第2話 吉田のバカに転送してくれ
長谷川部品株式会社、入社三年目。青木真理、25歳。
どういうわけか、私はまだここで働いている。
午前中のこと。
メールが届いた。
件名:【至急】吉田への転送依頼
本文:青木さん、この件、吉田のバカに転送してくれ。
差出人は鈴木主任。営業一課の四十代男性で、同じく営業一課の吉田さんとは、何かにつけて衝突している。
私は営業二課だけど、なぜかこういう板挟みの雑用がよく回ってくる。
……吉田のバカ、ね。
私は機械的に、メールをそのまま転送した。
全文、一字一句そのままで。
ややあって。
鈴木主任が、慌てて飛んできた。
「青木さん、まずいよ。最後の一文くらい消して送ってあげなよ」
そんなこと、こっちは知ったこっちゃない。
こっちは、大人同士の大人気ない戦いに巻き込まれて、迷惑しているのだ。
「……転送してくださいって書いてたので」
「ちゃんと言われた通りにしているって言いたいんだろう?
これだから最近の子は困るよ。配慮ってものがないんだから」
「すみません。内容まで読んでませんでした。次回から気をつけます」
嘘だ。
本当はすっかり読んでいたけど、わざと送ってやったのだ。
こんなんじゃ憂さ晴らしにもならないけど、
鈴木さんには、こっちの板挟みの辛さを少しは知ってほしい。
* * *
昼休み。
私はいつものように、会議室へ向かった。
長谷川部品には女性が少なく、同期の相沢だけが、私が唯一心を開ける存在だった。
私は営業二課で、相沢は社長秘書だ。
社長と一緒にお偉いさん達との会議に出席したり、仕事内容はよくわからないけれど、いつも忙しそうにしていた。
会議室の椅子と机に座って、二人でランチを始める。
相沢が、お弁当箱のふたを開けながら、こともなげにつぶやいた。
「会社に入ってさ、一番ショックだったのってさ、
ああいうおじさん達と一日八時間以上一緒に過ごすってことだよね。
それって、ある意味、家族や友達や恋人よりも長い時間を過ごすってことじゃない?
なんか絶望的じゃない?」
私は深くうなずいた。
なるほど、それだったのか。私の感じていた、あのもやもやは。
人生って、短くて儚いはずだ。
なのに、一日のほとんどを会社の人と過ごす。
それは、会社の人が、家族よりも自分の人生に関わるってことだ。
「彼氏とか家族より関わるのが会社って、なんか終わってる……」
「ほんとそれ」
相沢は、形のいい口にお弁当のプチトマトを放り投げながら、けだるそうに言った。
「やってらんないよね」
「まじで」
私たちは、しばらく黙々とお弁当を食べた。
窓の外は、いつもと変わらない県道の風景。
トラックが行き交い、看板の「技術と誠実で未来を造る」が、やけにまぶしい。
「……ねえ、青木さん」
「ん?」
「私たち、あと何年ここにいるんだろうね」
相沢の問いに、私は答えられなかった。
ただ、午後の始業チャイムが鳴るまで、二人で窓の外を眺めていた。
――ここには会獣たちがいる。
そして、私たちは今日も、静かにその中で生きている。




