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命題と恋愛  作者: 高居望
結婚相手!?
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10

「ごちそうさまでした」

 おとぎの手作り料理の味、単純な料理としては可もなく不可もなくだったが、幻のもともとの料理能力、それをかんがみればその評価はかなり違ってくる。なんて、偉そうに批評家ぶってないで正直な感想を述べよう。

「おいしくいただきました」

「そう、それはよかったわ」

 幻は、自分のと僕の皿をまとめて流しへ持っていこうとする。

「あぁ、後片付けは僕がやるから、少し休んでてよ」

「いいえ、春君だって風呂掃除をしてくれたわけだし、これは私がやるわ」

「じゃあ、ふたりで片付けようか。僕が食器を洗うから、幻はそれを拭いてよ」

「・・・わかったわ、そうしてもらいましょう」

 僕がやる! って主張しても、幻はきっと自分の意見を曲げない。だったら折衷案、二人の意見を取り入れたものが最適だ。

「それにしても料理、本当に上達したよね。たぶん僕より幻のほうがうまいよ」

 あまり公表していないけど、僕もそれなりに料理ができるのだ。まぁ、『それなり』は超えない程度だけど。

「私が両目を開ければ、こんなものよ」

「本領発揮っ!?」

 なら料理ができないのも仕方がない。というか、それ以外のことができている時点でかなりすごいだろ。それと、もしかしたら気づいていないのかもしれないけど、目、割と開けてたよ。

 僕は食器をスポンジで洗って、それを彼女に渡す。彼女はそれを受け取ってふきんで拭いて、食器棚に戻す。こういう『家庭』の仕事を彼女とやるのは、なんだか、悪い気はしないな。

「これで最後だね」

 最後に二人分の箸を洗って、幻に手渡した。

「そうね、おつかれさま。飲み物いれるから、居間に戻ってて」

「了解」

 先に戻るように促されて、居間にある上質そうなソファに座ることにした。

 ふう、これでひと段落。飲み物でももらって、少しくつろごう。 そして、その後には・・・。『行動の責任は誰のものか?』、それについては考えさせられることがいろいろとあるけど、それよりも、命題形式の変更。会話をしながら命題をといていくということなのだろうか。

 思えば、僕たちはいつも、どちらかが出題してどちらかが答えるといった、一方通行とまではいかなくても、ほぼどちらかが語り通す形式をとってきた。そう表現すると、なんだかそれが悪いことのように見えるけど、それは言うならば発表、別に悪いことはない。

 でも、今回からは発表が討論になる。それはつまり、会話をしながら同時に考え事もするということだ。考えるセンスはもちろん、考えをまとめる瞬発力が重視される。それも、話をしながら話を聞きながらの思考、当然集中力も落ちる。

 この前のピクニックでの四題命題のさらに難易度が上がったもの、と考えればいいのだろう。

「お待たせ。紅茶でいいかしら?」

 幻が紅茶セットを持ってキッチンから戻ってきた。ここに座ってからまだ一分もたってない気がしていたけれど、どうやらかなり考え込んでいたらしい。

「うん、ありがとう」

「これくらい、土下座には及ばないわ」

 ・・そりゃ及ばないだろう。

 幻は僕の隣に座った。ほかにもいくらでも座れる場所はあるのに、それにこれから『命題かいわ』をするんだから対面しているほうが話しやすいのに、隣に座った。それもピッタリと。

 こんなことでいまさら緊張なんてしないけど、心がまったく反応しなかったと言えば嘘になる。

「さて、それじゃあ始めましょう」

 紅茶を入れながら、開始を宣言した。久方ぶりの命題の始まり。

「『行動の責任は誰のもの?』これが今回の命題。この命題は少し曖昧だから、まずは具体例から入りましょうか」

 確かに、僕が今回一番悩んだことは、命題の曖昧さ。いや、今までも十分曖昧だったけれど、時間は与えられていた。厳格な定義はなされていなくても、そこからオリジナル(自分の見解)を考える猶予は与えられていた。だから曲がりなりにも討論、いや演説は成り立っていた。

