四人でお出かけ
「はっ、はっ、はっ」
言っておくが、これはくしゃみ三秒前なんていう、次につながる可能性が皆無な状態ではない。もちろん、僕が否定しているのは、『くしゃみ』というフレーズであり、秒数は問題ない。三秒が二秒になっても、ましてや一秒になったところで、正解にたどり着くことはない。
僕は今、おそらく皆の想像の通り、息が上がっているのだ。
それはなぜかと言うと・・・これも月並みな展開だが、サイクリングをしているからだ。
サイクリング。目的地は町外れにあるにある丘。メンバーは、僕、幻、祭さん、そして白さん。
どうしてこんなことになっているのか、それには少し説明が要る。しばしのお付き合いを。
さかのぼること三日前、僕は幻の家に、月末の計画を立てるために遊びに行った。月末、僕たちはまたどこかに出かけるつもりだった。
「前回は遊園地だったから、今回は近くの自転車でいける場所がいいわね、祭姉さんもさそってみようかしら」
幻がそう言い終わるか終わらないうちに、まるでその台詞を待っていたかのような、非常に絶妙なタイミングで祭さんが現れた。
「そういうことならお姉ちゃんに任せなさい! サイクリングだったらいい場所知ってるからねっ!」
胸を張って自信満々にそう言った。
登場するタイミングが良すぎるけど・・・偶然だよね?
「じゃあわたしに任せてね! その日はどうせ白ちゃんも暇だろうから誘っておくよ~」
そう言ってそそくさと去って行ってしまった。
僕も幻も、まだ任せるとは言ってなかったけど・・・
「まあ私たちはそういうことに詳しくないし、やってくれるというならお姉さんに任せましょうか」
それもそうか。
さっきはなんとなくごねてみたが、祭さんは言うならばこういうことが得意分野だ。彼女ならきっと、楽しいサイクリングを計画してくれるだろう。
そうだ、回想ついでにもうひとつ報告しておこう。
祭さんとのランニングはこの日に幻に報告した。
幻は「朝早くおきれないから」という理由でランニングへの参加は辞退したが。もっとも、彼女はスタイル維持はしっかりできているようだから、やせるための運動は特に必要ないのだろう。
それについてはうらやましいと思うけど、おそらく見えないところでなにかしらの努力をしているのだろう。
もしくは、食べても太らないという、特異体質なのかもしれないが・・・たまにそういうこと言ってる人いるんだよね。そんなことあるはずないのに!
・・・少し取り乱して失礼。
まあそういうことで、ランニングは僕と祭さんの二人だけでやっている。もう十日ほど続いているが、これは祭さんのおかげというのももちろんあるが、継続の秘訣はもうひとつある。
それは、白さんの差し入れのお菓子だ。
やせるために運動してるのに、お菓子食べてちゃだめじゃん! とツッコミを入れてくれた諸君。お菓子の作り手をもう一度確認してみてくれ。そう、白さんだ!
彼女は、砂糖控えめ低カロリーにもかかわらず抜群においしい、商品化すれば間違えなく大ヒットな、そんなお菓子を作ってくれているのだ。
もう何度も彼女には感謝しているが、もう一度改めて御礼を言いたい。
ありがとう、白さん!
という感じなのだがお分かり頂けただろうか。要するに白さんのお菓子は最高というわけだ!
・・・訂正。要するに、僕たちは今、祭さん主催のサイクリングに参加しているというわけだ。
それと僕が今ゴールを切望して息を切らしているのは、僕の体力が異常にないから、道が険し過ぎるから、などではない。勘違いしないでね!
