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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
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美

掲載日:2026/10/12

拝啓

この手紙を読んでいる愛しい貴方へ。貴方がこの手紙を読んでいる頃には私はきっと死んでいるでしょう。


婚約者である令嬢からの手紙は酷く衝撃的な内容が冒頭から書かれていた。


とある王国のとある伯爵家に一人の少女が生まれました。少女は赤子の頃から大層可愛らしく、お世辞抜きで誰もが「将来の姿が楽しみだ」と評する容姿でありました。ですが成長するにつれて少女は自身の容姿を嫌いになってしまいました。周囲は以前と変わらず少女の容姿を褒めそやしていました。

話は変わりますが、私の家が代々絹織物を生業としていたことは既にご存知だと思います。私の身の回りの布でできたものは全て我が領で作られたものでした。定期的にある貴方とのお茶会でも、手土産にハンカチーフなどを持参しておりました。貴方も毎回私の手土産を楽しみにしていました様子だったのはよく覚えています。

これからはそんな貴方の様子も見られないと思うと胸が張り裂けそうですが、どうか、どうか、私のことなどお忘れくださいませ。悪いのは全て、この容姿に生まれてしまった私でございます。恨むなどといった、私への感情も全て捨て去ってください。貴方に出逢えたことだけが私の人生最大の幸せでした。


そんな言葉で締めくくられた手紙だった。私はその手紙を静かに暖炉の火に投げ入れた。

パチ、パチと弾ける音がして、瞬く間に手紙は火にかき消され、部屋がほんの少し明るくなった。

私はそのまま部屋に飾ってある婚約者の肖像画の前に立った。暖炉の火に照らされた壁の令嬢と目が合った。白いドレスを見事に着こなしながらも、物憂げな瞳がこちらに何かを訴えかけていた。

私はその目を暫く見つめた。そうして少し部屋が冷えてきた頃に、私は使用人を呼び出し、肖像画を外すように伝えた。

直ちに壁の肖像画は取り外され、布を被せられてどこかに連れて行かれた。


それから私は机に向かい、小さな頃から書き続けている日記帳を取り出した。今日は、書くことが多くなりそうだった。


婚約者が自殺した。婚約者からその旨の手紙が届いたから間違いないだろう。彼女を忘れたくないために、日記にだけは残しておこうと思う。何せ日記には今のいままで彼女との思い出なんて書いていなかったのだ。もしこの日記を読んだ部外者は薄情と罵るかもしれない。しかし、私にとっては部外者にこの日記を読まれて彼女の存在を知ってほしくなかったのだ。けれどもうそんなことは言っていられない。彼女のことを知って欲しいために今日の私は書こうと思う。

彼女と私が出会ったのは、幼い頃であった。彼女の家とは隣り合う領地であったため、行き来しやすい環境であった。

彼女は幼い頃から愛らしく、周囲の者たちは彼女の将来が楽しみだと言われるほどだった。

やがて互いに成長し、私たちはガーデンパーティーに招かれた。デビュタント前だからシャペロンを連れ立って現れた彼女を見て、令息たちが一斉に頬を染めたのを覚えている。令嬢たちの様子はどうだったのだろう。そこまでは覚えていない。

兎に角、彼女の容姿に惚れた令息たちが彼女に群がった。彼女は絹織物が主産業の家の娘らしく、最新の絹織物を贅沢に使った最先端のデザインのドレスを身につけていた。他のどの令嬢よりも美しい華であった。

彼女は周囲の様子に怯えたのか、パーティー中シャペロンの傍を決して離れようとはしなかった。私はその様子をただ見つめるしかできなかった。


それから数日後の出来事であった。彼女と婚約したいと宣う令息が、彼女の家にやって来た。彼女の家と同格の家だったから、ひとまず様子見ということになったと聞いた。

彼の家は代々騎士を輩出していた。彼女の家の産業とはあまりにも違いすぎるため、政略結婚にしようか様子見期間を設けたそうだ。

互いのことを知るために2人はお茶会をすることになったそうだ。ただし、まだ婚約してもいない未婚の男女だけというのは外聞が良くないだろうと、彼女の幼馴染である私も招かれた。表向きの言い訳として、次世代の顔合わせとされた。


当日、朝から少し憂鬱な気分であったのを覚えている。

彼女の家に赴き、夫人たちが少し離れた場所で女性同士の社交に勤しんでいた。対照的に私たちのテーブルは静かであった。

彼女はガーデンパーティーの時とは違う軽やかなデザインのドレスを身に纏っていた。白いテーブルクロスの眩さに負けないぐらいの明るいパステルカラーのドレスだった。

一方令息はそんな彼女に見惚れてばかりで話にもならなかった。彼はお茶会のゲストであり、彼女はホストの娘。そうは言っても、彼女や私が話を振っても「はい、そう思います。」だの「ええ、そうですね。」だの曖昧な返事ばかりであった。そのくせ、「ご令嬢の家は絹織物が主産業だとお聞きしました。そのドレスもご令嬢の家で作られたものでしょうか。よくお似合いです。」と彼女を褒めそやすことだけはご立派なことに忘れなかった。酷くつまらないお茶会だった。

