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三十分後。場所は再びさっきの公園のベンチ。
前回はこれで終わり! って雰囲気な締め方だったけど、実はまだ続いているのだ。
ベンチにいるのは、ばててベンチに座り込んでいる僕と、まだまだ走れる感じの祭さん。
こんなにも体力に差があったのか・・・運動しているとはいえ相手は女性だなんて考えていた自分が恥ずかしい。
「あはは、初日にしてはすごいよっ! これならすぐに、もっと走れるようになるって!」
気を使ってくれているのかもしれないけど、そんな雰囲気を一切出さない祭さん。さすがさわやか系美少女と呼ばれることだけはあるな! まぁ僕しか呼んでないけど。
「運動後は水分補給が大切だよっ! 白ちゃん特製のスポーツドリンク、はるっちにもわけてあげるよ!」
彼女は背負っていたナップサックから水筒を僕に手渡す。でもこれって、さっきまで祭さんが飲んでたやつじゃ・・・
「ん? どうしたの? もしかして水がいい? だったらちょっと待ってて、自販で買ってくるから」
「え、いや、大丈夫です! いただきます」
そのまま走っていこうとする彼女を止める。さすがにそんなことをさせるわけには行かない。
僕は改めて水筒を見る。こういうのって、意識しなければなんてことないし、そんなこと考えていると思われるのも気まずいし。僕は何も気にしていない風を装ってスポーツドリンクを飲む。
「わあ、これってもしかして、間接チューだね!!」
ブッ!! 口の中身を吹き出してしまった。
「わわ、大丈夫!? ごめんね、冗談だよ冗談。まさか、そんなに反応するとは思わなかったよ~」
僕の反応を予想外だと言う彼女。いや・・・想定の範囲に入れておいてほしかった。
「明日から、はるっちの分も作ってきてもらうから。それで許して、ね?」
許すというほど怒ってもないけど、ちょっと仕返しというか、いたずらがしたくなってきた。
「・・・・・・」
黙ってみる。
「あ、あれ? もしかして怒ってる? とってもとっても怒っているの!?」
「・・・・・・」
「ご、ごめん! じゃなくて、ごめんなさい」
「・・・・・・」
「・・・うっ・・・」
まずい、泣かせてしまった。ちょっと悪ふざけが過ぎたか。
「なんちゃって、怒ってませんよ」
「ぐすっ、もうっ! はるっちのバカ!!」
こっちが怒らせてしまった。結構喜怒哀楽の激しい人なんだな。
「すみませんでした」
「本当にどうしようって思ったんだから! ・・・でもわたしもからかったし、これで一対一だね!」
ランニングに誘ってくれたのと、飲み物をくれたのも考慮すると、どう考えても一対十ぐらいだけど、それはあえて言わなくてもいいだろう。
「ふう、今日の運動はここまでだね」
「そうですね」
「ねえ、はるっちはいつも幻ちゃんと命題ごっこしてるよね。あれってさ・・・わたしともしてくれるの?」
命題、僕と幻はそれについて毎週語っている。そして命題は、もし僕が間淵家の人間と結婚する際には、とても重要な役割を持っている。
祭さんはよく幻の部屋に来て僕たちの会話を聞いているので、実際にやってみたくなったんだろう。でも、そんなの自分の彼氏とやればいいのに。この人に、まさか彼氏がいないなんてことはないだろうに。
まあ、暇つぶし程度の提案なんだろう。だったら断る意味もないか。
「ええ、いいですよ。やりましょうか」
「うんうん! じゃあわたしが出題ね。じゃあね、”どうして運動をすると気持ちいいのか”、今話し合うにはぴったりの命題だよね!」
運動が気持ち言い理由、か・・・
普段は事前に命題を伝えてあるので十分に考えてから話すことができるけど、今回は下準備が一切ないから、思ったことをそのまま言う形になる。難易度が高い分、自分の本当の意見、飾らない考えが出てくる、おもしろい形式だな。
「ちょっと時間をください、三分でまとめるんで」
「いいよ! 三分と言わずいくらでもいいよ! あ、でもいくらでもはダメか、えへへっ」
・・・隣で面白いこといわれると、集中力が途切れる。
「祭さん、目、つぶってもらえますか?」
「ええ? な、何でかなっ?」
「お願いします」
「わ、分かったよ・・・」
素直に目をつぶった。・・・この人、社会に出たら危険な気がする。
僕はその間に考えをまとめる。
・・・三分経過。彼女は眠ってしまっている。・・・・・・。でこピンするか。
「てい」
「うわっ! あれ、いつの間にか眠っちゃってた・・」
おでこをさすって周りを見渡している。現状把握だろうか。
「もうまとまりましたよ。それと、かわいい寝顔でしたよ」
「見たの!? かわいいって、お姉さんをからかっちゃダメなんだからねっ! もうっ!!」
からかいがいのあるリアクションだ。お姉さん、そう、彼女はこう見えても(読んでも?)二十一歳なのだ。
