無視する彼女の攻略法
今日は隣町の図書館まで散歩だ。徒歩一時間、自転車を使えばもっと早くいけるけど、あえて歩くことに意義がある。歩いていくことで普段見えない風景が見えてきたりする。それに、誰かと一緒に行くときは、歩いて行く方が会話とかもしやすいしね。
「あー、えっと、それにしてもいい天気だね!」
「・・・・・・」
「いい天気の日に散歩をすると、体の中の空気が入れ替わる感じがするよね!」
「・・・・・・」
「今日は付き合ってもらって悪いね。疲れたりしてない? 少し休む?」
「・・・・・・」
・・・。先ほどから一人会話が続いている。ここまで無視されると、むしろすがすがしいぐらいだ。
当然だけど僕は今、二人で歩いている。決して一人演技ではない!
久しぶりに二人で話したいと思って昨日の夜に連絡したんだけど、返信は空メールだった。それをどう受け取ればいいのかわからなかったけど、とりあえず集合時間と場所を送っておいた。
そして今日の朝、一応集合場所に行ってみたら彼女が来ていた。こないかと思ったよ~、って感じで話しかけたらなんと、無視されてしまった。
どうして無視されているのかは、思い当たることがひとつあったので怒るわけにもいかず、どうにもこうにも状態になった。
とりあえず彼女が僕についてくる意思があるのかを確かめるために、イエスならジャンプ、ノーならステイって言ってみたら、ぴょんぴょんとジャンプをしてくれた。どうやらジェスチャーはしてくれるようだった。
無言でジャンプをしているのはそうとうシュールだったけど、そんなことをいじっても仕方がないので、イエスの意思を受け取り、図書館へ出発することにした。
それから現在に至るまで彼女は一言も発していないのだ。いないのだ・・・。
彼女を反応させる方法はあるにはあるんだけど、できればそれは最後までとっておきたい。なんか恥ずかしいし。
「そういえば、光さんって画家なんだって? あの人、ぜんぜんそんな雰囲気じゃなかったけど、人は見かけによらないんだねぇ」
「・・・」
「画家にアスリート、後は料理人兼演劇役者、お父さんが作家でお母さんはその読者とアドバイザー、本当にいろんな分野に精通した家族だよね。あと知らないのは鞘さんか、あの人も何かやっているの?」
「・・・」
『・・・』の数が減っている・・。沈黙の反応さえ少なくなっているのか!? このままではまずい、だけど、まだあの手は使いたくないなぁ。
「最近はあんまりあってなかったけど、何かおもしろいこととかあった? 僕はこの間、駅前に新しくできたショッピングモールに祭さんといってきたんだけど、もうあそこには行った? もし行ってなかったら、映画とか見に行かない?」
「:::」
なんか変な風になってる!? コロンだっけ? どういう意味で使っているの?
ていうか、会話で質問を無視されると地味に傷つくな・・・。僕のガッツもそろそろ限界だ。
いや、負けるな、僕! ここで負けたら終わりだぞ!!
「そういえば、読書って結構してたよね? 最近はどんな本読んでるの? 僕は白カバ派にはまってるんだけど。あの時代の小説って、今とはぜんぜん違う背景で書かれているのに結構共感できたりするよね。時代は変わっても人の心は変わらないってことなのかな??」
「」
ついに無反応!? 無反応って・・・。そんなシュールな返し手があったとは。もはや返してすらないけど。
それに白樺と白カバのボケも完全にスルーされているし・・・。何かこれじゃあ僕がただの馬鹿みたいじゃないか。
もう彼女の耳に僕の言葉が届いているのかすら疑問だ。相手の話すら聞かないとは、これ以上ない必殺技だな・・・。
当たり前だけど、会話って相手の話を聞かないと成立しないんだよね。
ということは、もし彼女が本当に僕の話を聞いていないとしたら、これは会話と呼べないのか? それなら何だろう、何ていうものなんだろう・・・。独り言?