僕は今、背中に大きな大きなリュックサックを背負っているのだ。中身はピクニックセットと四人分の昼食。ちなみにピクニックセットというあいまいな名称のついたセットが、この重さの主な原因だ。
なぜ僕がすべてを持っているのかというと、それは二、三行の説明ですむ。
「幻ちゃんと白ちゃんは体力的に荷物を運ぶのは辛いから、わたしとはるっちとで分担しようねっ!」
祭さんは僕と半分ずつ運んでくれるつもりだったろう。彼女の口調からも、それが感じられた。
でも、日ごろお世話になっている恩に加えて、今回の計画をしてくれた彼女に、重い荷物を持たせられようか? いやできない。
という経緯から現在の僕に至るというわけだ。現在の僕の状況を説明しているうちに、やっとゴールが見えてきた。
「はっ、はっ、はっ」
ゴールまであと、三百メートル、二百、百、五十、そして、目的地にたどり着いた。
「うおぉ」
他の皆がどの辺りにいる確認しようとして、後ろを振り返ったとき、目の前に現れた光景に僕は、柄にもなく目を奪われた。
一面に広がる雲ひとつない空、その画面下側には、紅葉も終わりすでにたくさんの葉を落としている木々。自分の家はあの辺りだろうか? 僕の住んでいる住宅街が、カラフルな砂がちりばめられているように位置している。あんなに大きな幻の家でさえ、砂粒が小石になった程度にしか見えない。
僕の住んでいる町も少し足を伸ばせば、こんなにも自然の広がっている土地があったのか。
しばらくぼっとしていたが、ふと、本来の目的を思い出す。改めて皆を探すと、白さんがゴール三十メートルまで来ていた。
「お疲れ様でした」
「お、お疲れ様です。私の荷物まで運んでいただいて、ありがとうございました」
おしとやかにそう言った。この一言で、ここにくるまでの僕の疲れがすべてすっと消えた。
言葉による癒しって、本当にあるんだなぁ。
それから僕たちは、昼食を食べるスペースを作り始めた。もちろん休んでいてくださいと言ったけど、根がまっすぐな彼女は一緒に手伝ってくれた。
二人で荷物を座りやすい場所まで運んで、そしてその中からブルーシートではない、もっと高級そうな何かを出した。
何だろう、これは・・・?
この柔らかな肌触りの正体が気になったが、あえて聞かなかった。聞いてしまえば、僕のような一般人は恐れ多くて座ることなどできないだろうから。
かくして、座れる空間を作り終えた。
「少し休憩しましょうか」
「そうですね。二人が来るまで休んでましょう」
僕はシートに横になる。白さんも服がしわにならないように気をつけながら座った。
「疲れましたね」
「そうですね。白さんは普段、運動とかするんですか?」
「いいえ、どちらかというと、家の中にいるほうが好きですので」
「そうなんですか。僕もどちらかというとインドアですね」
こんな感じの雑談をして、二人の到着を待った。
三分後。あいも変わらず白さんと雑談をしていると、後ろのほうからさわやかな声が聞こえてきた。
「ふう、到着! 運動は気持ちいねっ! 幻ちゃんは、ばてちゃったかな?」
声のした方を見ると二人の人影、こちらに手を振っている祭さんと、最後の力を振り絞り、もう一歩も動けないという感じの幻が到着したところだった。
すべての力を出し切った幻は、祭さんの肩を借りて、シートまで向かってくる。
「ひどい目にあったわ。こんなところ、軽いノリで来ていいところではなかったわね」
シートに着くなりそう言って、寝転がってしまった。そうとう疲れたようだ。昼食の準備ができるまでは休ませてもいいだろう。
「じゃあわたしたちで昼食の準備しちゃおっか! 今日のお弁当も白ちゃんが作ってくれたんだよ!」
白さんの弁当、これは間違えなく極上の品だろう。
「ありがとうございます、白さん」
「い、いえ。お料理好きなんで・・」
料理好きでこの性格、おまけにお嬢様な美人とくれば、どれだけもてるのだろうか。ちょっと気になるけど、白さんにそんなことを聞いても、いたずらに場を面白くするだけだろう。日ごろからお世話になっている僕の中には、そんな選択肢はない。
「準備はこれでオッケーですね。おーい、幻、準備できたぞ」
一度寝転がってから身動きひとつしていない幻に声をかけると、彼女はすぐに起きた。どうやら眠ってはいなかったらしい。というか、外で居眠りしてしまうのは祭さんぐらいか。
シートの上に並んでいるのは、様々なサンドイッチにお菓子のクッキー。どれもとてもおいしそうだ。
「これで準備万端だねっ! それではお手を合わせて、いただきます!!」
いただきます、祭さんの号令とともに昼食が始まった。