表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新婚初夜に『白い結婚にしてほしい』と言われたので論理的に詰めたら夫が泣きました  作者: ささい


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/5

第四話 逃げ道、全部塞いでいいですか?

朝食の席で、カレンは紅茶を一口飲んでから切り出した。


「そういえば、愛人の方にはもうお伝えしたんですか?」


ルーファスが盛大にパンを喉に詰まらせる。慌てて水を掴み、むせながら咳き込んだ。


「なっ……何をだ」


「私と結婚したこと。契約を履行したこと。当然、報告すべきでしょう? 誠実な方なら」


「それは……その……」


「まさか、まだ何も伝えていないんですか?」


ルーファスは水を一気に飲み干すと、視線を泳がせた。窓の外を見たり、テーブルの縁を見つめたり、明らかに目を合わせようとしていない。


「いや、手紙を書こうとは思っているんだが……」


「思っているだけで、書いていないと」


「言葉が……なかなか見つからなくて……」


カップを静かに置き、カレンは小首を傾げる。その仕草はどこか無邪気にすら見えた。


「でしたら、私が代筆しましょうか?」


「は?」


「あなたが書けないなら、私が書きます。事実を簡潔に伝えるだけですから、難しくありません」


「いや、それは……」


「『拝啓、このたび政略結婚により妻を娶りました。つきましては、今後のお付き合いについてご相談したく』……こんな感じでいかがです?」


「やめてくれ!」


顔を見る見る真っ赤にしてルーファスが叫んだ。


「なぜですか? 事実ですよね」


首を傾げたまま、本当に疑問に思っているという風情で問いかける。


「事実だが……そういう問題じゃない……」


「では、どういう問題なんですか? 具体的に説明していただけますか?」


「彼女を傷つけたくないんだ」


「傷つける?」


カレンは眉をひそめた。理解できないとでも言いたげな表情だ。


「あなたが結婚したことは、もう変えられない事実です。伝えるのが早いか遅いかの違いでしかありません。遅らせることで傷が浅くなるんですか?」


「それは……」


「むしろ、遅らせるほど『なぜ早く言ってくれなかったの』と不信感が増すのでは?」


「……」


「つまり、あなたが手紙を書かないのは、彼女のためではなく、あなたが責められたくないからですよね?」


図星だったのだろう。ルーファスは完全に黙り込んだ。反論の言葉が見つからない様子だ。

容赦なく畳みかけるカレンを睨んでいる。


「わかりました。手紙が難しいなら、直接会いに行けばいいのでは?」


「えっ」


「顔を見て話した方が誠意が伝わりますよね。馬車の手配をしておきましょうか?」


「い、いや、それは……」


「今日の午後なら予定は空いています。あなたの予定も確認しましたが、特にありませんでしたよね?」


「なぜ私の予定を……」


「侯爵夫人として、夫のスケジュール管理は当然の務めです。で、今日行きますか? 明日にしますか?」


じわりと、ルーファスの額に汗が浮かぶ。追い詰められた動物のような表情で視線を彷徨かせている。


「その……今すぐは……心の準備が……」


「心の準備、ですか。具体的に何日必要ですか?」


「何日って……」


「三日ですか? 一週間ですか? 一ヶ月? 期限を決めないと、永遠に準備できませんよ」


「そんな急に決められない……」


「急に?」


カレンの声が、わずかに鋭くなった。


「結婚してからもう何日経ってます? あなたにとっては短い時間でも、彼女はずっと待っているのでは?」


「……っ」


「それとも、会えない理由が何かあるんですか?」


「理由⋯⋯」


「ええ。手紙も書けない、会いにも行けない。まるで、会うと困ることがあるみたいですけど」


ルーファスの顔色が、さっと変わった。明らかに動揺している。


「そんなことは……ない」


「ないなら、会えますよね?」


「……」


「沈黙は肯定と受け取りますよ」


「違う! ただ……」


「ただ?」


ルーファスは言葉に詰まった。何か言い訳を探しているようだったが、思いつかないらしい。口を開けかけては閉じることを繰り返す。


静かに立ち上がったカレンの椅子を引く音だけが、沈黙の中に重く響く。


「まあ、いいでしょう。今日のところは」


何も解決していないが、窮地を脱したかのようにルーファスは、ほっと息を吐いた。


「……助かった」


「ただし」


カレンの声に、ルーファスの体が硬直する。


振り返り、カレンはルーファスを見下ろした。その瞳には、一片の譲歩もない。


「来週までに、手紙を出すか、会いに行くか、どちらか選んでください。どちらも選べないなら、私が代わりに動きます」


「君が? 何をする気だ?」


「愛人の方を探し出して、直接お話しします。侯爵夫人として、家の問題は把握しておくべきですから」


「そんなこと……!」


「できないと思いますか?」


カレンは、ふっと微笑んだ。その笑みは、どこまでも穏やかで、どこまでも冷たかった。


「私はやると言ったことはやりますよ。嘘、つかないので」


その言葉に、ルーファスは何も返せなかった。反論する隙すら与えられない。

カレンは優雅に一礼し、足音も立てずに食堂を出ていく。



残されたルーファスは、閉じた扉を見つめながら頭を抱えた。両手で顔を覆い、深く、深く息を吐く。

存在しない愛人を、妻が探し出そうとしている。

詰んだ。完全に詰んだ。


-----


「逃げ道を残すのは優しさじゃありません。甘やかしです」


カレン・ベルンワード侯爵夫人

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