それに勇気を出してハテナ×2なんて荒業を使ったのにそれについての言及も一切なし、まさに鉄壁の無視だな。
しかたない、ここまで来たら、奥の手を使うしかないか・・・。本当に嫌なんだけど・・・。
「そういえばこの間、一週間前だったかな・・・、まあそれぐらいの最近の話なんだけど、夕食に家族で寿司を食べにいったんだよ。僕と母さんと親父で出かけるのは月に一度の外食ぐらいなんだけど。そこでさ、すごいシュールな体験をしたんだよね」
一応彼女の反応を見てみる。
・・・。話を聞いているのかいないのか、全然分からない・・・。まあいい、聞いていると願って話を続けよう。
「夕食時の寿司屋ってさ、三十分とか一時間とか、それぐらい待つじゃん? その日もいつもどおりの込み具合で、十名様でお待ちの磯野様~とか、そんなアナウンスを聞きながら待ってたんだよ。それで、シュールな体験ってのがこの後に起きたんだけど・・・。続き聞きたい? イエスならスキップ、ノーなら一時停止でお願いします!」
僕が『ま』の文字を言い切る前には彼女はスキップをしていた。意思表示早っ!!
高校生の女の子がスキップしている絵は、・・・・、かわいい!!
これは『女子高生』だからではなく、『彼女』だからかもしれないけど。まあ、そこはあいまいにぼかしておこう。
なんていっている間に、彼女がどんどんスキップで進んでしまっている!! スキップと徒歩って、こんなに速度が違ったのか・・。
「あ、もうわかったからいいよ! とまって~」
僕はあわてて彼女のところまで走っていく。ていうか、意思表示するならもう話しちゃえばいいじゃん! っておもうのは僕だけでしょうか。賛同者は挙手をプリーズ!!
・・・。はい、ゼロ人・・・。
まあ、彼女を攻め落とすのももうすぐ。今僕がほしいのは、見知らぬあなたの挙手じゃなくて、彼女の返事なんだから、全然傷ついてなんかしてないんだからねっ!! 男ツンデレはいらないか・・・。
そろそろ本題に戻ろう、もすでに若干手遅れだけど、このネタはオチを引っ張れるほどに面白いものでもないし。引っ張れば引っ張るほどハードルがあがっていくのがこの世の真理。
「僕は次々と呼ばれていく名前を、知り合いがいるかなぁとか思いながら聞いていたんだよ。なにしろこの辺じゃ何個もない寿司屋だしね。友達一家が来ていても不思議じゃないし。そして桜さん一家が呼ばれた次に、それが起こったんだ。あー、ごほんごほん、『三名でお待ちのお客様、いらっしゃいますか?』、もう一度言おうか『三名でお待ちのお客様、いらっしゃいますか?』って店員さんが言ったんだ」
その店員さんの声を真似て言ってみた。我ながらなかなか似ていたと思う。
「だいたいそうじゃん!! うちとかもそうだし、何その待ち順無視の呼び方!! そこにいた皆がそう心の中で叫んだろうね、いや間違えなく。まあ当然誰一人として立ち上がらなかったね。普通のひとならそうするよね。でも、店員の人ときたらまた性懲りもなく『お客様はいらっしゃいませんか?』なんていっているんだよ。います! ここに並んでいる人皆お客様です!! 僕とかもそうです!!! そう言いたかった。そんなことを思っているとさ、おもむろに三人のお客さんが立ち上がったんだよ。そして、店員さんに何かを話していたんだ。皆がそのやり取りに注目していた。そして一、二分かな、店員さんがいきなり顔を真っ赤にして、こう言ったんだ。『失礼しました。三名でお待ちの、御客様、他の三名でお待ちのお客様はもうしばらくお待ちくださいっ』ってさ」
・・・。どうだ、一般の人には、ん? ってなる様なこのネタ。しかし相手が彼女の場合、これは特殊効果を持つのだ。
「・・・、フッ、フフ、読み間違えかっ!!」
彼女は僕に突っ込みを入れた。ついに入れてくれた。
「ふぅ、やっと話してくれたね。幻」
そう、もうだいぶ前に分かっていたと思うけど、本日の散歩相手は僕の彼女、間淵幻だったのだ。
ここから第三章です。第一章は導入。第二章が間淵家の掘り下げプラス祭編でした。
第三章ではまだ触れられていない彼女や影さんも登場するかもです。
最後まで読んでくださった方、どうもありがとうございました。次話は週末投稿予定です。