第1話 もがけ!――元・優等生
――ここには会獣たちがいる。
私が命名した、職場に巣食う困ったちゃんたちだ。
これは、そんな会獣と私、青木真理の日常の記録である。
(これは、フィクションです。たぶん。)
――長谷川部品株式会社。
県道沿いにぽつんと立つ、創業五十年の中小企業。
看板の青文字は少し色あせて、「技術と誠実で未来を造る」というスローガンだけが、やけにまぶしい。
私はここで、毎日、部品と伝票と人間関係に囲まれて生きている。
もがけばもがくほど、溺れていく不恰好な私。
片方の羽がなくなったことに気づかず、まだ飛ぼうとする鳥みたいに。
泳げないのに、後先考えずに水へ飛び込んだ猫みたいに。
学生時代に「優等生」と呼ばれたこともあったけど、今では会社という動物園の中で、うだつの上がらない生活をしている。
……落ちぶれたものだ。
***
会社の始業時間は8時55分。
社長の“5分前行動”信仰による謎のこだわりで、そう決まっている。
朝は、取引先の電話のコールで始まる。
私は始業ギリギリに制服へ着替え、席に着く。
ベストにタイトスカート、会社支給の開襟シャツ。
最初の頃は早めに出社していたけど、最近はもうやめた。
反抗心なのか、単なる倦怠か――自分でもよくわからない。
「ちょっと、青木さん」
席に着くなり、四角い黒縁眼鏡のおじさん――西脇さんが、コピー機の前でしきりに指をさす。
「これ、見てわかんない?」
「何がですか?」
四角い眼鏡と同じく角ばった顎を震わせ、冷たく睨んでくる。
頭まで四角く見えてくるので、シルエットから何から、全身がブロックで組み立てられたレゴ人形を彷彿とさせる。
「紙! ないんだけど」
紙がないって、トイレか。
そう思いながらも、よいしょっと席を立つ。
「はいはい、コピー用紙ですね。そこにありますよー」
軽い調子で、さっと補充する。
だれにでも見える場所にあるのに、一声かける暇があるなら自分でやればいいのに、と思う。
けど、朝からエネルギーを使いたくないので黙っている。
「これだから最近の子は気が利かないな。早く来て、紙くらい補充するもんだろ」
私が補充し終わるまで、腕組みしてぷりぷりしている。
その姿はまるで、エサを待つペンギンのよう。
いや、ペンギンに失礼か。
西脇さんの見えないところで、そっと溜息をついた。
実在の人物・動物とは一切関係ありません。たぶん。




