6 (四題命題その一)
四題命題、これが本日のメインイベントだ。
とりあえず、軽く説明しておこう。
四題命題とは、命題を一人ひとつ考えて、それをカードに書く。全員が各々の書いたカードを持って円形に座る。そしてカードを隣の人に回していく。十分に回したらシャッフル終了。自分の手元に来た命題について十分の思考時間を設けて、その後開始。カードシャッフルの号令役から時計回りに担当の命題について答える。
これは、この前祭さんと命題の話をしたときに思いついた方法だ。事前の準備なしでやることで、脚色していない生の意見が出てくる。
ちなみに四というのはこの場に四人いるからそう名付けただけで、その時その時によって数字は変動する。
こんな感じかな。まぁここで説明を聞くより、実際に見たほうが早いだろうってことで、そろそろ始めよう。
「それでは、カードをシャッフルしましょうか。終わりの合図は私が出すわ」
幻が号令役を買って出た。普段はそこまで積極的ではないけど、ことが命題名だけあってわくわくしているのだろう。かくいう僕も、初めての経験に少しドキドキしている。
「それでは始めましょう」
号令とともに自分の右隣にカードをまわしていく。ちなみに現在の並び方は、僕から見て右が幻、左が白さん、正面にいるのが祭さんだ。つまり、答える順番は、幻、僕、白さん、祭さんとなる。
「もうそろそろいいでしょう」
シャッフルを始めてから一分たって幻は終わりを告げた。
そしてそれぞれが手元のカードを確認。ここで自分の書いたカードがきたらもう一度やり直しなのだが、今回はうまくいったようだ。
僕の元に来たカードは、「それぞれの常識の違い」だ。ちなみに僕が書いたのは「自由とは何か」。誰の元へ言ったのかはわからないけど、ぜひ意見を聞いてみたい命題だ。
今は思考時間だ。前回の教訓から、さすがに十分はないとまとめられないということから設けられた時間。それに、祭さんと白さんは初心者なのだから、これくらいの時間がちょうどいいだろう。僕も手元の命題に考えをめぐらす。
「それぞれの常識の違い」か。とりあえず、常識とは何か、どうやってそれを獲得するのか、ってところから入っていこうかな。それから、その違いがもたらすこと、どうやってそれを解決するのか、なんてところまで突っ込めれば万々歳だけど、それは欲張りかな? 限られた時間で考えられるところまで考えて、それをまとめよう。
十分後。思考時間終了。
僕は何とか自分でしっくり来るぐらいにはまとめられた。前回は三分だったからなぁ、より過酷な条件で経験しているので、それが役に立ったのかもしれない。
「それじゃあ始めましょうか。私に来た命題は『本音と建前』、なかなか興味深い命題だわ」
本音と建前か。
それは僕の出した命題とは違うから、白さんか祭さんのものだろう。だとすると・・・二人のことを初心者なんてなめるべきではないな。命題の題名を聞いただけでも、その人の感性は多少なりとも伝わってくる。
考えてみれば彼女らは間淵家の次女と四女。命題については幻以上に触れているのだ。この場で一番の初心者は、僕じゃないか。
「本音と建前、まずはどんなときに本音を、どんなときに建前を使っているのか考えてみましょう。そうすると、ほとんどの場面で、私たちは本音ではなく建前を使っていることが想像できるのじゃないかしら。私の考えを言うと、会話の九十九パーセントは建前からできているわ」
いきなり大胆な仮説。でも確かに、僕たちはいつ、本音を言っているんだろう?