見守っていた夫人たちもこれでは話にならないと思ったのか、彼との婚約の話は無かったこととなったそうだ。


代わりに私との婚約話が浮き上がった。年齢的にも家の爵位的にも吊り合っていた。

私の家は鉱石の発掘と加工であった。私と彼女の家が繋がれば、社交界で一歩リードできる立ち位置になれただろう。


彼女と婚約したことによって、婚約者同士のお茶会はビジネスの話題が出るようになった。もちろん、夫人たちはそんな私たちを見守っていた。

定期的に婚約者として贈り物をするようになった。彼女からは手触りの良い絹織物のハンカチーフを貰った。刺繍も見事なものであり、聞けば彼女が縫い上げたそうだった。私は普段使いしやすいデザインのイヤリングを彼女に贈った。私と会う日は、いつもそのイヤリングをしていた。とても似合っていた。彼女の顔を見ようとすると、手元のカップに視線を移した。俯く彼女の耳元で静かにイヤリングが輝いていた。


けれど私は段々物足りなくなっていった。婚約期間であるため彼女と過ごす時間はとても限られている。私は彼女に肖像画が欲しいと我儘を言った。

彼女は私の我儘に応えてくれた。白いドレスを着た彼女の耳にはいつものように私が贈ったイヤリングが光り輝いていた。

長い期間を経てようやく完成した彼女の肖像画はとても素晴らしいものであった。彼女の容姿を誇張なく見事に描ききっていた。私は彼女の肖像画に合うような額縁を作ってもらった。小粒の鉱石が随所にあしらわれた見事な金銀の彫刻であった。


私の我儘を聞いてもらったお礼として、あと少しでデビュタントを迎える彼女にネックレスを贈った。彼女の首元を優美に着飾るそれは、彼女の瞳と同じ色であった。ネックレスを受け取った彼女がどんな表情をしていたか今では思い出せない。けれど口では喜びの言葉を吐いていたから問題なかっただろう。


デビュタント当日、彼女はデザインは違っていたが肖像画と同じように白いドレスを着ていた。成長した彼女は美しさにすっかり磨きがかかり、冗談抜きで彼女こそが世界一美しいと思っていた。彼女は父親にエスコートされており、緊張しているのか少々動きがぎこちなかった。

あのガーデンパーティーのように、周囲の男性たちは彼女の美しさにすっかり骨抜きにされており、私という婚約者がいるにも関わらず彼女の周囲を取り囲んだ。女性たちは彼女と年齢が近いほど敵意の籠もった目で彼女を見つめていた。


そんな周囲に逆らうかのようにして彼女に近づいた私は、彼女をエスコートする父親と交代するかのように彼女の手を取り、ダンスを披露した。私という婚約者がいることが分かったのだろう、令息は悔しそうな顔で見つめ、令嬢は少し安心したような顔になった。

私は少し誇らしい気持ちになった。ダンスをする彼女は、ステップを踏み間違えないようにするので精一杯であったが、ゆったりとしたワルツの音色は私たちを引き立たせてくれた。


デビュタントが無事に終わった後、私たちは夜会に精力的に顔を出すようになった。彼女は容姿を褒められるたびに少し俯いて、照れてみせた。可愛らしい仕草であった。

彼女を魅惑的に魅せるドレスはいつでも最新のデザインを着ていた。彼女が身につけたデザインのドレスは令嬢や夫人たちに憧れられて、飛ぶように売れているそうだ。そしてそんなドレスをさらに彩る私からのアクセサリーも相まって、私たちの婚約は成功を意味していた。


その頃、彼女は定期的に開かれる私とのお茶会でも少し躊躇いが見えるようになった。彼女は私のために新しいハンカチーフを刺繍を施しながら、私との会話に興じている。机に投げ出された糸切り鋏と数多の刺繍糸が私たちの間を埋めてくれていた。いつもの光景であった。

私との結婚式についてどうするのか、結婚後のビジネスについて私が話そうとすれば、返事が少し遅くなるようになった。彼女は何か悩んでいる。

私に関係することの悩みを解決するのも私の役目だろう。そう思った私は彼女に問いただした。彼女の答えは酷く要領を得ないものだった。

別に私との婚約に不満があるわけではない。それどころかこうして会うこと自体嬉しいそうだ。しかし、彼女は自分の未来に不安があるという。


お茶会やパーティーに出席することに問題はない。けれど、いつだって周囲には婚約者がいるのにそれでも諦めきれずに群がる蝿共がいる。そしてその光景を目にする貴婦人たちは彼女のことを面白くない目で見てくると言うのだ。確かに、鬱陶しい奴等がウジャウジャ湧いて出てきているが私がいるのだ。いずれは時間が解決するであろう問題に何があるというのか。


私はマリッジブルーに陥った彼女を宥めた。そうだ、気分転換に彼女とオペラを観に行くことにしよう。そうすればきっと彼女は悩みを忘れてくれるだろう。彼女もオペラを観に行くことは賛成らしく、小さく頷いてくれた。

それから二度ほど彼女は夜会を欠席した。体調不良だったそうだ。

オペラを観劇する前日、彼女が自室のベッドの上で血に塗れた糸切り鋏を持ち、横たわっているのが発見された。そして今日彼女からの最後の手紙が届いた。


彼女の持つ美貌は一体誰に与えられたものだったのだろう。

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