれが現在の最優先事項となった。
『命題が終わったら、ここから出ましょうか。出口ならさっき見つけてきたから』
・・・、命題が終わったら出る、逆に言えば、命題が終わるまでは出ない。
そんな脅迫まがいのことをされて、僕は命題に付き合わざるを得なくなった。
まぁ、命題に興味がないわけではないし、幻と語りたい命題がひとつあるし。この場所にぴったりな、うってつけの命題が。
「『本を読むとは何か』、家で本を読んでいてふと思ったんだ」
そう、ここに来る前、まだ僕が自室にいたときにそんなことを思っていた。
そうしたら、いつの間にかほんの館にいるんだから、いやはや驚きだ。
「このシチュエーションにぴったりの命題ね。それに面白そうだわ、今日はそれにしましょう」
えっと、僕が質問をしながら命題をといていくんだっけ? これって、出題側も意外と難しいな。幻は軽々とやっていたからその難易度に気がつかなかった。
今回の命題は僕の立案。つまり事前の思考タイムはあった。
でも、いくらこっちに多少の『下準備』があるからといって、僕のすることはいわば『導き』。されるほうは助かるけれど、するほうは助ける役だ。難しくないわけがない。
まぁそれでも、それをやらなくちゃいけないんだけど。やる前から泣き言は格好悪いな、とりあえずチャレンジだ。
「僕も君も読書はするほうだろ。それも生活のサイクルに含まれてりるほどに」
「そうね、読書は毎日してるわ」
「そうすると、これまでにそれなりの量を読んできたわけだよね」
「まぁ、そうね」
「その中の、どれくらいの内容を覚えている?」
「・・・どうかしら?」
「題名だけなら?」
「きっと忘れてしまったのもあるわね」
「そうだろう、僕もそうだ題名だけならまだしも、その中身、内容まで聞かれると、それほど説明できないと思う」
「でも、そういうものでしょう? すべてを暗記しているなんて、そんな人はいたとしても間違えなく少数派だわ」
「僕もそれには同意だよ。人は忘れる、それはいいことでも悪いことでもあるんだから」
忘れる、これについても対話してみたいけれど、今は今の命題に集中。
「忘れてしまった本、誰にだってあるであろうその本。僕たちはその本を、『読んだ』って言えるのかな?」
「・・・なるほどね」
どうやら言いたいことが伝わったらしい。さすが幻。
「昔読んだ本の内容を忘れてしまった。それは事実。なら、今が昔になったとき、たとえば二十年後、今読んでいる本の内容を忘れていたとしたら、僕たちは今、本を読んでいるといえうるのかな」
今読んでいる本、それも永遠に記憶の中に鮮明に残るわけではない。本の内容を忘れてしまったなら、その本を読んだとはいえない。だったら、未来を見据えてみれば、僕たちは本を読んでいるのだろうか? ただ眺めているだけなのだろうか?
「そうね、私は『読んでいる』と思うわ」
まっすぐと僕のほうを見て、そういった。言いたいことの出だしを見つけたようだ。後はその道をたどっていくだけ。
「そもそも私は、『本を読む』ことは『内容を覚える』ことではないと思うの」
まずは僕の考えの否定から。僕は本の内容を忘れたら、その本を読んでいないことになるといったけれど、そしてそれを半ば当然のように考えていたけれど、その前提が幻とは違うのか。
「『本を読む』ことは『本から何かを読む』こと」
本から読む、何を?
「その本を読んで何かを感じること。愛とは何か、人の心の汚さ、本当にある善意、そんな、作品を通して考えさせられるあれこれを。そして、それらを自分の中に取り入れること。受け入れるのではなくて、取り入れること。信じるのではなくて、それを知ること。数ある考えのひとつとして、決してそれを盲目的に信じるのではなくて」
「それが『本を読む』こと」
「そう、それが私の思う、『本を読む』ということ」
なるほど、その本を読んで感じたこと、考えさせられたこと。自分を変えてくれる、変えてしまうもの。本に影響をされること、それが本を読むこと。
「たとえ、細かな内容を忘れてしまったとしても、そのときに感じたことは、あのときに思ったことは、このときに知ることは、自分の中に残って、『わたし』の一部になる」
「『ぼく』の一部に」
「だから、いうなれば、『本を読む』ことは『わたしつくり』ということね」
「『わたしつくり』か。なんかいい言葉だね」
「そうね、われながら相変わらずの良命名だわ」
・・・。それは違う。
「さて」
幻が立ち上がる。今日の命題はこれで終わり、その合図。
僕も立ち上がった。さて、これで帰宅か。そういえば、結局ここはどこなんだろう。それと、ここにある本って、読んでもいいのかな?
これだけの量の本は、僕を少なからず興奮させている。もしかして、間淵家の持ち物なのだろうか、だったら何冊か借りたいな。ちょっと幻に尋ねてみようかな。
「こんな素敵な命題をくれた春君には、『お礼』をあげます」
僕が今まさに幻に話しかけようとした時、不意に、何の脈絡もなくそういって、僕に抱きついた。
「はぐ?」
急に抱きつかれると、さすがにドキッとする。
「いいえ、目をつぶって」
『お礼』とやらはどうやら別のものらしい、なんて考えていると、幻の顔が、口が、近づいてくる。
こ、これは・・・。
幻との出会いから早四ヶ月、12月も中旬に入り、寒さにも慣れてきた今日この頃、じゃなくて! そんな手紙の決まり文句じゃなくて、コレはアレなのか? 僕の計画が完璧に崩されてしまうけど、ここでアレなのか? そんな唐突な、いや、でもそういうものなのか?
幻が寸前のところで止まる、目をつぶっていてもわかるほどに近づいて、そしてそこで停止した。
ここからは僕の役目なのか? そうだろう、だいたい、女のこの方からアレをするのは、一回目は僕のほうからしたという、そんな気持ちを感じて、受け入れてくれたのだろうか。だとしたらありがとう!
僕は勇気を振り絞って顔を近づける。当然初体験だ、緊張もするさ。笑うなよ。
でも、それは幻も同じ。いや、幻が初体験かどうかはわからないけれど、この状況で緊張しないはずがない。はず。
でも、半端なく緊張している、このままだと息が荒くなってしまいそうだ。それはさすがにまずいだろう。なんとか一度落ち着かないと。
そうだ、リラックスのために、一度だけ目を開けて、幻の顔を見てみよう、きっと真っ赤に染まっているはずっ! それを見れば僕も落ち着ける。
そんなどうでもいい好奇心から、僕は眼を開いてみた。ゆっくりと、少しずつ・・・。
「あれ?」
真っ白だ。予想していた色ではなく、真っ白だ。
というか・・・というか、とういか、というか!!
天井だ。
僕の目に映ったのは、自室の真っ白な天井。他人に見せても何の遜色もない、立派な天井だった。
・・・。
・・・・。
・・・・・。
「夢?」
投稿に間を空けてしまってすみません^^;
今回は二話に区切ろうかとも思いましたが、一話にまとめました。
最後まで読んでくださった方、ありがとうございます。よかったら、これからも暇つぶしにどうぞ!!