8 (四題命題その三)
白さんの演技している役は、高貴な雰囲気を漂わせるお嬢様、彼女のデフォから恥ずかしがりやを引いた、会話には適した人格だろう。
何か物足りない気がするが、四題命題を円滑に進めるためには致し方ない、謹んで我慢しよう。
「さて、私のお話しする命題は『自由とは何か』ですわ。ふふっ、答えがいのある命題ですわね」
口調がガチお嬢様になっている。
こ、これはっ!! 新たなキャラ、だと・・・
こんな隠し技まで持っていたとは。恐るべし、白さん!
「自由、日常会話でよく使われる、比較的なじみのある言葉ですが、それは何を意味しているのでようか? いきなり結論を言ってしまうのではつまらないですし、何より説得力がありませんわ。ですので、少し寄り道をしながらいきたいと思います」
結論にたどり着くまでの寄り道、今までに使ったことも使われたこともない手法だ。
いきなり道の展開・・・お手並み拝見、いやご指導をいただこう。命題においては確実に彼女のほうが先輩だし、学ばせてもらう気持ちで聞こう。
「まずどういう時に不自由と感じるのか、というのが妥当ですわね。好きなことができないとか、思い通りに行かないみたいな子供じみたことは言わないで下さいね。それは自由はないというよりは力がない、不自由というより無能というべきものなのだから」
ふふっ、と笑う白さん。
・・・そういうことは言わない約束だろう! そこは建前使わないとっ!!
というか、何このブラックキャラ!?
白というより黒だけどこれは短絡的か、名付けて暗黒姫でどうでしょうか? 微妙か・・・ 定評のダメ名付け。
それにしても完全に役になりきっている・・・ 正直ちょっと怖い。これが地という説もあるが、それは考えないことにしよう。
「不自由を感じる時、それは自由を認識した時。何かを認識するためには、その反対に位置するものも知らないと不可能。この場合は自由と不自由でしょう。人は本来不自由な生き物であり、自由を知ったとき、己の不自由を同時に思い知るというのは私の持論です。そこから堕落するか、自由を目指すかはその人次第ですわね」
持論の宣言、これをされると聞き手としては相手の自身を感じられるから話を聞く気になる、続きも気になる。だけど僕が話してなら、こんな大胆なことはできないなぁ・・・
こ、これは別に僕がチキンなんじゃなくて、暗黒姫が勇者過ぎるだけなんだからねっ!!
暗黒かつ姫かつ勇者とか、RPGに出てきたらビックリのマルチポジションだな。
苦情殺到間違えなし!
「さて、そろそろ自由とは何か? という命題に進みましょう。自由についての言葉通りの意味を言うのでは意味がないので、少し違った視点から見てみましょう」
確かに、「自由とは、縛られていないことですわ」とか言われたら、正直がっかりだ。ここまで引っ張ってそれ! とか、そんなのいわれなくても知ってるよ! なんて台詞が飛び出すこと間違えなしだ。この当たり前は、『コロンブスの卵』を持ち出してもカバーしきれないな。
「自由とは、二段仕掛けのからくり箱なのですよ」
・・・個性的過ぎる比喩、これは、何を意味しているのだろうか?
続きを聞かないことにはさっぱり分からない。
「二段仕掛けというのは、文字通り、二つの扉を開ける必要があるということですわ。まず一段目、これは開くというより開けっ放しになっています。それは自由という言葉を知ること。この扉を開けていない人はおそらく皆無でしょう。そのほとんどがここで終わっているのも事実ですが」
ここで終わっている? ということはまだ続きがあるのか?
「そして二段目、これは自由について考え、不自由について考えた末に、自分の不自由さ、世界の不自由さを知ること。そしてそれでもなお、自由を追求する人、そんな人にだけ見える隠し扉があるのですわ。それが二段目の扉ということです」
扉の奥にある扉。
真実の奥に隠れた真実。
マトリョーシカ。
・・・最後のも中身に中身が入ってるって感じで、ほら、・・・、すみません蛇足でした。
雰囲気壊してゴメンなさい!! これで満足か?
「でもよく考えてみれば、二段というのは私がたどり着いた扉の数というだけ。二段あるなら三段四段ともっとたくさんあると考えるのが妥当ですかね。それなら、二段構えというよりは、人間試しとでもしたほうがいいかもしれませんね」
見る人によってどこまで見えるかが異なる、人間試しとは言い得て妙な表現だな。
僕はどこまで見えているのだろう、幻はどこまで、祭さんだったらどこまでたどり着いているのだろう。
「以上が『自由とは何か』に対する私の考えですわ。結局の所、まだ分からないというのが現時点での結論なのでしょうか」
僕みたいな初心者からすると、問いには何らかの答えを出してみたい、出さなければいけないと思ってしまうけど、今回のような考えもあるのか。自分なりの考えで無理やりなことを言うよりもよっぽど、命題に対して誠実な人だからこそできることだろう。
「お疲れ様! さすがは私のお姉さまというところですね」
あれ、幻のやつ、またしても自分褒め!?
その言葉を素直に受け取ったらしい白さんは、純粋な笑顔で賞賛へのお礼を言っている。
ピュアだなぁ・・・ 純粋無垢とは、彼女が生まれることを予期した預言者が、その時にそれを表す言葉に惑わないようにと、先に作っておいてくれたものなのだろう。
ちなみに命題の結論を言ったところで役者モードは終了して、元の白さんに戻った。
素へ戻ったときの白さんは、さっきまで意気揚々と話していた自分を思い出して、少し赤面した。
やっぱりこっちの方がしっくりくるな! 黒よりも白、これが彼女、白さんだろう。
「これで三人目も終わり、白ちゃんお疲れさまっ!」
さてさて、もはやおなじみになってきた祭さんのハードル上げ。
まさか彼女ともあろう方が自分にだけ甘く行くなんてことは無いと信じているけど、もしも、もしももしも、仮の話だけど、彼女が自分の命題に集中していてそれをうっかり忘れていたりしたら、その時は僕がしっかりと代行してあげよう。
忘れちゃったのなら仕方が無いしねっ!
「それでは、この長きにわたった四題命題も残すところ最後の一人となりました。最後の一人、大トリをやらせていただくのは、このわたし、間淵祭でありますっ! 一回二回、三回とわたしの妹とランニングパートナーが活躍を見せてくれました。わたしも先の三回ですばらしい意見を述べてくれた三人に恥じないような、そんな考えを発表したいと思いますので、どうぞご期待ください!! その御期待をに沿うだけではなく、上回れるように、力をつくさせていただきますっ!!! イェーイッ!!!!」
・・・自分にもしっかりと仕事をした祭さん。ビックリマークが四つ並ぶほどのはじけっぷり、流石としか言いようが無い。天然もここまでくると、もうワンランク上位の存在だろう。
何かもう、尊敬に値する人だな。疑ったりして、マジすんませんしたっ!!
幻と白さんは、いつもの事だぐらいに、お菓子を食べながら見ている。
人間、慣れとはすごいものなんだなぁ、この光景を見て、そう思った。
まぁ、いろいろ思うところはあるけど、ついに四題命題も次が最後。
彼女の担当する命題が何なのか、まだ僕は知らない。今日の最後を飾る命題とは、いったいどんなものなのだろうか。
期待と期待もうひとつ期待を胸に持って、彼女の口が開くのを、言葉を発するのを待つ。