幸運は生まれつき?
僕たちの当初の目的、『ランニングシューズを買う』は驚くほどあっけなく終わった。
時間にしてわずか十五分。祭りちゃんの”ついで”のお買い物の何分の一だろうとも思わなくもないけど、僕の想像を絶する幸運を経験した身としては、そんな小さなことを言うつもりはない。
ここからは、僕の幸運自慢になってしまうけど、お付き合い願いたい。
「靴屋さんはここだね!」
昼食も食べ終わり、現在時刻は一時十二分。本当は靴を買ってから昼食を食べ、そのあとはショッピングモール内をふらふらするつもりだったけど、まぁこれもこれでいいだろう。少なくても靴は買えそうだし。
「春くんは靴をいくつ買うの?」
「ひとつだよっ!!」
ブルジョアと一般庶民の会話は、時々かみ合わなくなる。それがまた、面白かったりもするんだけど。
「それじゃあ、春くんのお気に召すような、そんな素敵シューズを探し出そう!!」
そう高らかに宣言して、靴屋さんに入っていく。
靴屋さん、”さん”なんてついていると、なんだか狭い場所でひっそりとやっていて、お客様はみな常連客って風なものを想像してしまうかもしれないけど、実際はそんなことはない。むしろ真逆といっても過言ではない。
正式名称は『ハピネス』で、看板には『靴はあなたを素敵な場所へ導く』なんて洒落たことが書いてある、置いてある靴も買いに来る客も従業員さえも、皆が総じてお洒落なストアだ。
ここでは、さまざまなブランドの革靴、スニーカー、ウォーキングシューズがあり、スポーツ用のシューズなんかも豊富なジャンルをそろえている。もちろん、お目当てのランニングシューズもおいてある。
こんなたいそうな店を”さん”なんてつけて呼んでいる祭ちゃんのセンスは、やっぱりどこかずれている。
「これとかいいんじゃない?」
祭ちゃんはさっそく一足の靴を持ってきてくれた。まだ入店してから何分もたっていないけど、祭ちゃんのオシャレ嗅覚はすでに獲物を捕らえていた。
さきほどは彼女のセンスがずれていると言ったけど、なぜかファッション関係に関しては例外なのだ。分野別ナンセンス(?)という奇妙なスキルの彼女の魅力のひとつだったりする。
「これこれどうかなっ?」
僕に手渡してくれた靴を見る。それは一つ目にして、カラーもフォームも僕の好みな、直球真ん中ドストライクなシューズだった。
「こ、これは・・・」
驚いてみせる。みせるというか、素直に驚かされた。
「格好いいデザインだよね!」
念のため、サイズを確認してみる。
「えっと、これがサイズかな?」
何度確認しても、サイズはぴったりだ。
イカした靴だけどちょっと大きいじゃん!! 見たいな落ちを恐れていたけど、どうやら今回はイタズラの神様のお目こぼしがあったようだ。イタズラの神様に目をつけられている僕としてはうれしい限りだ。
「これってどこにあったの?」
「こっちこっち!」
そう。僕にはまだ確認しなければいけないことが一つある。それは・・・
「ここにおいてあったんだよ!」
彼女の指差すところは、ランシューエリアのお買い得ゾーン。ここにはセールになっているものがおいてあるようだ。セールゾーンに張ってある広告を見る。
『衝撃の大特価!! ハピネスの創設者の誕生日記念で幻の九十パーセントオフ! 対象商品はここ、注目の品ゾーンのみ! 早い者勝ちです!!』
・・・。創設者サンクス!! ハッピーバースデー!!!
商品がいくら気に入っても、最後の一つの関門を潜り抜けられなければそれを得ることはできない。その関門とは、そう、値段だ。
こんなことを言うとなんだか小さな人間だと思われるかもしれないけど、値段ってのは重要だ。
なんたって、このナイスな靴との出会いをラッキーイベントにするか、はたまた笑い話にするかは、この靴の値段、プライスが握っていたのだから。
「どうかな? もうとっと違うのも見てみる? とりあえず、その靴はもどしてくるね!」
僕の靴を受け取ろうとする彼女の手を、僕は空いている手で受けて、そのまま握手した。
「え? ど、どうしたのかな? 急に握手なんて・・・」
「いや、これにしよう。これに決めた!!」
「ん? これって?」
「僕が今、手にしているものさ!」
「わわ、それって・・ いいいったい何に決めたのかな?」
「これは、僕が貰い受ける!!」
「えぇ?? そ、そんないきなり・・・」
いきなりって・・・靴を買うのに時間が必要なのだろうか?
