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制服と会獣と私  作者: 水瀬 理音


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3/7

第3話 耳かきは午後三時

 私は今日も、耳かきおじさんの隣の席で働いている。

 正式には営業二課・金子課長。五十代半ば、温厚で物腰が柔らかく、部下からの評判も悪くない。

 ――が、私の中では「耳かきおじさん」でしかない。

 理由は単純だ。

 彼は毎日、午後三時になると耳かきを始める。


 * * *


 午前中は平和だった。

 金子課長は電話対応をしたり、書類に目を通したり、ごく普通の上司として機能している。

 私も隣で黙々と見積書を作成し、何の問題もなく時間が過ぎていく。

 問題は、午後三時である。

 カサ、カサ……。

 書類の山の向こうから、小さな音がした。

 ――また始まった。

 私は手を止めて、そっと横目で様子を伺う。

 金子課長は、デスクの引き出しから小さなケースを取り出し、中から銀色に光る耳かきを取り出した。

 金属製。

 彼のお気に入りらしい。

 そして、何の躊躇もなく右耳に差し込んだ。

 カサ、カサ、カサ……。

 静かなオフィスに、その音だけが響く。

 私は見積書に視線を戻そうとするが、どうしても気になって手が止まる。

 だって、隣で人が耳かきしてるんだ。集中できるわけがない。

「ふー……」

 金子課長が、満足げに息を吐いた。

 そして、独り言のようにつぶやく。

「今日は左がよく取れるな」

 左?

 つまり、今から左耳もやるってこと?

 案の定、金子課長は耳かきを持ち替え、今度は左耳に差し込んだ。

 カサ、カサ、カサ……。

 なぜ今ここで耳掃除なのか。

 なぜ家でやらないのか。

 誰かに聞いてほしいのか。

 私にはわからない。

 そのうち、隣の席にいる自分が「この会社でいちばん静かなクレーム」に遭ってるような気がしてくる。

 何も言われていない。何もされていない。

 でも確実に、私の精神は削られている。

「青木さん」

 突然、金子課長が話しかけてきた。

「は、はい」

「耳かきっていいよ。頭がすっきりする」

 そう言って、彼は満足げに耳かきをケースに戻した。

 私の頭の中はまったくすっきりしていなかった。

 むしろ、もやっとしたまま、午後はまだ続くらしい。


 ** *


 ある日の昼休み、会議室。

「ねえ、相沢」

「ん?」

「隣で耳かきする上司って、どう思う?」

 相沢は、お弁当の唐揚げを口に運びながら、少し考えた。

「……無理」

「だよね」

「でも、うちの社長、会議中に鼻毛抜くよ」

「は?」

「しかも、抜いたやつ、机の下に落とす」

 私たちは顔を見合わせて、深い溜息をついた。

「やってらんないよね」

「ほんとそれ」

 ――ここには会獣たちがいる。

 そして今日も、静かな午後三時の儀式が始まる。


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