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「自分の存在している上での責任についてどうおもうかしら?」
・・・自分の存在している上での責任。
唐突にして意味不明な出だしにあっけにとられた方、読む気をなくした方、憤りを覚えた方、そんな簡単なこと聞くなよと思った天才肌の方、他にも十人十色、さまざま印象を持った方がいることだろう。
言いたいことはわかる。僕もそちら側の立場だったなら同様のことを思うかのしれない。いや、絶対思う!
それでも、それを承知の上で頼みたいことがある。
僕の話を少し話を聞いてほしい。判断は、それを聞いてからでも遅くはないだろう?
それではこの物語の語り部、この僕、十坂春から事のいきさつを説明しよう。
現在、僕は彼女の家の彼女の部屋に彼女と一緒にいる。ありていに言えば、自宅デート中だ。
彼女というのは、『間淵幻』、彼女についても少し語ってみよう。
背丈は女性の平均か、それより少し上ぐらいの160ほど。腰に届くか届かないかほどの流れるような黒いストレートの髪。目つきが少々悪いことを除けば誰といても見劣りしないような美貌。思わずテレビの中の人かと思うほどのスタイル。
これが間淵幻の外見だ。彼女の内面については、ここであえて説明しなくとも、すぐにわかるだろう。
何? 問題はそんなことじゃないって? 確かにそうだ、冒頭で皆々様がさまざまな感情を抱いた原因は、幻の人物像がつかめなかったからではない。
おそらく、というか明らかだが、その原因は彼女の台詞、彼女の発言にあるだろう。
”彼氏彼女”の会話としてはあまりに似合わない、あまりに幸せボケしていない、そんな会話に驚かれたと見受ける。
大丈夫、最初は驚くかもしれないけどすぐになれるさ、なんて何の解決にもなっていない言葉で満足してはくれないだろう。
何故僕たちがこんな哲学のような会話をしているのかと言うと、それには詳しいわけがある。ここまで読み続けたその我慢強さを評して、敬語で説明しよう。
遡ること一ヶ月の夏休み。幻との出会いと、今の始まりについて。
まだ知り合っていなかった彼女は、公園でたそがれていた僕に、「あなたの生きている理由って何?」なんてトンデモな事を聞いてきたのです。
突然のことに驚いてしどろもどろになったのです。主人公補正は、どうやらかからなかったみたいです。
そして、なぜか彼女はそんな僕を気に入ったらしく、僕の発言の言葉尻をとらえて脅迫まがいのことをしたのです。これについては、僕の責任といえばそれまでですけど。
僕は警察のお世話にならないように必死に交渉したのです。
そして、今の関係になったのです。
そういうことなのです。敬語だと話しにくいので、前言撤回、そろそろ普通に戻させていただこう。われながら我慢弱いな。
まぁ、そういうことで、彼女が僕に三つの条件を出すことで事なきを得た。その三つの条件とは、
1、週に一度何かしらの命題についての討論
2、学校へ一緒に登下校すること
3、上の2つを高校卒業まで守ること
この出来事がきっかけで彼女と僕は付き合うことになった。
ここまで聞けばもうお分かりだと思うけど、冒頭のあれは今日の命題なのだ。そして僕たちはそれについて語り合うところなのだ! ペアルックで。
・・・ペアルックな理由は、彼女が三十分前にとてもうれしそうな顔で、「服を買ってきたわ。よかったら着て」といって差し出してきたペアルックを断れずに受け取ってしまった、この僕の愚かさ無力さにある。
まぁ、そんなに悪い気はしないけど。
最後に討論のルールについて。
僕たちは、一方が問題提起と追加質問、もう一方が答える側、という春の幻ルール(幻命名)を用いている。ちなみに今週は僕が答える側。
そろそろ皆様も状況できただろうから(あれ、ここまでたどり着いた人数が数ええるほどもいない気が・・・)、本題に移ろう。
「己の存在に対する責任か。僕は自己の存在が様々な犠牲の上に成り立っていると考えている。身近なところで言えば家族関係。やむをえない場合はもちろん除くとして、自分の存在が家族に迷惑をかけているといえる状況は割とあるだろう。普通は、”家族なんだから”ってことで許されてしまうけど、負担があることは確かだろう。大きなところでは、ものの消費。全体から見ればとても微量だけど、僕は間違えなく、資源を消費している。どんな視点から見ても、それは避けようのない事実だろう」
「それは確かにそうね。その考え方でいくと、あなたは責任を果たすために死ななければならないって結論に至るわけ?」
「いやいや、違うよ。何で僕を殺したがるんだ?」
自分の死が話の落ちって・・・洒落にならないな。
でも、自分が迷惑をかけていることを認識しながらも、それに気づかないふりをして、目をつぶって生きている。間違ったことをしてはいけないと言っているそばから、間違ったことをしているように。
しかもその矛盾に気がついても、僕は生き続けるという矛盾。ひねくれたものの見方かな?
「ここまでは僕の存在するデメリット。ここからはメリットについて語ってみよう」
僕はマゾではないので、自虐で終わり、といったつまらないことはしない。この話にはもちろん続きがある。
「僕は何かを消費していると同時に何かを生産してもいるんだ。何かを犠牲にしていると同時に、いい意味で誰かの犠牲になっているんだ。消費をマイナス、生産をプラスって考えて、その帳尻で最終的にプラスへもっていくこと、それが可能な人にとっては、存在している上での義務だと思う」
ひどく乾いた理論が出来上がった。
「あなたが今まで語ってくれたのは、社会に対する義務よね。なるほど確かにいい心がけだと思うわ。人間をプラスマイナスで判断するのは、いささかドライな気もするけれど」
ドライか・・・きっとドライなのだろう。
僕のこの意見は、人を人として見ていない。道具、歯車、無機物、なんと例えてもいいが、僕は人を人として見ていない。
「まぁ、そんなあなただからこそ、あの時声をかけたのだけれど」
「なんか、全く喜べない選別だな」
なんて網にかかってしまったんだろう。
「で、そのほかにはないの?」
彼女の抽象的な問いの意図がいまいちつかめないままに、僕の発言ターンになる。
「ほかには・・・どうだろう。とりあえず基本的にはもらったらその分ちゃんと返す、もらいっぱなしにしない、ってのが普通に生きていくうえでの義務だと思うけど」
「じゃあ、これにはどう返してくれるのかしら」
彼女はそう言うと、おもむろに立ち上がって僕のほうへ飛び込んできた。文字通り飛び込んできた。
「うわっ」
突然の光景に驚く僕。そして衝突。当たり前だが高校生の女の子とはいえ、人が飛び込んでくるのを受け止めるのには相当なパワーが必要だ。
当然僕にそんなスーパーパワーがあるはずもなく、彼女ともども後ろに倒れる。
ただ、彼女が怪我をしないように、僕も怪我をしないように、それくらいのことはできた。
「愛もただもらってるだけじゃなくて相手にも伝えなくちゃね。あなたのポリシーによれば」
「・・そうだね」
僕は抱擁のお返しに、頬にキスをした。
もらうだけじゃなくきちんと返す。それは恋愛における鉄則なのかもしれない。
ある考えがほかの問題にも通用することもある。今回はそんな、言われれば当たり前だと思うこともわかった。
『自ら気づいた事実の自覚』と『外から教わった事実の理解』の違い。これはまた今度の命題だな。