 しかし、今回は下準備がない。オリジナルを考える時間がない以上、具体例という導きがあるととても助かる。もちろん、土下座するほどではないけれど。

「たとえば、ある少年が万引きをしたとします」

 ・・・、なんか嫌なたとえだな。でもこんな例を使うからには、それなりの理由があるのだろう。

「万引き、彼は万引きをしてしまった。このとき、この万引きの責任は誰にあると思う?」

 第一に思いつくようなことは大体間違っているというけれど、そして今回もやはり間違っているのだけれど、僕はつい反射的に答えてしまった。

「そりゃ、万引きをしたその子じゃない?」

「そう。でも、もしその子が万引きを悪いことだと知らなかったとしたら?」

「・・・、それを教えなかった親が悪い、かな?」

 たった数秒で意見が変わってしまったけど、もしその子が悪を悪と知らないのだったら、それを教えなかったその子の親に非があると思う。

「じゃあ、その子が万引きを誰かに強要されていたとしたら?」

「強要した奴も悪いけれど、それに従ったって言うのも・・・」

 なんだかよくわからなくなってきた。それに、誰が悪いなんて考えるのは浅ましいことのように思えてきた・・・。

「この具体例における行動とは『万引き』ね。その責任は誰にあるのかについて考えてみたけれど、その子の状況によって、また私たちの考え方によって、その責任者はころころと変わってしまうものね」

 ころころと、本当にころころと変わっていく。逆に、その万引きの責任がない人がいないような気がしてきた。

「極論を言ってしまえば、その子供とかかわったことのある人には皆、責任があるといえるわね。その子とかかわった時に、万引きがいけないことだって教えることが本当にできなかったのか、そう考えればね。そしてそのかかわった人にかかわった人にも責任があるといっても過言ではないわ。その人に、万引きが悪いことだって子供に教えるべきだと教えていなかったのだから。少なくても、その子の背景を作った人間は皆、責任者ね」

 かなりスケールの大きな話になってきたけど、屁理屈が許されるのなら、そうとも言える。

「さらに言えば、その盗まれた商品、それが魅力的だったことにも責任を見出せるわ。まぁ、それを製作した方々は『とんだとばっちりだ!』というと思うけど。とんだとばっちり、ふふふ」

 ・・・。雰囲気がぶち壊しだ。もう慣れたけど。

「でも、その万引きについて、本当に皆に責任があるのか?」

 そんなのは、所詮屁理屈じゃないか。言いがかりといってもいい。

「ないわね」

「ないのかよ!」

 さっきの持論はどうした! その発言の責任は自分にはないって言うのか??

「落ち着いて、さっきのは少し大げさに言っただけよ」

「少し、じゃなかったけどな」

「それならあなたに質問するわ。少年の万引きについて、その責任は誰にまであって、誰からはないの?」

 むぅ。そう言われると難しい・・・。

「う~ん、その子供とその両親。いや、親に限らず、その子供を道徳的に導くべき人にも?」

「それって、つまりは社会。そしてその構成員、つまり皆ってことじゃないかしら?」

「あ・・・」

 あれ? 皆に責任があるというのはいいすぎだ! だなんて言っておいて、結局たどり着く結論が『皆』か・・・。

「そう、結局皆なのよ」

 皆。僕や幻や、僕らの家族や、知っている人や知らない人、皆。

「今回の命題で結局何が言いたいのかというと、それは決して、皆が悪い! なんて、そこから何も得られない事実ではないわ。私が言いたいのは、『責任がない人なんていない』ということなのよ」

 誰もが責任者、つまり無責任者ゼロ。やっぱり大げさに聞こえるけど、僕自身もその結論に達してしまった以上、大げさ大げさなんて言うまい。事実を受け止めよう。

「責任がない人はいない、それがどんなことでも。それが私の言いたいことよ」

 僕はよく、そんなの僕には関係ない! なんて心の中でつぶやいているけど、そんなことはない! ということなのか。どんなことであれ、無責任でいてはいけない、いけない。

「一応ちゃんと結論をつけておきましょう。『行動の責任は誰のもの?』それは『誰も』。『誰も』はイントネーションで意味が変わる、対極の意味を持つ言葉。あなたは『誰も』をどう読むかしら?」

 ・・・。結論なんてとっくについているのに、あえてまとめなおした理由はそれか。

 最後までギャグみたいで、なんだかしまらないけど、その読み方はもちろん・・・。

「   」

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