もうちょっとからかってみたい気がするけど、これ以上からかうともうきりがないので、そろそろ本題に移ろう。
「お姉さんが寝ている間に考えはまとまりましたよ」
「本当? 聞かせて聞かせて!!」
”お姉さん”には触れなかったな。きっと気づかなかったんだろう。もしくは、気づいてスルーしたのかだけど、・・・、たぶん前者だろう。さっきまでの経験的に。
「それではお聞きください。そうですね、運動というのを具体的に、登山にたとえてみましょう」
特に登山経験はないけど、ぱっと浮かんだ例がこれだった。
「山登りは体力面のみを見れば、かなりのエネルギーを消費しますよね。経験者はもちろん、初心者だったら、半端じゃない疲労を伴う。あえてプラスかマイナスかと言うなら、マイナスと言えるでしょう。それにもかかわらず、疲れるにもかかわらず、多くの人が登山を楽しんでいる。そして、その中には初心者も少なくない」
祭さんは僕の話に耳を傾けている。彼女は運動だけでなく、こういったものにも興味を持っているのだ。
「さっき、初心者のほうがより大きな疲労を伴うといいましたけど、それだけじゃない。初心者は当然ですが経験者ではありません。つまり、登山がどの程度疲れるものなのか性格には分かっていない。どのくらい疲れるのかと言うのは、他人の話や本を読んでも結局のところ、自分でやってみないと分からない。それに、経験者にとっても、どの程度疲れるのか分かっていたとしても、それは言ってしまえば気休め程度のこと。それが分かったところで、疲れるものは疲れる。それでも、それなのに、予想される疲労、又は未知の疲労をおしてまで多くのチャレンジャーが挑戦する。それはどうしてなのか?」
「うんうん、どうしてどうして?」
祭さんがわくわくした顔で続きを促してくる。結構聞き上手な祭さん。相手が興味津々だと話し手もやりやすいな。
「どうしてなのか、それは、ゴールがあるからです」
ここで一度区切る。こういうところは少しもったいぶったほうが、面白く聞けるだろう。
「ゴールがある、目的がある、目標がある。もちろんゴールするまでの過程にも面白いところはたくさんあるだろうけど、今はゴールに注目してください。登山で頂上まで登ったらどうしますか?」
「う~ん、景色を見るかな?」
何かを思い出すような顔をしてそう言う。きっと、過去の登山経験を思い出しているのだろう。なんとなく、山登りしたことありそうだし。
「そうですね、そのとき何を感じますか?」
「ええ? そりゃ、普段見られないような素敵な景色に感動するんじゃないかなぁ」
「その感動、つまりゴールしたことで得られる達成感、これが途中の辛さを大きく上まっている。辛さよりも感動が勝る。だから、”気持ちいい”と感じるんだと思います」
達成感、ゴールの満足、それを得るためにがんばっている。
「今のはゴールが比較的”近い”例でしたけど、普段の運動でも自分の”遠い”目標に一歩一歩進んでいる。それも達成感の一種と言えるでしょう。その感動が”気持ちいい”に関係しているととれるでしょう」
「そっか~。 山登りとかの大きなイベントじゃなくても、日々の運動でも理想の自分にゆっくりとだけど、確実に近づいている。だから気持ちいいんだねっ!」
「そうですね。つまりは、運動することで自分の目標、自らが持つ理想に近くなっていく。それが気持ちいいにつながっていく、こんな感じですかね」
まとめてみた。やっぱり事前にゆっくり考える時間がないと、難しいものだな。登山をマラソンにするぐらいの心遣いはあってもよかったのに。
「なるほどにゃん。やっぱり、はるっちはすごいね! わたしだったら、どうして気持ちいいのかだって?、たくさん動いて汗をかけば、体の空気が入れ替える気がする、それが気持ちいい! って言っちゃいそうだよ~」
・・・。なんかそっちのほうがしっくりくるのが悔しい。あれだけ長々と語ったのに、そんな一言のほうがふさわしい感じがする。
ああ、そうか。問題は長さじゃないのか。大切なのは、相手にそうだと思われること。自分の考えをあてに納得してもらう、それに長さは関係ない、か。
彼女を素直にほめるのは何か悔しいから、最後に少し無駄口を言ってみるか。
「すごいって言っても、祭さんの彼氏ほどではありませんよ」
「ん? 彼氏? わたし、彼氏とかいないけど?」
あれ、彼氏いないのか。少し意外だ。
「気になる子なら、いるけどねっ!」
笑顔でウィンクしてくる。気になる子か、彼女に気に入られているんだから、さぞかし変わった奴なんだろうな。
「ふぅ、そろそろ帰ろっか! 今日は楽しかったよ。じゃあ、また明日ね! 遅刻したらダメだぞっ!!」
「はい、また明日」
別れの挨拶を終えて、彼女は爽やかに走って帰る。僕はゆっくりと歩いて帰る。