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命題と恋愛  作者: 高居望
好きなのは?
20/36

魔法は解けた

 ゲームセンター、まつりちゃんの幸運のおかげで約二万円の得をした僕は(彼女は一足の靴を無料で得たが)、ここでの代金をすべて請け負うことにした。まぁ二人でゲーセンに行ったところで二万円も使うはずがないのだから、ここでの支出をかんがみても十分得をしているのだけれど。

 ゲームセンターでは、神プレイと称されるほどにテクニックに長けている人の周りには、いかなる場合でもギャラリーがつくものである。僕自身も上手な人を見かければ思わず足を止めてしまうし、その手さばきに見入ってしまうことだってある。

 このような現象は、別に僕に特有なものではないし、言ってみれば当たり前のこと、わざわざ言うほどのことでもなかっただろう。ただひとつ、ここで認識しておいてもらいたい。多くのギャラリーがそうであるように、僕は常に『見ている』側で、『見られている』側になったことなんて一度たりとも無いということだ。


「スゲー、あいつらこれで何人抜きだ?」

「兄ちゃんのほうはそうでもないけど、あの姉ちゃんは相当の腕だぜ」

「ああ、見かけない顔だけど、ありゃきっとどこかのゲーセンの有名人だぜ」

 僕たちは格闘ゲームをやっている。二対二のタッグマッチ方式のよくあるゲームだ。どこにゲーセンにもおいてあるもので、僕自身もプレイ経験はある。

「次のチャレンジャーは誰だ?」

「あ、あいつらはメテオロックじゃねぇか」

「ついにプロ同士の戦いか!」

 現在三十九連勝中。ゲーセンに入ってから一時間経過、使用金額は百円。

「兄ちゃん、そこは防御防御!」

「とりあえずアンタは生き延びておけ、姉ちゃんはそろそろ相手KOするぞ!」

「うおぉぉ、また勝利かよ、これで四十連勝だぜ」

 連勝記録がまたひとつ延びた。そろそろ状況は理解してもらえただろう。目の心理描写に移り他のだけど、いいかな?


 何だこれ!? 何だこれ!? 何だこれ!?

 どうしてこんな状況に?

 まあ?連発してみたけれど、実際のところ、この原因はとてもシンプルだ。

 祭ちゃんが神プレイヤーでした! これだけだ。

 彼女のテクニックは僕の不手際を補っても余りあるものだったため、僕たちはワンコインで一時間も遊び続けている。そしてそのテクニックは、周囲にギャラリーを形成してしまっている。

 この感覚、皆に見られている中で連戦連勝を重ねた時に感じるこの感覚、僕は今日はじめて経験するものだが、これは思っていた以上に緊張する。確かに僕が見られているわけではない、それは重々承知している。皆の関心は祭りちゃんであり、僕はその隣にいる人間程度にしか見られていないだろうが、それでも緊張するものは緊張する。もしかしたら、他人の力で、祭りちゃんの力で連戦連勝をしているこの背徳感、居心地の悪さが『緊張』の正体なのかもしれないが。

 なんと言ってもいいが、とにかく僕はそろそろ限界だ。この居心地の悪さにはもう耐えられない。この空間に、い続けたくない。

「祭ちゃん、そろそろ終わりにしない?」

「あれれ? 楽しいのに、もう飽きちゃったかな?」

「そうだね、そろそろ違うゲームをやろうよ」

「うん、わかった!!」

 聞き分けよく従ってくれる彼女。自分が注目されているにもかかわらず、それをあっさりと放棄する。いや、もしかしたら注目されていることすら気にしていないのかもしれない。相変わらずの器の大きさだ。

「え~、皆さん。応援ありがとうございました! 私たちはもう疲れちゃったので終わりにします! さようなら~」

 ギャラリーに挨拶をする。ここまで注目されてしまえば、終えるのも一苦労かもしれないな。

「え~もう終わり?」

「もっとやってきなよ~」

 案の定、まだ終わるな攻撃が来た。どう切り抜けようか・・・

「シャラッ!! 今日はもう疲れちゃったから終わりなの!!!」

 ・・・。何てことを。

 ギャラリーの中には柄の悪いお兄さんもいたりするのだから、そういうことは避けてほしかったのに。そしてやはり、イカツイお兄さんが一人、こちらに近づいてくる。この状況、どうすればいいんだ?

「いい加減にしろ!」

 怒鳴った。一同がしーんとする。

 あれ? 怒るられちゃった?

「ゲームはやりたいやつがやる、やめたいやつはやめる、それがルールだろ? お前らのわがままでこの人たちに迷惑かけるんじゃねぇ!」

 ・・・どうやら怒られているのは、終わるな攻撃をしかけたお兄ちゃんたちだったようだ。彼らは、山さんすみませんした!! と先ほどのお兄さんに謝っている。

「まったく、気をつけろよ! お二人さん、ここの者が迷惑かけてどうもすみませんでした。連中も悪気があってやったわけじゃないってことは、わかってください」

「いいよん、気にしてないし!!」

 まるで極道のような展開に怖気づくことなく、さわやかに返事をする祭さん。度胸の大きさというか肝の太さというか、やっぱりすごいな。

「それじゃあ行こうか、春くん!」

「あぁ・・」

 何事もなかったかのように退出しようとする。

「また来てください、姉さん!」

「お疲れさまっした! 姉さん!」

「そっちの兄ちゃんもまあまあだったぜ!」

 山さん一同はさまざまな声をかけてきてくれた。祭ちゃんが敬語で、しかも姉さんなんて呼ばれているのはちょっと笑える。


 ゲームセンターを後にして僕たちは喫茶店に入った。中はカラフルな色合いになっていて、若い女の子やカップルが多くの席を占めている。

 僕たちは一番奥のテーブル席を用意された。店員さんにカップチーノとモカを頼んでひとまず落ち着いた。

「ふう、何か面白い人たちばっかりだったね」

「そうだね、姉さん」

「姉さんって、からかわないで! 兄ちゃん!」

 