まあ、ここはもっともな理由でも言って、さっさと買ってしまおう。
「確かに出会ったのはついさっきだ。だけど、僕はこれを一目見てほしいと思ったんだ!」
「ほしい?? ・・・・。ってあれ? ついさっき?」
「正確には五分前だけど」
「? ?? 何の話しているの?」
「もちろん、このランシューさ!!」
とたんに、さっきから赤かった彼女が、耳の先まで真っ赤になった。
どうしたんだろう?
「あれ? どうかしたの?」
「へ? あ、ううん。なんでもないよっ!!」
あからさまに何かをごまかしているけど、本人がなんでもないって言うなら、下手に聞かない方がいいのかもしれない。
「それじゃあこれで決まりってことで」
「う、うん! 即断即決、男前だねっ!!」
僕は最後のセール品であったこの靴を持って、会計まで行く。
今の気持ちは、ハッピーの一言に尽きる。
「お会計は二千百円になります」
本来なら二万千円! ほぼ二万円引き!!
少し冷静さを取り戻した頭は、この店の経営を心配し始めたけど、きっとトップの人間が、そんなことどうでもいいレベルのお金持ちなんだろうなぁ、なんて思っておこう。
「本日商品をお買い上いただいた方には、クジを引いていただいております。よろしかったら彼女さん、いかがですか?」
「クジ? 面白そう! 春くん、私が引いちゃっていいかなっ??」
「うん」
いいともさ!
よく考えてみれば、僕にこんな幸運が訪れるはずがない。ということは、これは祭ちゃんの幸運が引き起こしたものだろう。だったら、くじを引く権利は祭ちゃんにあるし、あわよくば何かいい商品でも引き当ててくれるかのしれない。その確率は間違えなく僕よりは高いだろう。
「え~と・・・これにしようかな!」
中から三角に閉じられた紙を引いた。店員さんに手渡して、確認してもらう。
「あ! い、一等です!! 店内の商品どれでも一つ、無料で差し上げます!!」
「わぁい! じゃあじゃあ、春くんが買った靴と同じのをもらおうかなっ!!」
・・・。さすがとしか言いようがないな。
二千円ちょっとで二万円台の靴を二足。これを幸運といわずして何が幸運なのだろう!
「えへへ、おそろいの靴だね!!」
こうして僕の靴選びは予想以上の安値で終わった。
ありがとう、創設者の人! ありがとう祭ちゃん! ありがとうイタズラの神様!
今、僕の心の中は、さまざまなものへの感謝でいっぱいだった。
「次はどこに行こうか。それともまだちょっと早いけど、帰っちゃう?」
「あ、もうちょっといようよ! わたし、行ってみたいところがあるの!!」
「へぇ、じゃあそこに行こうか。ちなみに、どこに行きたいの?」
「えっとねぇ、ゲームセンターなのだ!!」
ゲームセンターか。そういえば祭ちゃんはゲームの上手だったからな。なまじお嬢様なだけに、そういうところには行ったことがないのかもしれない。
「ゲームセンターは一度外に出てから、別の入り口ではいるみたいだね。じゃあ出発!」
「オー!! あ、その前にちょっと待って」
彼女は形態を取り出す。どうやら再びメイドさんを呼んだようだ。
「荷物はないほうが遊びやすいもんね!」
「はあ・・・」
まあ、もう驚くのはやめよう。
疲れるだけだし。
何の特もないし。
リアクション放棄!!
・・・。まあうそだけど。そんなことをしたら、僕の存在意義がなくなるからねっ!!
リアクションが存在意義な僕って・・・。
そんなこと言っている間に、メイドさんも到着。
「かしこまりました、お嬢様」
いかにもメイドっぽいことを言って、再びどこかへ去っていく。どこで待機しているのだろうか。
「それじゃあ気を取り直して、レッツゴー!」
彼女の号令で、次なる目的地に向かった。