「ここで誤解してほしくないのは、建前というのは悪いものではないということ。好きでもないものを好きといったり、つまらないものを面白いと笑ったり、建前と聞くとそういうものが思い浮かぶでしょう。建前というのは自分の感情を押し殺した虚構であるように思いがちだけど、それが悪であるとは限らないのよ」
彼女はここで一回お茶を飲む。その間、話すものは誰もいない。
きっと皆が「本音と建前」について考えているのだろう。
命題は、答える側だけが考えるというのではなく、聞いている側も自分なりに考える。
普段は自分の考えた命題についての意見を聞いているからけど、今回は他人の命題を他人が答えている。
だから、自分もその場で考えざるを得ない。
他人の意見を聞くには、ベースとなる自分の意見がないと話にならない。それこそ会話にならない。
だから皆考える。幻の話を理解するために。
それもこの形式の醍醐味だろう。
のども潤し終わり、彼女は再び口を開く。
「私の言う建前というのは、一言で言えば架け橋。人と人が円滑にコミュニケーションできるようにするための潤滑油。誰もが点前を忘れて本音を言い合う世界を想像してみて」
建前のない世界。聞こえはいいけれど、それは本能の世界だ。
おぞましい、なんてものじゃ言い表せない世界だ。
「建前というのが悪だけじゃないことがわかったでしょう。本音というのが善だけではないことがわかったでしょう。これなら社会は建前であふれていることも飲み込めるんじゃないかしら。でもここでひとつ問題が発生」
ピッと指を立てる。
「建前は悪だけじゃない、でもそれは善でもない。どう飾ったところで、どんなに言いつくろったところで、建前は建前。建前は社会に必要不可欠、なければ会話ができない。だけどそれはつまり、私たちは建前の世界で生きているということ。そんな世界で、いつ、誰に本音を話せるのか、本音で話せるのか」
本音がないと世界は成立しない。でも、だからって本音はどこでも言えないのか?
虚構だけの世界で、嘘が本当に、本音が建前の世界で生きなければいけないのか?
それが、生きるためのルールだとでも言うのか?
それは。
あまりにもつらい。
あまりにも悲しい。
それとも、本音と建前を意識しなければ、そんなことを考えなければ、思考をとめれば、生きていけるのだろうか?
でも、それは本当に生きているといえるのだろうか・・・
「まだ話は終わってないわ。話の途中で勝手に結論を下すのはやめて頂戴。人の話は最後まで聞くものよ」
幻が少し怒った。
周りを見ると二人とも暗い顔をしている。きっと僕も、同じ顔をしているのだろう。
そうだった、話はまだ終わってなかった。
九十九パーセントの建前。だったら、残りの一パーセントは?
「社会で生きていくためには建前が必要。でもそれ以外では? たとえば家族だったら? 恋人だったら? 本音をいえるんじゃない?」
家族、恋人、本音を言える仲。
そうだ、僕は今ここでなら、この人たちとなら、本音で会話していたじゃないか!
家族となら、建前なしで接していたじゃないか!
「本音を言える関係になるには、たくさんの時間が必要、多くの会話が必要。でも、それさえクリアできれば、本音を言えるはず。もちろんすべて本音というわけにはいかないわ。でも、少なくとも言いたいことを曲げることは、思ってもないことを言うことは、必要ないわ」
建前の世界の中でも、本音で話せる人がいる。そうだ、そうじゃないか!
「全員と、自分の関わっている全員と本音で接することは無理でも、誰一人とも建前でしか話せないわけではない。それだけで、救われるものじゃない?」
考えてみれば、命題だって本音を語ること。自分の意見を述べること。
それができる人同士は、きっと本音で話せるんだろう。
「いや~一発目から心に残る話だったね! ブラボー幻ちゃん!」
祭さんが歓声とともに拍手をする。僕と白さんも拍手をする。
「お疲れ様、お菓子食べる?」
白さんは務めを果たした幻に癒しのマドレーヌを渡す。終わったらもらえるシステムなのだろうか。だとすると、僕の番が始まる間から、終わりが待ち遠しく感じる。
「さてさて、次はお待ちかね、我らがスターのはるっちですっ! いったい君はどんな本音を聞かせてくれるのかなっ!!」
ハードルを上げてくる祭さん。彼女は天然だから、別にハードルを上げている自覚はないのだろう。
きっと、この場を盛り上げるためにやっているのだろうが、忘れてはならない、彼女は今回の大トリ。そのあおりが、自分に何倍にもなって帰ってくることにまだ気づいていない。
「それじゃあ次は僕の番ですね。力及ばずながら、精一杯努めさせていただきます!」
祭さんの本音に乗って、僕も本音で話すとするか!!
ここから四題命題の始まりです。
あまり堅苦しくならないように、命題以外も交えていこうと思います。