二人は大笑いする。プチ任侠にもあの時は緊張したけど、今思うと笑えてくる。山さんは皆のリーダーだったのだろうか。

 それから、店員さんが飲み物を持ってきた。僕は普段喫茶店に入らないので、これらの飲み物良し悪しはいまいちわからないけど、たぶん普通ってやつだ。

 飲み物を一口飲んでからはしばらく、今日のこと、今までのこと、他愛もないこと、いろいろとしゃべった。祭さんとの会話は面白いので知らず知らず時間が過ぎていった。

 おしゃべりにも一区切りついて、彼女は座ったまま背伸びをした。これまでの会話に終止符を打つように、大きく大きく、背伸びをした。

 そして、両手を広げた状態で口を開いた。

「ふう、今日のデートごっこもこれで終わりかな」

 祭さんが手をパチンとたたく。まるで魔法が解ける合図かのように、これで終わりだというように。

「デートごっこ、はるっちは楽しかった? わたしは結構楽しかったよ!」

 いきなりのことに少し驚いているけど、終わりといったら終わりなのだ。それに順応しよう。

「僕も楽しかったですよ。祭ちゃん、あ、すみません、祭さんの意外な一面もいろいろ見れましたし」

 魔法は解けたのだから、彼女はもう祭さんなのだ。

「えへへ、そういってくれるとうれしいにゃ」

 彼女は飲み物を少し飲んで、それからまた口を開く。

「ところで、さ、ちょっと聞いておきたいことがあるんだけど・・・」

「? ええ、いいですけど」

「はるっちってさ、わたしのこと嫌いかな?」

「えっ? ぜんぜんそんなこないですけど、そんな風に思わせることしましたか?」

「ううん、ただ聞いてみただけ。聞いてみないとわからないことってあるかもだし。じゃあさ」

 彼女はそこでいったん口を止める。

「その前に、店出よっか」

 僕たちのカップにはもう何も入っていない。今出るのは、状況としては自然だけど、会話としては不自然だった。


 店を後にして、彼女は歩き続けた。僕もその後をついていく。

 二人の間に会話はない。何となく話しかけられなかった。

「うん、ここでお話しよっか!」

 そこは、あの公園だった。僕たちが毎日ランニングを行っていて、今日も集合場所にした公園だ。

 彼女は公園の端にある、屋根つきの休憩場所に向かっていった。時刻は午後六時、もう十分に暗いので、そこには誰もいなかった。

 彼女はテーブルを挟んで、僕の向かい側に座った。ここからだと、暗さのせいで彼女の顔がよく見えない。そんな中で会話は始まった。

「それじゃあ、さっきの続きだけどさ、はるっちはわたしのこと、好き?」

「んー・・・えっと、好きですよ。祭さんと話していると面白いし、毎日お世話になっているし」

 そんな当たり前のことをどうして聞くのだろう。嫌いな人と好き好んでかかわるほどに、僕は変わった人間ではないのに。

「そっか・・・そういう好きかぁ・・・」

 彼女の表情はよく見えない。

「じゃあさ、わたしたち、これからも友達かな?」

「ええ、当たり前じゃないですか、そんなこと」

 僕は笑ってみせる。彼女の表情は見えないけど、きっと笑っているだろう。

「・・・うん、わかった。これからも友達、だね」

 彼女席を移動する。僕の隣へと席を替えた。ここからならと、彼女の表情はよく見える。

 彼女の表情は微笑だ。しかし、その奥に何かがあるような、そんな微笑に見える。

「一分だけ、いいかな」

 彼女は僕に全体重を任せて、寄りかかってくる。僕に抱きついている上体だ。

 正面と正面からの抱擁、僕は驚きながらも、何かを口にしようとした。しかし、それはできなかった。

 彼女は泣いていた。僕に泣いているのを気づかれないように、声を抑えて、しかしそれでも僕には聞こえてしまった。

 どうして泣いているのかはわからない。だけど、そんな彼女を引き離そうとは思わなかった。


 そして、彼女は僕から離れた。

「えへへ、ごめんね。昨日読んだ本のラストを思い出したら、なんか涙が出てきちゃった。でももう大丈夫だよっ! 間淵祭、元気だけがとりえの女の子、もう回復したのでありますっ!!」

 いつも通りのさわやかな笑顔。いつも通りだからこそ、逆に気になる。

 彼女の言っていることはたぶん違う。彼女の泣いた理由はわからないけど、きっとそんなことではないだろう。それでも、ここは彼女の言葉を信じておいたほうがいいのか。

「あぁ、なんか心の中のもやもやしたものがすっきりしたよ。そろそろ帰ろっか!」

 祭さんは立ち上がった。僕も立ち上がる。

「それえじゃあ、また明日ねっ!!」

 陽気に手を振って、彼女は走って去っていく。僕もそれを見送ってから、ゆっくりと歩いて帰っていく。

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